狐面村-香墨はまだ定住しない

霞月楼

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 ここは人里離れた山の中。昼が短く夜が長い場所に一つ、ぽつりと村がある。そこは人と人ならざるものが暮らす場所。素顔を知られぬ様、村人はみな狐の面をつけている。誰かが言った。

 ――この先には狐面村がある。


「ここが今日から香墨(かすみ)さんのお家になる家です。何か困ったことがあればいつでも声かけてくださいね」

「ありがとう。しかし思ったより大きいね」

「前住んでいた方はファミリーだったので。一人には少々広すぎますか?」

「お店をやりたいと思っていたから大丈夫だよ」

 それでは僕はこれで、と警官帽のつばに軽く手をやりお巡りさんが家を後にする。ここは狐面村、という一見変わった場所。村に入るには狐の面をするのが決まりになっている。俺も真新しい真白な狐面を村長から貰い着けたばかり。家まで案内してくれた村の巡査は紺色の面をしていたし、村長の面には白い髭が生えていた。面をつける決まりはあれどアレンジは自由らしい。

 俺の名前は、……この村では香墨という事にしておこう。決まった場所はなく、気の向くままに色んな所を転々としている。生業はまぁ、書くのに必要なものを売って歩いてるってところだ。ペン、筆、紙、インキ……地味だけどなくてはならないもの。店をやるといってもちょっと軒先に小さな看板をぶら下げるだけの簡単なもので、村に飽きたらまた何処かへ行くつもりだ。

「しかし……村というわりには中々に大きな所だね」

 板の間にゴロンと寝転がって目を閉じると、瞼を透かして夕日が見えた。外で遊ぶ子どもたちの声がする。遠くでカラスが鳴いて――。

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