第7話 発見者の結末

 あれから数日たって、警察はようやく動いてくれた。

 新聞に、ジョンソン議員が殺人の容疑で捕まったことが書かれている。

 あの日、わたしは知らなかったがヒラリーと会っていたようだ。

 そして、別れ話を切り出していたと……。

 男の弁明は書かれていないが、別れ話が物別れに終わって殺害に至った、と警察は見ているようだ。


 わたしの大切な人を奪おうとしたの男……殺人となれば、絞首刑になる。

 惨たらしく、苦しみながら、首の骨が折れるのをもがき、死んでくれるといいわ。


 今日は気分がいいわ。

 シャンパンでも開けて、乾杯でもしようかしら――


 ブーッ!


 突然、家の呼び鈴が鳴った。

 一体、何!?

 わたしはこれから、あなたのお葬式の準備をしないといけないというのに……。


「――こんにちは」


 ドアを開けてみると、あのクマの警部がいた。その後ろには火傷の女性と、外国人の少女。


「今回のことで、ちょっとお話がありまして……よろしいですか?」


 全く、何しに来たのかしら――

 家に入れるべきか迷ったが、追い返すのは何か引っかかることがある。ここは黙って入れるべきかしら――


「ええ、どうぞ……」


 シェアハウスの共同の応接室に、わたしは三人を案内した。

 一体、何の話があるというの。あなた達の仕事はもう終わったのじゃないの?


「お茶はいかがですか? それで、お話とは……」

「ミス・アンダーソンの事件について経緯をお話ししようと思いましてね」


警部は得意げにそう切り出した。


「ミス・アンダーソンの婚約者であったジョンソン議員が、逮捕されたことはご存じでしょうか?」

「ええ、新聞で読みました。

 彼のことはあまり存じていませんが、婚約者を殺すなんて許せませんね」

「たしかに……。

 彼はあの晩、こちらに来たことを認めました。ふたりで歩いているところも目撃証言もあります。またミス・アンダーソンの部屋にあった灰皿ですが……そこにあった吸い殻が、彼が愛用しいるタバコと一致しました。

 それから察するにあの日、あの部屋に入ったものと思われます。

 まだ犯行を認めていませんが、自殺に見せかけて彼女を殺害する動機もチャンスもあったわけです。判事の判断になると思いますが、証拠は十分だと……」

「まあ、恐ろしいこと――」


 ホント恐ろしいことだ。

 自殺に見せかけて、人を殺すなんて考えるなどと……しかし、警部が喋っているだけで、あのふたりは黙ったまま何をしているの?


「すみません。タバコを吸いたいのですが、よろしいですか?」


 突然、長身の女性はそう切り出した。口に紙タバコをくわえている。


「あっ、ええ構いませんよ。ライターはそちらに……」


 わたしは応接室のテーブルに置かれた卓上ライターを指さした。


「灰皿ありますか?」

「灰皿? ああ、ごめんなさい。ちょっとお待ちを……」


 テーブルの上には灰皿がない。どこにやったのかしら――

 ああ、に……。

 わたしは立ち上がって、そこへとに行くことにした。


Signorinaスィニョリーナ(ミス)・ウォーカー。どちらへ?」

「どちら? 灰皿を……」


 気がつくと、あの外国人の少女が立ち上がっていた。

 不機嫌そうな……メガネの下の瞳が、わたしを睨んでいる。


「灰皿を取りに行くのは分かりますが、なぜスィニョリーナ・アンダーソンの部屋に行くのですか?」

「えッ? あッどうしてかしら……」


 しまった!?


「このParazzoパラッツォ(建物)に入ったときに、Tabaccoタバッコ(タバコ)のニオイがしました。

 だけど、あなたの部屋もスィニョリーナ・アンダーソンの部屋もニオイがしなかった。

 つまりSalottoサロット……応接室にだけ許可しているのでしょう。

 そのため灰皿も用意していない。唯一といっていい灰皿は、あなたがスィニョリーナ・アンダーソンの部屋に持ち込んだ。

 だから、取りに行こうとしたんじゃないんですか?」


 わたしはミスを犯したようだ。だけど、今はこの少女が言っているだけの戯言でしかないわ。


「何を言っているのこの子は……」


 だが、三人の目はわたしに向けられている。無言のまま……。


「不愉快です。帰っていただけませんか!」

「まあ、彼女の話を聞こうではないですか」


 わたしの言葉よりも、クマの警部はあの外国人の少女の言葉を信じているというの?


「1個しかない灰皿を、あなたがその部屋に持ち込んだのなら。スィニョリーナ・アンダーソンの部屋にSignoreスィニョーレ(ミスター)・ジョンソンが入ったことは薄れてきます。

 だとすると、Luiルイ……彼が、殺したことも疑問になってくる。

 そもそも、Pistolaピストーラ(拳銃)は彼女のものだった。つまり、自殺が自然じゃないんですか?」

「彼女は自殺なんかしないわ! 彼女は彼に殺されたのよ!」

「いえ、スィニョリーナ・アンダーソンの死は自殺です。

 ですが、あなたは彼女を利用しようとした」


 何をいっているのこの子は……。

 わたしのことも、彼女のことも知らないくせに!


「ロマーノ? どういうことだ?」

Ispettoreリスペットーレ(警部)・ネルサン。あなたはこの人に利用されたんです」

「この私を?」

「彼女は、亡くなったスィニョリーナ・アンダーソンを見つけてあることを考えた。

 自分の復讐に使おうと……。

 左利きだった彼女は、自分のこめかみを撃って自殺した。自殺に疑問を持たせるために、いろいろと細工をした。ピストーラを取りって、指紋を拭いて握り直した。

 まるで、別人が自殺に見せかけるように……。

 書き物机の細工はやり過ぎでした。彼女が右利きだと思わせたかったのでしょう。が、警察は見つけてくれなかった。わたしの質問にLeiレイ……あなたは本当のことをいった」

「復讐とは何だ?」

「リスペットーレ・ネルサン。自分の恋人を取った男に制裁を加えたかったんです。しかも、手も汚さずに合法的に……」

「――殺人罪になれば、絞首刑……しかし、そこまでして男を恨んでいたのか?」

「わたしもスターリングも見たと思いますが、彼女の部屋にあった写真は、スィニョリーナ・アンダーソンのものしかなかった。

 普通、家族の写真か恋人の写真を飾るでしょ? なのに……」


「勝手なことをいわないで!

 わたしと彼女はいつも一緒にいたのよ。それを……あの男が現れるまでは……」


 そう、わたしは彼女を愛していた。彼女もそうだったはずなのに!

 折角、わたしを馬鹿にしている男を、ひとり殺せたというのに!

 なんで、上手くいかないのかしら――


「警部さん。だからといって、わたしは何の罪に問われるんですか? 問えないでしょ?」

「今の法律では問えないかも判りませんが……とにかく、警察でお話を聞きましょう」

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