第47話 オレが修羅場に巻き込まれるはずがない

「明日はどっちに行くかなー」


 京都修学旅行二日目の夜。

 オレは明日の予定を見ながら自販機でジュースを買っていた。


 明日は今日と同じように観光スポットを移動するのだが、明日の移動はグループではなく個人での移動となっている。

 しかし、行く場所は学校側が指定したスポット数箇所であり、そのうちの一つは今日亮達が話題にしていた伏見稲荷大社。

 他にも金閣寺や映画村などの有名スポットもある。

 亮と勤太は伏見稲荷大社を希望しており、明は金閣寺に行くらしい。

 ちなみに亮と勤太は一緒に伏見稲荷大社に来いと誘っているが、オレはどこに行くかはまだ迷っていた。


「うーん、まあ伏見稲荷大社は一度は行ってみたいよなぁ。いや、それ言うなら金閣寺もそうだし……でも、個人的にはやっぱり映画村が気になるんだよなぁ」


 映画村。正式名称は東映太秦映画村。

 そこでは忍者ショーや殺陣体験など、他にも着物などを着用できる本格扮装体験などがあるらしいから非常に気になる。

 というか、京都で一番行きたい場所でもあった。

 うーん、やはり明日はここかな。

 となると、亮や明達とは別れて一人での観光となる。

 とはいえ、せっかくの京都修学旅行だ。

 自分の行きたい場所には行きたいし、それに一人で自由気ままに観光名所を巡るのも悪くない。

 そう思ったオレは飲んでいたジュースをゴミ箱に入れて、部屋へ戻ろうとするが、


「あれ、誠一君じゃん。何してるのー?」


「あっ、晴香さん」


 その途中、ばったりと晴香さんと出会う。


「いやまあ、ジュースをちょっと」


「ふぅん、なるほど。あ、それよりも誠一君は明日の自由移動どこに行く気なのー?」


「え? そうですね。映画村に行くつもりですけど」


「え!? 映画村なの!? 今日あれだけ伏見稲荷大社について話してたじゃん! 伏見行かないの!? 夜になったらすっごい雰囲気出るんだよー!」


「いや……さすがに夜まではいないでしょう。学校側に連れ戻されますよ」


「えー、でもうちとしてはやっぱり霊験あらたかな伏見稲荷大社が一番気になるしさー。ほら、もしかしたら異世界への扉がつながって転移しちゃうかもだし。一攫千金転生のネタにもなるしさー」


 あー、まあ、それは一瞬考えましたが。一瞬。

 とはいえ、そういうのはあくまでも創作の世界。さすがにそんなわけないでしょうと晴香さんと雑談をし、いい感じになってきたところで部屋へ戻ろうとした時、思いもよらぬ人物がオレの前に現れる。


「……あれ、誠一じゃん。こんなとこで何してんの?」


「!? お、おまっ! あ、彩乃!?」


 見ると、通路の奥から学校指定のジャージ姿をした彩乃の姿が現れた。

 な、なんで!? なんでこいつがここにいるの!?

 慌てるオレに対し、彩乃はいつもの気だるけな態度で答える。


「あー、実はアタシらここに修学旅行で来てるの」


 マジで!? お前らの学校も京都に来てたの!? というか、同じ宿に泊まっているとかどんな確率だよ!?

 思わぬ遭遇にうろたえるオレであったが、そんなオレの狼狽など知る由もなく、彩乃はオレの隣にいる晴香さんに視線を送る。


「……で、誠一の隣にいるその女は誰?」


「あ、もしかしてこの子、誠一君の知り合いなの? はじめましてー! うちは誠一君の隣に転校してきた転校生ですー! 誠一君とは仲良くやらせてもらってまーす! よろしくー!」


「……はあ、どうも」


「ちなみにうち、実はこうみえて現役のな――」


「わーーーーーー!!!」


 晴香さんが続いて自分の紹介をしようとした瞬間、オレは慌てて大声を上げてそれを打ち消す。

 オレの大声に彩乃も晴香さんも驚いた様子で耳を塞ぎ、両者共、キョトンとした様子でこちらを見る。


「……っ、い、いきなりなによ」


「ちょ、誠一君? い、いきなり大声出してなに?」


 何やらよくわからない様子でオレの方を見る二人。

 いやまあ、確かにいきなり大声を上げればそういう反応だよな。

 けれど、オレとしてはこの二人は決して対面させたくなかった二人でもあった。

 というか、出来れば永遠に会って欲しくなかった。自己紹介とかもってのほかだ。特に晴香さんの。

 理由は無論言うまでもない。

 彩乃は晴香さんこと『にゃんころ二世』のファンにして、最新刊『一攫千金転生』に対し殺意を抱き、作者に殺害予告を出した狂信者『カイン信者』にほかならないのだ。

 もしここで晴香さんが一攫千金転生の作者にゃんころ二世だと分かれば彩乃は……。

 いや、それだけじゃない。もし晴香さんが口を滑らせて、一攫千金転生の最新刊をあんな展開にした元凶(?)がオレだと知れれば一緒に殺される……! そ、それだけはなんとしても阻止しなければ!


「あー、そういえばさっきの話の続きなんだけど誠一君。うちのいっ――」


「いやー! 偶然だね! 彩乃! 彩乃もこの旅館に泊まってるんだねー!」


「え、う、うん。っていうか、それはさっき言った」


「ちょっと誠一君。うちが話しかけてるのになんで会話を切るのー? それじゃあ、うちの最新刊で登場した新主人公のやりと――」


「だーー!! ちょーっと! 静かにしようかー! 晴香さんーーー!!」


 思わず口を滑らせそうになる晴香さんの口を押さえながらオレは叫ぶ。

 一方の彩乃は明らかに不審な眼差しでオレ達を見ている。


「……誠一。さっきからなんなの? というか、その子の名前とかまだ紹介してもらってないんだけど誠一とどういう関係なの?」


「あー、そのー」


 な、なんて説明すればいいんだ。ま、まあ、同じクラスの友人で晴香さんって言えばそれでいいか……。


「はーい、うち南條晴香って言います―! 誠一君とはファンとその対象というかー、実はうち誠一君が憧れるさく――」


「そうそう!! オレこの晴香さんって人に憧れてるんだよー! もうファンっていうかー!? さ、サークルの!!」


「? サークル? なんの?」


「し、小説! というかオタク全般の色々!!」


 慌てて晴香さんの口を押さえて、そう答える。

 当の晴香さんはモゴモゴと暴れているが、これも全部アンタとオレの命を守るためなんだよ! 我慢してくれ!


「……ふぅん、その割には親しそうだね」


 ぎ、ギク。ま、まあ、親しいというかなんというか……。

 そんな風にどう答えるべきかと悩んでいると、その隙を狙って晴香さんがオレの手を振り払い宣言する。


「当然じゃん! うちとこっちの誠一君は特別な関係よ! なんといってもこの誠一君を手に入れるためにうちは自分(の作品)を曲げたんだから!」


「……どゆこと?」


「それは――」


 と、満を持して晴香さんが自分の正体を答えようと息を飲む。

 あ、あかん! あの先を言わせたら終わりだ!!

 えーい! くそー!! こうなったら最後の手段だ!!


「実はうちの正体は――!」

「オレとこっちの晴香さんが付き合っているということだ!」


 晴香さんのセリフを遮るようにオレは思わず大声でそう叫ぶ。

 瞬間、それを聞いた晴香さんは固まり。目の前でそれを受けた彩乃の表情も固まる。

 どころか、まるでオレ達を中心に一瞬世界が止まったようなそんな感覚さえ覚えた。


 やがて、数秒後。

 オレの隣にいた晴香さんが口を開けたまま、顔が真っ赤に染まっていき、その体がプルプルと震えだす。

 見ると、口から何かを発声しようとしていたが、それは声にならない声となって、彼女の喉元で小さく「……ぁ」だの「……ぅ」だの漏れていた。

 一方の彩乃も、まるで石像のように固まっていたかと思うと、ギギギとロボットのようにぎこちない動きで首だけが動き、オレの方を見据えて、かろうじて声を発する。


「……へ、へえー、そ、そうなんだ……」


 その声は、先程までの無感情なものと同じようなものであったが、それよりもより一層機械のように感覚的に喋っているような印象をオレに与えた。

 またオレも自身のとんでもない発言に後悔と羞恥心でいっぱいになり、震える腕をなんとか見せないように頭をかきながら答える。


「あ、ああ、ま、まあな。な、なんで、さ、さっきも晴香さんと、ち、ちょっと特別な話をしててさ……」


「そ、そうなの。ま、まあ、こ、恋人、同士、なら、そ、そうよね……」


 彩乃が恋人と呟いた瞬間、オレは思わず体が固まり頬が真っ赤に染まるのを覚える。

 見ると、隣にいる晴香さんはオレ以上にパニクった様子で両手を肩のところまであげたポーズで固まっており、震える唇からはもはや声にならない声しか出ておらず、目もぐるぐると移動して完全に焦点が定まっていなかった。


「え、ええと、そ、それじゃあ、あ、アタシ、もう行った方が、い、いい、よね? あ、アンタ達の、邪魔……しちゃ、わ、悪い……わよね……」


「そ、そうだな。ま、また今度、ば、バイトの時にでも話そうぜ」


「そ、そうね。そ、それじゃあ、ま、またね、誠一。あ、会えて、う、う、うれ、嬉し……嬉し、かったよ……」


 なぜか最後の方、完全にぎこちない動きと口調のまま彩乃はそのまま百八十度回転し、来た通路の方へと戻っていく。

 彼女の姿が完全に見えなくなったのを確認するとオレはようやく息を吐いて、緊張の糸をほぐす。


「……はあー、なんとかなったー……。いやー、ごめんね、晴香さん。さっきは変なこと言って、実は彼女は……」


 とオレが説明しようとした瞬間、それまで完全にショートしていた晴香さんがまるで火が付いたように反応し出す。


「う、うひゃあああああああああ!! え、な、なに!? なに!? う、うちがどうかしたとたい!?」


「え、いや、その晴香さんじゃなく、彼女がその……」


「か、彼女!? 彼女!? う、うん! わ、わかるよ! 彼氏彼女の彼女たいね! で、でも! う、うち、誠一君からそげん目で見られとるなんて思わんかったたい! ち、ちょっと待ってな! う、うちはその……せ、誠一君のことはい、一読者として好きであって……こ、個人として……こ、恋人としては、その、あ、あの……!?」


 完全にパニクった様子で顔中真っ赤にして、よくわからない地方弁をしゃべりまくる晴香さん。

 あ、あかん! これは説明しようにも説明できない!


「い、いや! 違うんだよ! さっきのは! その、勢いっていうか、あの場で彼女をごまかすための……!」


「う、うん! 分かる! 勢い! 勢いたいね! 告白には勢いが必要たいね! で、でも、あんな急に告白されたら……う、うちかて! うちかて気持ちの整理が……!?」


 となにやら完全に違う方向に暴走している晴香さん。

 あかん! ちゃんと話を聞いてよ!?


「わ、わかった! わかったよ! 誠一君! ち、ちょっと一旦気持ちの整理をつけるために一度部屋に戻るたい。せ、誠一君からの告白の返事は……ま、また後日するから、そ、その時によろしくたい……」


 そう言って慌てた様子で部屋に戻ろうとする晴香さん。

 いや、ちょっと待って! そうじゃないんだけど!? とオレが引きとめようとすると、


「で、でも、その……誠一君からの告白、嫌じゃ、なかと……」


 と頬を真っ赤に染め、乙女チックな表情でボソリと呟き、晴香さんは消えていってしまった。

 あ、あかん。ど、どうしてこんなことに。

 途方に暮れるオレであったが、その瞬間、すぐ傍の自動販売機から『ドンッ』という大きな物音が聞こえた。

 え、何事!? とそちらを振り向くと、そこにはフラフラとした様子で自動販売機に寄り添う樹里の姿があった。


「い、樹里!? お前、いつから……!?」


「先輩……」


 と、オレが答えるより先に樹里は最初に出会った頃を彷彿とさせるような、いやそれ以上の鬼のような形相でこちらを睨んだ。


「せ、先輩って……さ、さっきの人とつ、付き合ってるんすか……?」


「い、いや! そんなことはないぞ!!」


「……ということは……つい、今さっき告白したってことっすか……?」


「いやだから! あれは告白じゃなくって!?」


 どう言えば誤魔化せるんだと慌てるオレに、しかし次の瞬間、樹里は予想外のリアクションを取る。


「…………ぐ、ぐすっ」


「え?」


 突如とし、樹里は顔中を真っ赤にしたまま両目に大粒の涙を抱え、オレを真正面から見据え、大声で叫ぶ。


「せ、先輩の……浮気者~~~~~~~~~!!!」


 そう言って「うわーん!!」と大泣きしながらどこかへと去っていく。

 あ、あかん! 事態が色々と良くない方に行っている! な、なんとかしなくては! と樹里を追いかけようとした瞬間、


「よお、ちょっといいか。話があるんだが」


「へ?」


 急に肩を掴まれる感触に背後を見ると、そこには樹里の兄である明さんが鬼のような形相でオレを睨んでいました。

 あ、えっと、その、うん。


 こうしてオレの波乱万丈な修学旅行二日目の記憶は途切れることとなる。

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