第13話「人を守り、暮らしを守り、守り手を守る」

 シートに座ると、学園の制服を通じてタケルの残したぬくもりが感じられた。操縦桿スティックは左右に一対、それぞれシートの肘掛け部分から伸びている。5本の指に対応したボタンが並び、全面のコンソールはタッチパネルだ。

 最新鋭の雛形ひながたにして原型、予算度外視の試作実験機……47式"叢雲ムラクモ"。

 その恐るべき力を手にして、猛疾尊タケハヤミコトはゴクリとのどを鳴らした。


「よしっ、あのタンカーを動かす……押し出すっ! 戦場から離脱させれば、ラピュセーラーだって戦いやすい筈だ!」

「おいおい、尊……キミは馬鹿かい? いや、それは知ってるけど」

「タケル、お前の"叢雲"は最強のギガント・アーマーじゃないのか?」

「当然! 今、計算してみたけど……フルパワーで押せばそれくらいは」

「よしっ! お前の機体を借りるぞ、タケルッ! ――ッ、おおっ!?」


 この手の最新鋭ギガント・アーマーの操作は、知識では熟知しているし、何度か講習を受けて操縦したこともある。だが、両手で掴んだ操縦桿の、ほんのわずかな操作に機体は敏感に反応した。

 岸壁に着地した"叢雲"は、そのままよろけて海へ片足を突っ込んでしまう。

 幸い水深は浅く、どうにか倒れ込むことは避けられた。

 だが、バランスを崩した"叢雲"は、その弾みで両手のブレードを落としてしまう。


「しまった、武器が!」

「いや、いい。尊、今のキミには必要ないだろう? それより……緊張し過ぎないで」


 そっとタケルが、尊の手に手を重ねてくる。

 柔らかな体温が伝搬でんぱんするのと同時に、ゆっくりと"叢雲"は一歩下がって体勢を整えた。

 あまりに敏感な操作性、そして過敏故になめらかで柔軟な動きだった。


「す、すまない」

「違うよね、尊? こういう時は」

「あ、ああ……ありが、とう」

「そうそう。ふふ……じゃあ、好きにやってみてよ」


 タケルはどこか楽しそうに笑っている。

 そうしている間も、タンカーを背に深界獣しんかいじゅうはラピュセーラーを圧倒していた。巨大なウルトラヒロインに変身した宮園華花ミヤゾノハナカは、防戦に徹している。無敵の力を誇る神装戦姫しんそうせんきラピュセーラーでも、全身に爆発を咲かせて下がるしかできない。

 地球を守って戦うには、華花は優し過ぎた。

 それを尊は、美点だと思っている。

 地球を守る華花の気持ちを、尊は常に守りたいと思っていた。


「今、片足を突っ込んでみてわかった。そこまで深くはないな、タケル!」

「そりゃ、こっちは小型船が使う埠頭ふとうだからじゃない?」

「あっちは大型船専用か」

「"叢雲"は完全防水だし、水圧対策も万全だ。水に浸かったくらいじゃパワーは落ちないさ」

「頼もしいな……じゃあ、借りるぞ!」


 尊は"叢雲"のパワーを解放した。

 あっという間に、背のスラスターからフォトンの光がほとばしる。

 フォトンリアクターを全開にしてジャンプすれば、すぐにラピュセーラーと深界獣の戦いが眼下に小さくなった。ジャンプ飛行一つ取っても、普段乗ってる36式"羽々斬ハバキリ"とは雲泥うんでいの差である。

 10年という月日が、ギガント・アーマーの技術を驚異的に引き上げている。

 そうせねば人類は生き残れなかったし、だからこそ他の分野は停滞していた。

 それでも、生き残るための人の意思が、尊にはこの機体に感じられた。


「タケルッ、急降下で着地する! 衝撃に備えろ!」

「了解だよ。よしっ、と」

「お、おいっ! どうして俺に抱き付くっ!」

「耐ショック姿勢、でしょ? ボク、キミのこと少し気に入ってるし」

「意味がわからんっ!」


 "叢雲"は瞬時に、戦場を跨いで停泊中のタンカー前に着地した。

 すぐに船尾に回り込み、海へと入る。

 大型船の接舷を可能にするため、岸壁に面する海は深い。あっという間に"叢雲"は、首下まで沈んで波に表れた。

 メインカメラが頭部にあるため、コクピットの全周囲モニターが海面スレスレの映像を映し出す。それでも海底に脚が付くや、尊は気迫を叫んでフルスロットル。


「押せよ、"叢雲"ッ! こいつをどかして、後顧こうこうれいを断つ!」


 岸壁に係留されたタンカーは、陸とを結ぶケーブルやワイヤーが弾け飛んだ。海底に沈んだ錨さえも、"叢雲"のパワーで引っ張られてゆく。

 ゆっくりと、タンカーの巨体が動き出した。

 だが、あまりにも遅い。

 重過ぎる質量に、尊は繊細な操作でパワーを押し当ててゆく。

 静かに、徐々に、わずかずつタンカーが戦場を離れ始める。


「タケル、モニターの数値を見ててくれ!」

「ん、現在時速10km前後で移動中……このまま離脱できればいいけどね。よしっ! 騎士団各機! 防御の陣! ラピュセーラーの前面に出て彼女を守れ!」


 タケルの声に、特務騎士団アスカロンの面々が『了解っ!』と気持ちのいい声を返してくれる。彼らは言うなれば、ラピュセーラーを守るために教会が組織した戦闘部隊である。

 大きなシールドを構えて、"草薙クサナギ"改は陣形を組むやラピュセーラーを守り始めた。

 その隙にと思うが、フルパワーの"叢雲"をもってしても、タンカーは重い。

 これでは時間がと思った、その時だった。

 聴き慣れた声が耳に響く。


『そこの所属不明機アンノウンっ! 手伝うぜ! ルキア、左舷後方から押せ! 俺は右舷後方だ!』

『なんでアタシがこんな……ラピュセーラーを助けるなんて!』


 2機の"羽々斬"が、ホバー移動で海面を滑ってきた。

 尊の専有、十束流司トツカリュウジとルキア・ミナカタである。

 一気に押す出力が増えて、タンカーが鈍い加速を膨らませた。そのスピードが増して、巨鯨きょげいにも似たタンカーがどんどん戦場から遠ざかる。


「流司さん! ルキアも!」

『お? その声、尊かっ! どうしてそんな機体に乗ってる。そりゃ、"草薙"の開発母体になった、幻の試作実験機じゃねえか!』

「説明は後でです! タンカーがあるから、ラピュセーラーは攻撃できないんだ! なら!」

『オーライ、了解だぜ……俺たち3人で、このデカブツを安全圏へと逃がす!』


 深界獣の襲来で乗員が避難してるため、タンカーは無人である。

 そのため、タンカー自体が自力で動き出すことはない。

 だが、そこに積み込まれた石油が引火すれば、あっという間に周囲は火の海になるだろう。それ以前に、この船には乗員の生活が詰まっている。このエネルギーに乏しい日本のために、あちこちを駆け回って石油を運んでくれる船である。

 ラピュセーラーは、人類だけを守るいくさの女神ではない。

 守るべき人の文化や文明、暮らしのいとなみをこそ、守ってくれるのだ。


「よし……いける! このままなら、離脱できる!」

「ふふ、そう上手くはいかないみたいだよ? 尊」

「タケルッ! お前の部下たちも下がらせろ! もうラピュセーラーは……華花は戦えるっ!」


 その時だった。

 不意に、悪魔のごとき威容の深界獣が振り向いた。

 ロックオンされた時と同じ状態で、その怒りに燃える視線がコクピット内に警報を走らせる。けたたましい音と光に包まれながらも、尊は必死でタンカーを押した。


「尊、反撃だ。ここで"叢雲"を失うわけにはいかない! この機体はボクたちアスカロンの旗機りょうきだ」

「でも、今は借りた俺の機体だ! なあ、"叢雲"……このまま押してけ! 後ろなんて見なくていい!」

「おや、まあ……ハハッ! 本当に面白いなあ、尊は」


 深界獣が、絶叫を張り上げ波濤はとうに分け入る。

 波間を歩く重さを感じさせず、真っ直ぐに尊たちの背中に迫ってきた。

 仲間たちの声も逼迫感を感じたが、やるべきことは変わらなかった。

 さざなみが押し寄せる中、尊は前だけを見て"叢雲"を操る。


『ちょっと、流司! 奴が来る! アタシだけでも迎撃に……ううん、ダメ。3機全員でも、無理! ならっ!』

『そうだ、このままタンカーを押しつつ逃げるぞ! なぁに、敵は女神様に……俺たちの守護天使様に任せろ! ラピュセーラーはいつだって無敵だぜ!』


 流司の言う通りだった。

 今まさに、肉薄の距離に迫った深界獣の手が、尊たちの背に伸びてくる。

 だが、凛々りりしき雄叫おたけびが響き渡る。

 深界獣は苦しげな絶叫と共に、その動きを止めた。


『はあああっ! ラッピュ! 乙女キャーッチ! からの……乙女フルネルソン!』


 気高き意思はラピュセーラー、人の世を守る無敵のヒロイン。

 ラピュセーラーはこちらを向いた深界獣の背中に組み付いた。そのまま、羽交はがめにして、引き剥がそうと試みる。苦し紛れに深界獣が放つ電撃は、全てタケルの部下であるアスカロンの騎士たちがシールドで受け止めていた。

 そして、ようやくタンカーを沖へと出して尊は振り向く。

 視線の先で、ラピュセーラーは必死に深界獣を押し留め、拘束していた。


『よーしっ、これなら戦えます! 閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの人と、あとなんか回りの人! ありがとうです! ――はああ! 乙女スープレックスッ!』


 なんと、深界獣を羽交い締めにしたまま、ラピュセーラーは背後へ向かって投げをつ。見事なブリッジで、すさぶ深界獣が海面へと叩きつけられた。

 だが、これはプロレスではないし、カウントを取るジャッジもいない。

 巻き上げられた海水がにじを作る中、ブリッジした体勢のままでラピュセーラーが飛ぶ。彼女は空中で向き直るや、両の腕を振り上げ、胸の前で交差させた。


『トドメですっ! エンドッ! オブッ! クルセエエエエエエエイドッ!』


 苛烈かれつな光が、ラピュセーラーの腕から迸った。

 必殺光線が真下へと解き放たれ、あっという間に周囲が濃い霧に覆われる。恐るべき熱量が叩きつけられて、全てが白く煙ってゆく。

 東京湾の一部を水蒸気に変えながら、エンド・オブ・クルセイドが放たれた。

 それはラピュセーラーがここ一番で放つ、最も強い必殺技だ。

 深界獣は、星さえ融解させる超好熱の光線を浴びて爆散した。

 同時に尊は、飛び去るラピュセーラーの熱源がレーダーの外に消えて、ほっとする。そのままシートにずるずると沈めば、覗き込んでくるタケルの意味深な笑みが気になるのだった。

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