神様は明後日帰る 第5章(愛憎篇)

ロッドユール

第1話 よりちゃん

 怖いくらいに平和で穏やかな日々が流れていった。雅男はやさしかった。いつも私に気を使い、遠慮がちに私を抱きしめた。

 一緒にご飯を食べ、何の気ない会話をし、一緒に笑う。こんなささやかな暮らしが本当に幸せだった。

 これが永遠に続いてくれればいいと心底思った。生きているとはこういうことなのだと――、もう何もいらない。これだけあればいい。このささやかな生活さえあれば。私はそう思った。 


「お姉さま」

「あっ、よりちゃん」

 よりちゃんだった。ちょっと街へ買い物に出た先だった。

「ひ、久しぶり。元気にしてた?」

 前に会った時よりも少し髪が伸びていたが、それ以外は、全く変わらずやはりあのよりちゃんだった。

「すみません。お姉さま」

 そう言って、よりちゃんは、いきなり大きく頭を下げた。そして上げた。

「もう大丈夫です」

「そう、・・?」

 何が大丈夫なのかよく分からなかったが、とりあえず私はそう呟いていた。

「お姉さまにはご迷惑おかけしました」

「どうしてたの」

「はいっ、ちょっと警察に捕まりまして」

 なんてことないみたいによりちゃんは言った。

「えっ、警察!」

「ええ、ちょっと、手広くやり過ぎたのがよくなかったみたいで」

 よりちゃんは後頭部をポリポリかきながら言った。

「手広く?」

「はあ、女子高生ビジネスを少々・・。大きくガツンと稼げば、一気に借金返せるかなって」

「・・・、あのパンツ売ったりっていうのを?」

「そうです。あれを効率よく、合理的にやっていこうと組織化してやってたんですが・・、ばれまして」

「組織化・・」

 私は目の前の、まだ幼い顔をしたよりちゃんを改めて見つめた。

「最初は良かったんです。月収四百万はいったんですが」

「四百万!」

「そこから、更なる組織の拡大を目論見まして・・、欲をかいたのがよくなかったみたいです」

「・・・」

 一月足らずで四百万をこの子が稼いだのか・・。

「それからちょっと、女子少年院に入れられまして、やっと出てきたところなんです」

「女子少年院・・」

「はい、まあ、いい経験にはなりました」

「いい経験・・」

「私は生まれ変わりました」

「そ、そう・・」

「いろいろ気付いたんです」

「そうなんだ」

「はい、だからこれからまっとうに一生懸命生きていこうと思います」

「そ、そう。良かった。うん。それじゃ、まあ、じゃ、がんばってね」

 借金は月々返せていたし、正直もうこの子とは関わりたくないと思った。

「お姉さま」

 私が去ろうとしたその時、突然大きな声でよりちゃんは私を見た。その目は、今にも泣きそうな小さな女の子のように潤んでいた。

「私が嫌いですか」

「い、いやそんなことは・・」

「やっぱり嫌いなんだ」

 よりちゃんは、泣き出してしまった。

「そうですよね。そうですよね。私はお姉さまに借金押し付けて、そのままいなくなって・・。ものすごく怒ってますよね。当たり前ですよね。本当だったら、顔を見せられる義理じゃないですよね」

「いや、借金はなんとか返せてるから、もういいよ。ね、だから泣かないで、ね」

「いえ、本当に私は最低の人間です。もう生きている価値もない。本当に最低の人間です。もう、死んでお詫びします」

「そこまで言わなくても・・、ね。分かったから、ね」

 必死でなだめるが、よりちゃんは増々泣きじゃくる。周囲の通りゆく人々も何事かとこちらをちらちらとこちらを見つめている。

「いいんです。いいんです。もうお姉さまの前には二度と現れません。ご迷惑をおかけしました」

「ちょ、ちょっと待って、ね、全然迷惑じゃないから、ね」

 また、これで犯罪や、まして自殺などされたら堪らない。

「ほんとですか」

「うん、ほんとほんと」

「私泊まるとこないんです」

「えっ」

 一瞬、私は固まった。

「やっぱり」

「そんなことない、そんなことない。じゃあ、うちへ来たらいいよ」

「ほんとですか」

「うん、ほんとだよ」

 話の流れで思わず言ってしまった。

「・・・」

 言った瞬間後悔した。が、しかし、すでによりちゃんは光り輝く目で私を見ている。

「・・・」

 もう、今さら取り消すことはできなかった・・。

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