シノミチニシグルイテ(3)


 動けるようになるまでそう時間はかからなかった。

 髑髏面が放った不可解な連撃は強烈で、自分は四肢やあばらを折り砕かれた在り様だったが……それでも死人の身体は小一時間と待たずに再生してのけたのだ。

 まともな肉体であれば、完全に終わっていた。

 否、死人の身でなければ、あの槍の薙ぎ払いを受け止める無謀もまかり通りはしなかったろう。


 何とも無様が過ぎる。

 自分は、死人であるがゆえに存えているだけだ。

 あの〝闘〟のイクサとの戦いに始まり、屍鬼の群れ、そして髑髏面。目覚めてからこちら、自分はひたすら敗北を重ねていることになる。


「……斯様な無様で〝天〟を名乗るか……」


 月を見上げ、自嘲の吐息は意識して深々とこぼした。

 自分は立ち上がり、握っていた大刀と、落としていた小刀を鞘に収めて歩き出す。

 幸いに月明かりは煌々こうこうと、夜闇に惑うことはないものの、見渡す限りの荒涼とした廃墟群。


 ……さて、どこに向かえば良いものか?


 あてもなく歩き続けること四半刻ほど────。

 ふと、傍らを蒼い蛍火が横切った。


 蛍火、そう呼ぶのが相応しい淡い光。


 それは自分の眼前でくるりと円を描いてから、まるで誘うように廃墟の向こうへと流れて行く。

 現に蛍が舞うような儚い動き。だが、その蒼い輝きはイクサや屍鬼たちが滅びる時に放つ色彩と同質のもの。

 ならばあれは蛍火ではなく、鬼火なのだろう。

 魂魄が燃え上がる炎。それが導く先にいるのは、いずれ生者ではなく死者に違いない。


 ……だが、他にあてがあるわけでなし。


 自分は蒼い蛍火を追いかけ、路地の奥へと踏み込んでいった。

 朽ちたビルの合間を抜けた先には、同じく朽ちた商家が並ぶ大通り。街路であるのに屋根が覆うそこは……アーケード……と、いうのか?


 生者も死者も見当たらぬ寂れた光景だが、蒼い蛍火がふわふわと漂う先には、一軒だけ明かりの灯った店舗があった。


 看板にある〝カフェ〟というのは……茶屋のことか。


 壁面には多くのヒビが走り、ガラス壁は割れ砕け、角張った屋根部分にいたっては三分の一ほどがゴッソリとこそげ落ちている。

 入口と思しき場所を挟むように立てられた蒼いかがり火。

 鬼火が導き、鬼火が迎える。なれば、生者が商う店ではないだろう。


「さて、今でも茶屋を商っているようには思えぬな……」


 呟いた声に応じるように、ここまで導いた鬼火がくるりと円を描いて店内へと消えた。


 警戒よりも、好奇に駆られて入店する。


 薄暗い店内には、三人の人影があった。

 正面の仕切り……カウンターというのか……そこに据えられた椅子に座した二名。そして、カウンター越しにたたずむ一名。


 とりあえず、座した二名には見覚えがあった。


「何だ? えらくボロボロじゃねえか。屍鬼の群れに手こずってるようじゃタカが知れるな……」


 飄々ひょうひょうとした呼びかけは長髪に迷彩スーツの弓兵、サダメ。

 その横に座しているのはスズと呼ばれていた影姫。こちらは自分のことなど意に介さぬ風に見向きもしない。


 光源は周囲を舞う数体の蒼火のみで、店内のほとんどが見渡せない。

 だが、それでもここが何を商っているかは見て取れた。


「……兵具ひょうぐの店か」


 淡く照らし出された品々。

 壁面や台座、テーブルや椅子のそこかしこに整然と、あるいは無造作に並べ立て掛けられた刀剣や銃器。そして弓に矢弾に具足や甲冑まで、そのいずれもがあの鎧武者やサダメの武具のような、歪で特殊な改造が施された異形の武具ばかり。


「地獄の沙汰も金次第……転ずれば、この世の沙汰こそ金次第だ。出すものさえ出せば、最強の上玉たちを提供するのが、この工房アトリエ〝SHIGURUI〟のスタイルだ」


 ふくみ笑うような口上はカウンター越しにたたずむ覆面の男。

 言動からも店主なのであろうが、頭から濃紺の頭巾と法衣で人相を覆い隠した様は、なるほど、いかにも冥府の商人という様相だ。


 ……しかし、対価は金か。人の世の道理なれど、このいかにも末世末法の廃墟でそれを求められるとはな。


「……残念ながら、金子きんすの持ち合わせはないな」

「ああ? ああ、オマエさんがコイツらの言ってた記憶の飛んでる〝はぐれ〟か。俗世の貨幣にゃオレ様も興味ねえよ。冥府には、冥府での対価ってもんがある。そら、こいつに触れてみな」


 店主が差し出したのは蒼い数珠じゅず勾玉まがたまが連なった首飾りのごときもの。

 言われるままに勾玉に触れてみる。


 途端に、それは蒼い鬼火に包まれた。


 否、この蒼炎は自分の指先から噴き出したものだ。我が身に宿っていた蒼い炎が吸い出されているかのように、勾玉に移り燃え上がっていく。


屍号シごうが四十七体、亜号アごうが四体か、締めて千三百七十ってとこだな。黄泉返ったばかりにしちゃ上々の稼ぎだ。」


 基準も単位も何のことやらだが……。

 察するに、ほふった屍鬼どもの数か? 彼奴きゃつらを斬り伏せた折に燃え上がる蒼い鬼火が、冥府の者には糧なのだろう。


 霊魂が金子の代わり…………まさに末法のコトワリだな。


「……さて、オマエさんはいかにも斬り合い上等ってタイプだな。なら、当方の得意分野だぜ」


 頭巾の店主が品定めでもするように周囲の武具に視線を巡らせる。

 自分のために刀でも見つくろってくれようというのか?

 ならば余計な世話だ。

 首を横に振りつつ、携えていたカラクリ仕掛けの二刀を差し出した。


「これを直せるか?」

「あーん、コイツぁオレ様の打ち上げた娘じゃあねえが……なるほど、確かに中々の上玉だ。すでに決めた相方がいるってんなら、とやかく言うのは野暮ってもんだな。しかもよく見りゃ、さらにもうひと振り別嬪べっぴんを帯びてやがる。何とも節操がないもんだ」

「これは預かり物だ……あなた流に言えば〝知人の伴侶〟だ。手は出せない」


 自分の返答に、傍らのサダメがさもあきれた声を上げる。


「そっちの大小二本も、もとは人の刀だろうが」

「ああ、そうだな。ならばこそ、これ以上の不貞は慎むべきだろう」


 事実の糾弾には真摯な反省を。とはいえ、そういう自分の態度は端から見ればイケ好かぬものだろう。

 サダメは舌打ちしつつカウンターに頬杖を突いた。


 客たちの寸劇に、店主はクククと邪悪に喉を鳴らす。

 愉快そうな笑声は、だが、カラクリ刀の刃を検め始めたところで低い呻きに変わった。


「……この大刀、腰が伸びてやがる。オマエさん、ずいぶんと乱暴な御仁だな。優しくしてやらにゃあ、尽くしてもらえねえぜ」


 不愉快もあらわな叱責。

 刃に歪みが出ていたか。あの髑髏面の胴を薙いだ時に刀身に負担を掛け過ぎたようだ。


 尋常であれば、腰が伸びた刀は鋳溶かして打ち直すしかないが……。


 どうやら、冥府の道理ではその限りではないようだった。

 店主は素早く道具を取り出して刀身や気孔を清掃し、研ぎを入れはじめる。その所作は常軌を逸して迅速だが、雑ではない。この男は武具商であると同時に、熟練の職人でもあるようだ。

 ただ、用いている器材はつち金床かなとこだけでなく、蘭方医が用いるようなランビキや薬ツボなどの妖しげなものも多くまざっていた。


「……ふん、刃毀はこぼれはほとんどねえ、刃筋立ては鮮やかなもんだ。腕はイイようだな。……だが、大小どちらも消耗しているのはせねえな。オマエさん、それだけの業前を持っときながら、まさか二刀使いだとか言わねえよな」


「二刀使いではない。自分は二刀流だ」


 苦笑いで応じれば、店主は怪訝けげんを通り越したしかめっ面で鼻を鳴らす。


「ジョーク……ってわけじゃなさそうだな」


 冥府の刀工ともなれば、武具を扱う術理にも精通しているのだろう。

 店主の剣呑な声音と口調に、それまで黙して座していたスズがふと顔を上げて、サダメの耳元に囁いた。


「……〝二刀使いと二刀流は違うのか?〟……と、スズ様がたずねだ」


 サダメの仲介に、自分は首肯して応じる。


「二刀使いは、左右の手にそれぞれ武器を持つのこと。自分の言う二刀流は、刀を左右にひと振りずつ構えて振るうのことだ」

「……〝それはどう違うのか?〟……と、仰っている」

「ハハ、そりゃあ全然違うんだよ御姫さん」


 笑声とともに応じたのは頭巾の店主。


「短剣や手斧、それに刃筋を立てる必要がない棍棒なんかはな、二刀に構えて振り回すことで手数が増えるし、挙動や取り回しにも問題ない。始めから片手で振るうことを想定した直剣や、自重で断ち切るよう鍛造された西洋剣なんかも、まあ、腕力とセンスがありゃあ二刀で振り回してもイケるわな。だが、刀を……太刀ではなく打刀うちがたなを片手で持つってのは、それとは意味合いが変わるのさ」


 淀みない説明を並べながら、刀を手入れする所作は微塵も淀みないままに。


「打刀ってのはな、数多の刀剣の中でも珍しい、両手でひと振りを構えることを前提として研鑽された武器体系だ……と言っても、剣術の細かいこと言っても御姫さんにゃわからんだろうな」


 小首をかしげて微笑んだスズ。

 店主は蒼く輝く砥石で刃を磨きつつ思案げに唸った。


「……ふむ、そうだな。そう……例えばだ。小さいスコップなら、片手に一本で穴掘るより、両手に二本持って穴掘る方が早いだろう? けど、穴の形状や深さを正確に掘るとなると、両手に二本じゃ制御が難しいよな。これが二刀使い」

「…………」

「……んでだ。大振りなシャベルで穴を掘るとなったら、断然、両手で一本を扱うのがやりやすいわな。片手持ちじゃあ、ただ掘るのすらままならねえ。それでもシャベルを左右に一本ずつ持って、正確に精妙に穴を掘ろうってのが二刀流だ」

「……〝なるほど、わざわざ二本持つのは理解できぬ〟……と、スズ様はあきれていらっしゃる」


 サダメを介した感想は無体なまでにバッサリと。

 が、さもありなん。正にそれが二刀流であり、自分が極めんとしている剣流だ。


「……けど、刀は普通に片手でも振り回すだろう?」


 不可解そうに呟いたサダメに、店主が笑声をこぼした。


「ハッ、はそうだろうな。だが、言ったろう。太刀と打刀は別だよ」


 太刀造りは馬上で振るうことを前提にしたものだ。

 古く源平合戦の時代にはそれが主流だったそうだが……ならば、サダメはその時代の武士なのだろうか。


 疑念は、詮索しても仕様なきこと。生前の彼がどこの何者であれ、今の自分には関わりなきことだ。


 そうしている間にも、店主は作業を進めていく。

 刀身の手入れを終え、カラクリの駆動を整えて、最後の仕上げとばかりに柄の一部を捻った。

 鍔部分のカラクリが開いた直後、乾いた音とともに鍔の峰側に刺さっていた部品が外れて落ちる。

 短剣の握り程度の大きさをしたそれは、圧縮ガスを収めた容器か?

 まるで銃器の弾倉のようだな……と、そんな自分の印象そのままに、店主は新しい容器を鍔に差し込み、刀身のスライドを滑らせた。


 オートマチックピストルのマガジン交換……そんな連想が脳裏に浮かぶ。


 店主が引き金を軽く爪弾けば、スライドが稼働し、ノズルから圧縮空気が短く吐き出される。

 ふた振りとも問題なく動くのを確かめてから、鞘に収めたそれらをうやうやしい所作でこちらに差し出してきた。


「そら、お色直し完了だ。次は優しくしてやんな」


 この店主にとって、武具はすべからく敬意を払うべき対象なのだろう。

 無論、自分にとっても刀は大切な要だ。

 真摯な態度で受け取れば、店主は笑うように双眸を細めて、カウンター下から何やら取り出してきた。

 先ほどの弾倉がいくつかと、それを収める革製の弾薬帯。


「こいつはサービスだ。生き延びて常連さんになってくれるのを願うぜ。……ま、オマエさんらはとっくに死人なんだがね」

「それは冥府での定番文句なのか?」


 やれやれと肩をすくめながら……ふと、飾られた武器群の一角に、空白の台座があるのを認めた。

 おそらくは、少し前までそこには武器が飾られていたようだ。

 長物……だが、これは槍や長巻を掛ける台座ではないだろう。

 眺めやる自分に、察した様子の店主が溜め息まじりに応じる。


「……そこに居た娘は、ついこないだに輿入こしいれしたよ。長距離狙撃用の長銃、銘は〝こだま〟とつけた」


 狙い撃てば、相手の断末魔が返ってくるということか。


「買い手……否、輿入れ先はやはりイクサか」

「ああ、当然だ。オマエさんのように妙なこだわりを持った客だったぜ。どう見ても長物が得手そうな武者野郎だったのに、こっちの勧めを無視して〝谺〟をめとりやがった。だが、見る目はあったな。オマエさん方も狙われないように気をつけな。あの娘の流し目は、三キロ先からでも骨抜きにしてくる色香だぜ。ま、それも亭主の甲斐性次第だがな」

「武士が銃かよ。まさに世も末だな」


 毒突くサダメは、だが、実際には大して嘆いてもいない風である。

 ……まあ実際、カラクリ仕掛けの刀や矢弾を駆使しておいて今さらだ。

 店主もまた気にするつもりはなさそうに短い笑声で結ぶと、金属めいた質感の箱……アタッシェケースをサダメに差し出した。


「そら、そっちの矢弾だ。〝散華サンゲ〟と〝烈火レッカ〟が十五ずつに、〝飛燕ヒエン〟と〝砕破サイファ〟が二十ずつ。相変わらず板東武者の注文はみやびに欠けるぜ」

「それを作ってるアンタに言われてもな」

「まあな……で? こないだ嫁がせた〝穿空センクウ〟の器量はどうだった?」

「……ああ、性能的には触れ込み通りだったよ、けど、オレは要らねえ。性に合わん」

「ハッ、そうかい。弓使いには有益かと思ったんだがな」


 サダメは受け取ったケースを、傍らに置かれていた鋼鉄の箱に収める。

 出会った時にスズが背負っていた物だが、相変わらず持ち主の矮躯に比べ、不釣り合いなまでに重厚で無骨なカーゴだ。


「……さて、これにて今宵は仕舞いだな」


 頭巾の店主は軽く首を回してそう締める。

 座したスズに丁寧に一礼。それからサダメと自分を交互に見やって、こちらには不敵な態度で告げる。


「じゃあな小僧ども、また蒼い蛍火を見つけたら追いかけな。オレ様はいつでも、その先でオマエらを待っている」


 瞬間、周囲を舞う蒼火が大きく燃え上がる。

 その直後、炎も、店主も、あれほど並んでいた武具も、その全てが掻き消えていた。

 残されたのは自分とサダメとスズ、そして受け取った商品のみ。

 どうやら、そういうものであるらしい。


「さて、テン……で、いいんだよな? ちょいとつき合ってくれよ」


 席を立ったサダメが、いかにも面倒そうに促してきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る