第18話「衝撃の再会、憎しみと絶望と」

 ラピュセーラーの登場が、猛疾尊タケハヤミコトを安心させてくれる。

 恐らくそれは、この地球上の人類ならば皆、一緒だ。どこからともなく現れ、無敵の力で深界獣しんかいじゅうと戦ってくれるウルトラヒロイン……神装戦姫しんそうせんきラピュセーラー。神にも等しいその力は、常に人の世を守ってくれた。

 それが、一人の普通の女子高生の行いだとも知らずに。

 そして、知ったからには尊はもう、放ってはおけなかった。


「よしっ、頼むぞ……あんたらも手を貸してくれ! あっちの車の人を助ける!」


 尊は恐怖を忘れて走り出した。

 その背は、おぞましい深界獣の絶叫にビリビリと怖気おぞけが走る。奴の名は、サンプル零号ゼロごう……因縁浅からぬ、特別な個体らしい。実に10年以上もの間、生き続けてきた深界獣だ。

 突如として内陸地に現れたことも含めて、謎は謎を呼んで結びつく。

 それでも今は、自分ができるベストを尽くすべく尊は走った。

 道を外れて森に突っ込んだ車に駆け寄れば、大きくフロントがひしゃげて煙を上げている。急いでドアをこじ開ければ、そこには以外な人物が座っていた。


「なっ……どうしてあんたがここに!? どういうことだっ!」

「う、うう……その声、は……尊か? ……女の子? タケル……じゃ、ない、な」

「俺の質問に答えろ、!」


 そう、そこには……膨らんだエアバックから顔をあげる、猛疾荒雄タケハヤスサオの姿があった。

 最後に見た時から、随分老け込んでいる。髪は白いものが混じり、少しほおがこけていた。だが、間違いない。見間違いようもない。その男は、尊の父親だった。

 一瞬、思考が停止する。

 言葉が出てこない。

 ただ、焦るあまりか荒雄を尊は父さんと呼んでいた。


「なにをしてた? どうしてここに!」

「尊……世界は、今……新たな時代へ、突入、し……」

「深界獣のことか? ……海から以外も、今後は深界獣は現れるということか!」


 シートから降ろしてやると、荒雄は弱々しくうなずいた。

 恐らく、この場にいたのは深界獣が出現したからだろう。まだ、この男は……尊の父親は、深界獣を研究しているようだ。

 その証拠に、おぞましい獣の絶叫が響く中、ブルブル震える手で荒雄は空を指差す。

 その先へと首をめぐらせれば、ラピュセーラーと組み合うサンプル零号が暴れていた。


「あれは……第八、世代……いな、違う……もはや、深界獣、では」

「くっ、かく手当を!」


 すぐに尊は、訓練を受けた通りに救急救護を始める。

 外傷はないようだが、恐らく事故のときに胸を強く打ったのだろう。内臓破裂の心配もあったが、呼吸と脈拍はまだ大丈夫なのようだ。

 すでに意識が朦朧としている荒雄を、尊は肩を貸して運び始めた。

 丁度その時、道路側から自分たちを見下ろす人影が一つ。

 それは、狭間光一ハザマコウイチだった。


「ああ、あんたか! 丁度いい、手を貸して……おいっ、聞いているのか!」


 尊が怒鳴どなっても、光一は呆然あぜんと立ち尽くしている。

 その背後では、死闘が繰り広げられていた。

 ややあって、ビクリを身を震わせ、光一が足早に近寄ってくる。

 その目には、尋常ならざる眼光がギラついていた。


「猛疾荒雄……見つけたぞ、貴様ァ!」

「なっ……おい、あんたっ! 狭間光一、なにをする!」

「どけぇ! やっぱりな……息子やラピュセーラーを追ってれば、絶対に尻尾を掴めると思っていた! もう逃さんぞ!」


 尊は、予想だにしなかった力で突き飛ばされた。

 息子という支えを失った荒雄は、ふらふらとその場に崩れ落ちる。だが、光一はその襟首えりくびを両手で掴むと、吊るし上げるようにして絶叫をほとばしらせた。


「さあ! 教えてもらうぞ! 12年前、なにがあったか!」

「う、ぐ……君、は……」

「俺は、狭間光一! わかりやすく言ってやろうか? 狭間良子ハザマリョウコの夫だ! 貴様が殺した、教え子の良子の!」

「……良子、君の……!?」


 ――狭間良子。

 尊が初めて聞く名だ。

 だが、その人が妻だったと、確かに光一は宣言していた。慟哭どうこくにも似た、それは血の滲むような声だった。


「言え! 何故なぜ、妻は……良子は死ななければならなかった! どうして、マリアナ海溝の奥底が暴かれ、世界中に深界獣が解き放たれた!」

「そ、それは……」

「俺から言ってやろうか! 中東で調べはついてる……貴様っ、さる国の軍事政権、独裁者に世界を売ったな! 深海の超エネルギーなどというほら話を、お前は売り込みたかった!」


 ようやく立ち上がった尊は、急いで光一を荒雄から引き剥がす。

 まるで今の光一は、怨嗟えんさ憎悪ぞうおに取り憑かれた亡者だ。

 今の会話で、少しは話しの流れがわかる。

 ようするに、光一もまた12年前のブロークン・エイジに、人生を狂わされた男だったのだ。普段の飄々ひょうひょうとした掴み所のない態度は、恨みに燃え焦がれる自分を隠す仮面だったのかもしれない。

 だが、父親を……それ以前に怪我人を、無下に扱うことは許せない。


「落ち着けって! 今はみんなでここを脱出する。父さんは……猛疾博士は負傷してるから、手当をする! 真実を聞き出すのは、そのあとでもいいだろう!」

「……そう、だな。すまん、いい大人が我を忘れた。そいつに人生を狂わされたのは、俺だけじゃないし、お前だってそうなのにな」

「俺の人生は狂っちゃいない! こんな馬鹿親父のことなんかで、狂ってやれるか!」

「ハ、ハハ……いいな、それ。やーるじゃないの? おじさん、教えられちゃった。もっとも? そーの格好じゃ説得力なーいけどねえ?」


 

 見るも流麗なる、ドレスのように華美な制服を着ているのだ。将来の良妻賢母りょうさいけんぼとなるべく集められた、乙女たちの花園……ゲオルギウス学園の制服だ。

 そのことを指摘されて、尊も冷静さを取り戻す。

 突然の父親との再会。

 言いたいことは沢山ある。

 だが、今は脱出してからだ。


「トレーラーに運ぶ、手を貸してくれ! あのデカいのは!」

「ああ、ヤマちゃんなら写真と……あと、運転手やーってもらってるよん? トレーラーが例のサンプル零号にやられちゃ、困るでしょ?」

「当然だ!」


 二人で肩を貸し合って、荒雄を運ぶ。

 その時にはもう、荒雄は気を失っていた。だが、苦悶の表情で脂汗あぶらあせを流し、なにかをしきりに呟いている。

 なにはともあれ、尊はどうにか車道の上へと三人で戻った。

 そして、広がる光景に絶句した。


「なっ……華花ハナカっ! いったい、なにが……!?」


 信じられない、網膜に反射する光が浮かべる風景を拒絶したい。

 そこには、いつになく苦戦するラピュセーラーの姿があった。今まで、ラピュセーラーが深界獣に遅れを取ることはなかった。彼女が劣勢に立たされるのは、周囲に守るべき人々や、その暮らしがある時だけ。

 ここは奥多摩の山中、周囲に人影も建造物もない。

 だが、森の中での激闘はラピュセーラーを徐々に窮地へ追い込んでゆく。

 今、サンプル零号の巨大な顎門アギトが、ラピュセーラーの腕部にかじりついていた。

 まるで激痛に顔を歪めるように、清楚で可憐な表情が眉間みけんを寄せて歯を食い縛る。


「ラピュピュ……こんのぉ! はな、れな、さいっ! んぎぎぎ……なにこれ、ちょっと……いつもの深界獣とは違うの!?」


 セーラー服にミニスカート、その腕は不思議な素材で覆われ二の腕だけが肌を露出している。そんなラピュセーラーの前腕部に、サンプル零号が歯を突き立てていた。

 ラピュセーラーは全長50m前後、サンプル零号とは体格差があり過ぎる。

 まるで、文字通りサンプル零号が巨大ワニそのものなら、ラピュセーラーはまるで赤子だ。

 だが、彼女は退くことも逃げることも知らない。

 結果、予想だにせぬ状況に尊は目を見開いた。


「うっ、あああっ! こ、この……聖なる乙女は……こいつっ、乙女チョップ! チョップ、チョップ! って……嘘、なんか普段と、ぐっ、あ……ひぎいいいっ!」


 突然、バシャリと路面に赤い液体がぶちまけられた。

 大量の血液が撒き散らされたのだと気付くのに、尊は数秒の時間を必要とした。

 ラピュセーラーは今まさに、サンプル零号に右腕を食いちぎられそうになっている。

 初めて知った……ラピュセーラーは、人間と同じ赤い血が流れているのだ。

 そしてそれは、尊にとっては宮園華花ミヤゾノハナカの流す血と同義だ。

 彼女を守る、それは任務である以上に尊の日常だったのに。それなのに……今、離れた場所からみているしかできない。

 ラピュセーラーは、なんとか左手でサンプル零号の上顎を掴むや、右手を引き抜いた。

 今や周囲は血の海……おびただしい流血にラピュセーラーは大きく肩を上下させている。


「クソッ! みんなは……あの特務騎士団とくむきしだんアスカロンとかいう連中はなにをやってるんだ!」


 対獣自衛隊たいじゅうじえいたいのギガント・アーマー部隊も、駆けつけてはくれない。

 もしや、ラピュセーラーより先にこのサンプル零号と接敵して、やられてしまったのか? その答そのものが、ジャンプ飛行で突然近くに着地した。

 激震に揺れる中で、尊は見た。

 それは、仲間の十束流司トツカリュウジが乗る"羽々斬ハバキリ"一号機だった。

 既に左腕が脱落して、肩から引きちぎられて失われている。


「流司さんっ!」

『おう、その声……尊か? こいつ、借りるぜ? へへ……ラピュセーラーは、よぉ……女の子は、女の子だけは! 助けなきゃなあ!』

「でも、その損傷じゃ」

『"羽々斬"は頑丈だけが取り柄だ、違うか? ……みんな、見ててくれよ……見てるとしたら、そこは天国か? 今……今っ、俺がぁ! みんなのかたきを討ってやる! それが……生き残った俺の責任、ケジメだぁ!』


 流司の一号機が、トレーラーの上のシートを片手で引っがす。

 そこには、以外な秘密兵器が……尊にとっては忘れられない、必殺の最強武器が身を横たえているのだった。

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