第52話 オレの隣の美少女と熱く語る

「華流院さん……」


 目の前で着物に着替えた華流院さんを見て、オレは一瞬息を飲む。

 おそらく、この江戸村にて着物のレンタルをしたのだろう。振袖のような派手な柄であったが、それが華流院さんが持つ美貌と合わさり、決して嫌味さ下品な派手さはなく、むしろ彼女のためにあつらえたかのような印象を受ける。

 舞い散る木の葉を背に立つ彼女の姿はまさに美しかった。


「……なんだか久しぶりね。誠一君」


「あ、はい。そうですね」


 思わぬ華流院さんからの一声にオレは思わずドキリとする。

 久しぶり。言われてみればそうだ。

 最後に会話を交わしたのは修学旅行に行く少し前。

 あの時、晴香さんとの会話で華流院さんがなぜだか怒り、そのまま口を聞かなくなってしまった。

 別に喧嘩をしたつもりはない。けれども、どこか気まずい雰囲気のまま今に至ってしまった。

 この場合、どうするべきなのだろうか。

 謝る? けれども、オレは謝るようなことをしたのか?

 よくわからない感情にモヤモヤとしているオレに対し、華流院さんはどこか突き放すような口調で告げる。


「……それよりもこんなところにいていいの? 晴香さんと一緒にデートしてるんじゃないの」


「へ?」


 思わぬその一声にオレは間抜けな声を漏らす。

 な、なぜそこで晴香さんの名前が? というかなぜにデートと?

 混乱するオレに華流院さんが告げる。


「……聞いたのよ。昨日、あなたが晴香さんに告白するところを」


「あっ」


 あれ聞かれていたのか。

 思わぬ事態に焦るオレ。だが、それは誤解だとハッキリ言わなければ。


「そ、それは誤解だよ。昨日のあれはあの時、一緒にいたオレの幼馴染、彩乃ってやつがいるんだけど、そいつから晴香さんを守るための嘘っていうか方便っていうか、とにかくオレに告白のつもりはないよ」


「ふーん、その彩乃さんって誠一君の幼馴染? 随分と色んな女の子と仲良くしているのね」


「いやだから、そういうのじゃなくって」


 思わぬところを突っ込んでくる華流院さんにオレは焦る。

 というか、なんだろうか。今日の華流院さんはやけにオレに突っかかるな。

 いや、いつもこんな感じか? オレが異世オレハーレムの話題をしていたら、大体こんな感じで華流院さんが突っ込んできて……。


「……で、そんな女の子達との付き合いで『異世オレハーレム』は卒業したってわけね。今は晴香さんの一攫千金転生のファンなんでしょう? まあ、それもそうよね。作者に告白するくらい好きなんですから」


 いやだから、それは誤解だってさっき……。

 そう言いながらも、彼女はこちらの話を聞かず、さらに続ける。


「というか、あれだけ『異世オレハーレム』を読み込んでいながら、他の作品が出たらそれに目移りってどういうこと? それでも本当に信者なの? ……ううん、確かに思えばそういうのってこの日本じゃ珍しくないわね。それこそ今あってるアニメにはどハマリして「神作」とか「覇権」とか騒いでいるけれど、そんな人達が半年後、同じ作品をずっと崇めているかというと違うわよね。次に新しいアニメが始まればすぐにそちらに夢中になって話題はそればかり。以前まで「大好き」と騒いでいた作品の話なんかしなくなる。つまりは誠一君にとっても異世オレハーレムなんてその程度のものだったんでしょう。一時の波、流行り、流れに乗って読んでただけ。なら、それらしく扱えばいいじゃない。気を持たせるような読み方ばかりして。あなたのせいで私は……私は……!」


 そう言って静かに震えだす華流院さん。

 理由は不明だが、彼女は怒っている。いや、悲しんでいるのか?

 その根源にある感情は不明だが、少なくとも彼女の中で様々な感情が渦巻いているのは分かる。

 だが、それを聞いてオレも黙っているわけにはいかない。

 なぜなら、彼女は大きな勘違いをしているのだから。


「……華流院さん。ひとつだけ、あなたの間違いを指摘します」


「なによ、間違いって」


 キッとこちらを睨みつける彼女に対し、しかしそれをオレは真っ向から受けて宣言する。


「誰が異世オレハーレムに飽きたなんて言いましたか」


「……え?」


 呆ける彼女に対し、オレは懐から一冊の本を出す。

 それは全ページに付箋やラベルを張ったボロボロの小説。

 まるで長い年月、何十回、いや何百回、何千回と紙をめくられることで消耗したかのような古の書物のような一冊。


「それは……」


「異世オレハーレムの最新刊ですよ」


 驚く彼女にオレは告げる。

 そう、これが発売されたのはおよそ一週間前。

 無論、オレは発売と同時にこれを購入し、その日から夜遅く……いや、明け方まで何度もこれを読み直し、気づくと新品のラノベは一週間でそこらの古本屋ですら置いてないようなボロボロの有様へと変化した。

 あ、無論。今回も予備、布教用に加え、予備の予備も購入したので読書用がここまでボロボロになっても平気だ。


「最近はずっとこればかりを読んでいたから他のラノベを読む暇がなかったんですよ。だから、修学旅行の際はそれまで読めずにいた積んでいた小説をあえて持ってきたんですよ」


「…………」


 オレが告げたそのセリフに彼女は驚いたまま固まり、口をつむぐ。

 まあ、彼女が見ていたかどうか知らないが、電車内でオレが他のラノベを読んでいたのはそういう理由だ。というか、この修学旅行中も寝る前とか見えないところでちょくちょくこの最新刊を読み直していたんだがな。それほどまでに今回の巻はすごかった。


「というわけでオレが異世オレハーレムに飽きたってセリフは撤回してもらいましょうか。確かに晴香さんの一攫千金転生も読み込んでいましたが、だからと言って異世オレハーレムを疎かになんてしてませんよ。あれを読んでいる合間も家では異世オレハーレムを再読み込みしてましたし、というか誰も一つの本しか読まないなんて言ってませんよ。別に色んな小説を読むのは悪いことじゃないでしょう」


「……そうね。確かにちょっと私の勝手な偏見が入っていたわ。ごめんなさい……」


 そう言ってオレのセリフに対し、華流院さんは素直に謝罪する。

 それには思わずびっくりしたが、しかしすぐさま彼女はこちらを見ながら告げる。


「――それじゃあ、聞くけれど、今回の最新刊。誠一君的にどうだったの?」


「……ああ、それですか……」


 やはり聞かれたか。

 だが、それについてはハッキリと答えないといけない。

 オレは静かに深呼吸をし、呼吸を整えた後、オレの答えを今か今かと待っている彼女に対し告げる。


「今回の最新刊はこれまでの中で間違いなく、ぶっちぎりの――――クソでしたっ!!!」


 ハッキリと告げる。

 この映画村中に響くよう。

 オレのセリフがエコーするように大きな声で断言した。

 そうしてしばしの沈黙の後、堰を切るようにオレは続ける。


「まずあの序盤の重要キャラの死亡! あんなのクソ展開の王道でしょう! なんで、そんな重要キャラをすぐに使い捨てにするかなぁ!? しかも意味もなく! あれじゃあ、クソ展開になった一攫千金転生のパクリだろう! 作者は一攫千金転生を意識しているのかって思わず思いましたよ! その後の展開も一巻からのクソ展開をさらに煮詰めてクソにしたような展開のオンパレード! 主人公の都合のいい展開に引き続き「どや?」のドヤ顔演出。アニメならともかく、あれを小説というか文字で表現するのはやばすぎる。というかAAを小説で採用ってなんすか? キタ――(゚∀゚)――!! とか訳分かんねえよ。というか、これももうセンスが古い。とにかく前回の巻が結構まともでそれなりにいい評価だったのに対し、今巻は間違いなくこれまでの中で最低のクソオブクソですね! ええ、これは断然ハッキリ言えますよ! クソと!!」


 思わず熱を込めて言ってしまった。

 だが、後悔はしていない! 我が心と行動に一点の曇りなし!

 そんなことを思っていると目の前で華流院さんが顔を下げ、フルフルと小刻みに震えているのが見える。


「~~~~~~~~!! ……に、よ……! なによなによなによなによ! なによ―――!!!」


 すると次の瞬間、まるで火山が爆発するかのように顔を真っ赤にしたまま、彼女がオレに詰め寄る。


「つまり、あなたから見たらあの最新刊はクソってことなの!?」


「うん、クソだね。クソオブクソだよ。なろう作品の中でも一際酷いクソ作品だよ」


「あああああああああああああああああああああああああああああああーーー!!!」


 オレの答えに華流院さんはいつかの時のような雄叫びをあげる。

 そうして、しばらく「ハァハァ」と呼吸を整えた後、まっすぐオレの瞳を見て告げる。


「……相変わらず誠一君はハッキリと感想を言うのね」


「そりゃ聞かれた以上はハッキリと答えますよ。それとも華流院さんはオレの嘘の感想でも欲しかったんですか?」


「……それはいらないわ。あなたの正直な感想が聞きたかったから」


 そう言って華流院さんは風になびく髪を手のひらで弄びながら、ふと微笑む。


「……とにかく分かったわ。今回の最新刊は誠一君的にクソだったと」


「『一際酷いクソ』ですよ。おかげで今巻だけでも十回以上読み直しましたよ。ラベルなんか貼ってないページないですから。なんだったらノート一冊全部感想と愚痴で埋まりましたよ。見ますか? 今はこの場にはないですけど」


 そんなオレの一言に対し、華流院さんは「そうね。機会があればぜひ」と真面目に返す。

 見ると、最初どこかぎこちなかったオレ達の雰囲気が、今や最初に華流院さんに話しかけられた時と同じような、互いに熱を持って語り合う、あのなんとも不思議な雰囲気に戻っているのを自覚した。


「……まあ、そう簡単にあなたに認められても面白くないか……」


 そう言ってボソリと呟いた後、華流院さんはオレを見て尋ねる。


「それで、誠一君はこれからも異世オレハーレムを見続けるの?」


「当然ですよ。こんなクソ展開にしておいて次の巻をどうまとめるのか気になって眠れません。少なくともオレはこれがどんな結末を……クソな終わり方を迎えるのか、それを最後まで見る義務があります。まあ、もしも、この作品が終わるような時があればその時は改めて、この作品に対する長文の感想でもどこかに送りますよ。あと一応作者にお疲れのメールでもします」


「意外ね。一応そんなメールするの」


「まあ、ここまで追ってきた以上は。それにどんなクソ作品であれ、その作品を終わらせるということはすごいことです。たとえどんなクソ作品であろうとも完結したのなら、それに対するねぎらいだけは一言を告げる。これはまあ……オレのプライドみたいなものです」


「……そう」


 そう言って華流院さんは静かにオレの横を通り過ぎる。その瞬間、


「――じゃあ、その時を楽しみに待ってるわ――」


「?」


 彼女が告げたセリフはオレの耳に入らなかった。

 振り返ると、そこにはいつもの優雅で可憐で美しい学園一のアイドル華流院怜奈さんが微笑みながらオレを見ていた。


「誠一君。せっかくだし、このまま二人で回らない?」


「え? お、オレはいいですけど……華流院さんはいいんですか?」


「いいわよ。ここには私一人で来ていたから。それとも私と一緒は嫌?」


「い、いや、そんなことはないですが……」


 先ほどまで熱く議論していた相手と一緒に回るというのも不思議な感覚だ。

 とはいえ、晴香さんと回るよりはまだ華流院さんの方が精神的に落ち着く……かな?

 そう思いながら、オレは彼女と共に歩き出す。

 その時、隣で微笑む華流院さんの笑顔を見て、心臓が早鐘を打ったのは秘密だ。

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