第1話 災厄の皇子〈上〉
①
ルミエルド聖暦六百四十五年四月十三日 午後三時頃
アルザーク帝国 〈帝都〉グラーフェンヴェルグ
「――――じ……おうじ……皇子! お待ちください、皇子!」
ある通りを、一人の少年が歩いていた。少し俯いていて、後方から呼びかける声に耳を貸そうともしていないようだった。その声の主は甲冑を纏った大柄の男であり、すぐ近くには陰険そうな男がもう一人控えていた。見たところ少年は、鮮やかな赤色と
さしずめ男たちは少年を警護する為に付けられた
『フィルナヴィアより届いた毛皮を帝都の職人たちが加工した織物の数々は、ルミエルド大陸でも随一の出来栄え! さあさあ、ぜひご照覧あれ!』
『貴族の小間使いの方々! 私どもの村で飼育された生の豚肉を買ってくだされ!』
この大通りが、あまりにも多くの人で溢れ返っていたからである。
アルザーク帝国の帝都・グラーフェンヴェルグ。その目抜き通りとして名高い
「久しぶりに来ましたが、帝都がこれほど発展していたとは……。故郷のアルテナとは随分と差が開いてしまったようです」
「同感ですな。私なんてのはヴェストアール地方でも田舎の出身ですから」
「またご冗談を! トリアレンツが田舎なら、アルテナは廃村ではありませんか!」
「ははは、こいつは失敬! 帝都では故郷より冗談の風が強く吹いているようで」
商人衆や出稼ぎの農民たちが店頭で織り成す、精気に満ちた掛け声。
大通りを行き交う遍歴商人が道中で織り成す、希望に満ちた笑い声。
それらを光とするならば、少年の様子はまさに闇。しかしこの人だかりの中では、光の束に包み込まれてしまいそうなほど虚弱な闇である。そんな己の状況が、少年にとってはむしろ救いであった。自分という存在の異常性が、この人ごみの中では秘匿される。ずっとこのような場にいられるのなら、どんなに楽か。
しかし留まったままでは、後方一
「いやはや、何とも驚いた! 音に聞くグラーフェンヴェルグの姿そのものではないですか! 特にこの大通りは活気に満ちておりますなぁ!」
「ええ、
ルミエルド大陸のちょうど中央に位置するグラーフェンヴェルグは、古くから大陸各地のみならず他の大陸からも人や物が集積する地として知られていた。地方貴族や商人は勿論、国内外の奴隷商から、
しかし今日のような大通りの盛況は、古来より続いてきたものではなかった。少年が先程すれ違った商人らしき二人組の片方の口から飛び出したように、帝都の繁栄は現アルザーク皇帝エルンストの優れた治世に大きな恩恵を受けていた。
「我が
少年は呪詛を述べるかのように、低く呟いた。彼は更に歩調を早める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます