第32話「新たな時代の神話を奏でよ!」

 大いなる海の奥底、そこは宇宙よりも遠い場所。

 そして、宇宙以上に人類の常識が通用しない場所でもある。

 今、猛疾尊タケハヤミコトは爆発寸前のサンプル零号ゼロごうと共に深海へと挑む。不思議と、なにも怖くない。以前の"羽々斬ハバキリ"とは比べ物にならないくらい、"天羽々斬アメノハバキリ"の頑強な性能が守ってくれるからではない。水圧で多少は性能が落ちるが、"天羽々斬"の装甲はびくともしない。

 それに、ラピュセーラーが、宮園華花ミヤゾノハナカが一緒だから。

 一人きりじゃないから、二人だから、なにも怖くない。


『ねえ、みこっちゃん。もうすぐ、えっと、ふち? 例の穴だけど』

「ああ、このままもぐる」

『わたし思うんだけど、すっごい爆発になると思う。だから』

「自分だけで最後はやる、なんて言うよな? 一応、考えはある」


 そう、サンプル零号が完全に息絶えれば、蓄積されたエネルギーは制御するあるじを失う。臨界寸前まで溜め込まれたそれは、巨大な爆発を引き起こすだろう。

 それは、12年前のブロークンエイジを引き起こした爆発とは桁違いだ。

 12年前、尊の父親である猛荒荒雄タケハヤスサオは、淵と呼ばれる異界への穴を塞ごうとした。淵より流出する高密度の超エネルギーを、欲に溺れた人間たちから遠ざけるために。

 だが、失敗した。

 結果として、爆発の刺激で淵は活性化し……淵より来るものをあふれさせたのだ。

 それは今、深海獣しんかいじゅうと呼ばれている。

 尊は機体をチェックし直し、さらなる深海へと向かった。


「それにしても……凄い。あの"羽々斬"が強化パーツと合体……鎧を着込んでデカくなっただけで、こうもパワーと防御力が。それに、この武装。これなら、いける!」


 ガラス張りのコクピットは半壊状態だが、頭部にフルフェイスのかぶとを被った状態で、その内側にははっきりと周囲の映像が浮かび上がっている。太陽の光さえ届かぬ深淵しんえんにあっても、各種センサーのデータが生み出すCG映像は、まるで生身で潜っているような感覚だ。

 自分の思い描く手順を、脳裏に反芻する。

 もう、サンプル零号の爆発まで時間がない。

 通信機が懐かしい声を響かせたのは、そんな時だった。


『尊……私だ。お前はまだ、戦っているのか? もしそうだとしたら』

「父さん!? ……ああ、そうだよ。俺は戦ってる! 華花を助けて、ついでに華花と地球を救ってやる!」

『フッ……その声、その物言い。子供の頃から全く変わってないな』

「そういうあんたは変わってしまった……そう、思ってた。でも、違ったよ」

『違いはしないさ。人は変わる……よもや息子が、女装趣味に目覚めるとは。すまんな、母さん……私は』

「ちょっと待て! これは違う! 違うんだからな! ……まあ、多少は変わったかもしれないけどさ」


 隣で一緒に荷物を掲げる、ラピュセーラーが笑う気配があった。

 まさか、父親とこんなにも素直に話せる日が来るとは思わなかった。

 だからつい、今までの確執かくしつ怨恨えんこんを忘れる。それが全て、真実を覆い隠していたいつわりの現実だったから。だから、照れ臭い気持ちもあったが、尊は静かに言葉をつむぐ。


「父さん、さ……帰ったら会ってほしい奴がいるんだよ。父さんはとっくに知ってる……この世界で知らない奴はいないんだけどさ」

『ああ、わかってる。いつか、そういう日が来たらと思っていた。お前は私の息子で、私と母さんの大切な子供だ。そのお前が新しい家族を連れてきてくれる、こんなに嬉しいことはない』

「ちょ、ちょっと待てよ! ……まだ、そこまでは決めてないけどさ。でも、ちゃんと会ってほしいんだ。光の救世主メシアじゃなくて……ただの女の子の華花と」


 そして、ついにマリアナ海溝の底が近付いてくる。

 一度通信を切って、尊は緊張感を巡らせた。


「華花、あとは俺に任せてくれ。なに、このまま一緒に突っ込むとかしないからさ」

『う、うん……じゃあ、はい。重くない? みこっちゃん、ちっちゃいから』

「今の"天羽々斬"なら大丈夫だ。そして、これが二人で生きて帰る最善の策だ!」


 ラピュセーラーが手を離して、ずしりとサンプル零号の重みが機体の全てにのしかかってくる。だが、"天羽々斬"はビクともしない。

 そして、軽々とサンプル零号を持ち上げる両腕が、ひじから炎をほとばしらせる。

 周囲の海水を泡立てながら、そのまま尊は全力でサンプル零号を振り下ろした。


「ええと、叫ぶか? なんで……でも、叫ぶなら今だ! ――ダブルッ! ジェットォ! ブロオオオオオオオッ!」


 いわゆるロケットパンチの凄いやつ、ジェットブロウが文字通り火を吹いた。

 "天羽々斬"の両腕が、サンプル零号を掴んだまま底へと撃ち出された。その先に、尊は見る……まさに、闇。闇が凝縮されてよどんだかのような、暗黒が口を開けていた。

 まさしく奈落アビスの深淵、その先を"天羽々斬"のセンサーさえ見通せない。

 悲劇の始まりをもたらし、さらなる悲劇を吐き続ける、あれが淵と呼ばれる穴だ。

 両腕のパーツを切り離したことで、露出した"羽々斬"の手を水圧が襲う。


「よしっ、浮上するぞ華花! 爆発の衝撃が来る!」

『う、うんっ! って、みこっちゃん! ロボットの腕が!』

「あくまで、強いのは"天羽々斬"を構成する外装の強化パーツだけだからな。腕部を延長したパーツそのものが撃ち出されたから……くっ、思ったより水圧が強い!」

『ちょ、ちょっと待ってね。わたしがなんとかしてみるから』


 刹那せつな、光が世界を塗り替えた。

 暗黒に包まれた深海を、煌々と照らしてサンプル零号が爆発する。そのまぶしさに押し上げられるようにして、尊は華花と浮上しつつあった。

 センサーが一時的に無効化されて、映像が途切れる。

 だが、華花がラピュセーラーとして闇を見通すひとみで確認してくれた。


『穴が……淵が、消えてく! やったよ、みこっちゃん!』

「よし、あとは浮上して帰還する! ……それで華花、お前のラピュセーラーは終わりだ」

『えっ?』

「もう、お前が苦しみながら救世主なんかしなくていいんだ。俺は……俺なら、かっ、かかか、彼女に! そんなこと、させない!」

『みこっちゃん……でも、わたし……!? ま、待って! 崩壊する淵の奥から……最後の深海獣が!』


 即座にラピュセーラーは、再び深海へと向けて潜り始めた。

 その先に、ようやく回復したセンサーが敵意を警告してくる。

 それは、巨大な毒蛇どくじゃ……それも、一匹ではない。ロックオンの表示は、八つ。向かうラピュセーラーの50mの身長が、まるで子供のように見える大きさだ。

 全貌があらわになって、それが八つの頭を持つ一匹の大蛇オロチだとわかった。

 そう、まるで神話に登場する八岐大蛇ヤマタノオロチだ。


「くそっ、待て華花! 機体の調子が……なんだよ、強くて無敵なのは"天羽々斬"だけで、その中の"羽々斬"が露出しちゃうと!」


 先程、ジェットブロウを放って両の前腕部を失っている。それは、接続時に内包されていた"羽々斬"の腕部を露出させることになってしまった。世界初のギガント・アーマーである"羽々斬"の耐水性能は、お世辞にもいいとは言えない。

 そこから水圧が襲ってきて、尊は"天羽々斬"の無敵の力がほころびてゆくのを感じた。

 アラートの赤い光に包まれる中で、ラピュセーラーは最後の深海獣と戦い始める。

 それは、尊が一番望んでいなかった結末だった。

 焦りに奥歯を噛む尊の耳には、再び父親の声が響く。


『尊! こちらで機体はモニターしている。今のままでは戦闘は不可能だ!』

「父さんっ! そんなこと言ったって、華花が!」

『今はラピュセーラーの力を……私たちがこの星に招いた、神の力を信じるんだ!』

「……

『尊! 話を――』

「いやっ、だあああああ! 俺は、もう! 華花に戦ってほしくない……たたの女の子でいてほしい、俺の隣にいて欲しいんだ!」


 突如、異変が"天羽々斬"の機体を襲った。

 文字通り両腕を失った全身から、再びあの炎が燃え盛る。深海の中にあって、眩い光を放って暗く燃え盛る。そして、奇跡が起きた。

 "天羽々斬"の全身から吹き出る炎が、失われた両腕へと集う。

 それはまるで、炎がかたど煉獄れんごくの光……それが巨大な手の形になる。

 コクピットの内部に鳴り響く警告音が、一斉に静かになった。

 そして、父親の声が驚きに凍ってゆく。


『馬鹿な……アビスドライブか! あの日……12年前、淵と呼ばれる異界の穴を爆破して、失われた超エネルギーの断片。誰にも渡すまいと、全てを拾って一つにまとめた……それがアビスドライブ! その力が、今!』

「うおおっ! 華花っ! 今行く、行ってやっつけてやる……お前を一人で、戦わせないっ! これから先、戦わせたりしないっ!」


 深海の真空を、"天羽々斬"の咆吼が震わせる。

 その手は、触れる全てを蒸発して消し飛ばす。黒き炎で形成された手と手が、周囲の海水を遮断し、巨大な気泡を作っていた。その中に守られた"天羽々斬"が、尊の操縦で再び深海へと降りてゆく。

 あまりに強過ぎる熱量が、海の中に鬼神の吠え荒ぶ空を現出させていた。

 そして、尊は荒ぶる鬼神と化した愛機の中で絶叫する。


「華花ああああああああっ! 待ってろ、今……今っ、助けてやる! 俺は誓った! 地球を守るお前を守るって!」


 闇を切り裂く彗星のように、深海に空を広げて"天羽々斬"が急降下。その手が、触れた何かを握って身構えた。

 それは、ラピュセーラーがポニーテイルをほどいたリボン、ラピュセイバーだ。

 その剣を大上段に振りかぶって、"天羽々斬"が雄々しくえる。

 炎で象られた両手が、救世主の刃を敵へと振り下ろした。


「そういえば……須佐之男スサノオは、櫛名田姫クシナダヒメを櫛に変えて。俺は、ラピュセーラーのリボンで!」


 両手の炎が、そのままラピュセイバーに宿って光となる。

 迷わず尊は、這い出た最後の深海獣へと一撃を叩き付けた。

 八つの頭に、ギラつく双眸そうぼうが八組輝く。

 おぞましい絶叫を張り上げ、あっという間に"天羽々斬"は八つの顎門アギトに襲われた。だが、それをラピュセイバーで切り払い、次々と切り落としてゆく。

 夢中で戦う尊は、気付けば愛機の突然の覚醒を限界まで使い切っていた。

 崩壊してゆく最後の深海獣が、海底へと小さく消えてゆく。

 尊は、自分の愛機がラピュセーラーに抱き上げられたところで意識を失ってしまうのだった。

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