ようこそダンジョンの救命救急病院へ 2


 私は独りだった。


「変な色の目!」

「青とか変なの」

「しかも、コイツ! 精霊が見えるとか言ってんだぜ!」

「変な色の目の上に、嘘つきだー! せーれーってのは、見えないのがふつーなんだぜ!」

「嘘……じゃ、ないもん……」


 幼い私は、自分よりも一つか二つ年上の少年二人に囲まれて、小さくうずくまり泣いている。

 今でこそ、青い目の人間は精霊を視認できる、いわゆる『精霊視』の力を持つという事実は広く認知されているけど。十年も前だとこの事実はただの絵空事か妄想でしかなかった。

 私の青みがかった緑の瞳は、ただ薄気味悪く、その上妄言を吐く私は大人たちからも疎ましく思われていた。


 だから、孤独であることは当然のことだった。

 けど、そんな私に独りは寂しいと、教えてくれた人がいた。



「とうっ!」

「ぎゃあっ!」


 私を囲んでいた男の子の一人が、派手に弧を描いて飛んでいった。

 代わりに私の前には太陽に照らされ黄金色に輝く髪の後ろ姿が現れた。


「うげっ……! ゴルド……ていうことは」


 私を囲んでいたもう一人の男の子が突如として現れた第三者の顔をみて青ざめた。


「当然、私もいるわ! とうっ!」

「ぎゃあ!!」


 そして、もう一人の男の子がいた場所には灼熱に燃えるような赤い馬の尾のように結ばれ振り乱された髪と共に現れた背中。


「やっぱりお前らか! ガキ大将気取りの双子ルージュとゴルド!」


 最初にぶっ飛ばされた男の子が半身を起こし、彼らを指差したのは、私の唯一の家族。


「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

「おう! もう大丈夫だブルー」

「さて、うちの妹を泣かせた覚悟は出来てるのかしら?」 


 兄と姉は私を背に庇うようにして、それぞれ首と拳を鳴すと、「覚えてろよー」と情けない三下台詞を吐いて私を囲んでいた男の子たちは一目散に逃げ出していった。



 視界のすべてが真っ赤に染まる夕暮れ、この街で一番夕陽がキレイに見える丘の上の教会裏手で、兄と姉が私を挟むようにして並んで腰掛けていた。


「ほら」


 涙ぐんでいる私にゴルド兄さんはどこから持ってきたのか真っ赤なりんごを手渡した。


「またくすねてきたの?」

「人聞きが悪いな、シスターの手伝いのお礼だよ」

「だったら……ゴルドお兄ちゃんが、食べて……」


 私たち兄妹に血の繋がりはない。 

 縁はただ近い日に教会へと捨てられた子供だということ。

 ブロンズ教会。この街、いや、神や精霊への信仰する色が強いこの国では言わずとしれた、国中いたる所にある教会。

 一応、同じ教会に預けられた子どもたちは皆兄弟として育てられるが、私にとって本当に兄と姉と呼べるのはこの二人だけだった。


「いいんだよ、ブルー。どうせ、また誰かに泣かされてるだろうから貰ってきたもんなんだから」

「そうよ、早く食べちゃいなさい。シスターは寛大だから気にしないけど、あの堅物神父に見つかったら『間食とは贅沢なこと、神聖なる場でそんな神の教えに逆らうことを』ってグチグチお説教されるわよ」

「流石はルージュ、一番、神父に説教食らわされてるだけはあるな!」

「アンタと大して変わんないわよ!」

「実は……お姉ちゃんの方が……二回くらい多いよ……?」

「ちょっ、ブルーまで!?」

 さっきまで涙ぐんで下を向いていた幼い私は、二人の明るさに当てられ笑顔を咲かせていた。

 この幼いやり取りに思わず今の私も口が緩んでしまう。


 ああ、けど、この二人とこのようにして話していられるのも、残りわずか。


「あれ……?」


 そんな楽しいはずの時間を満喫しているのに、幼い私の瞳から雫が頬を伝う。


「おわっ! こめんなブルー。兄ちゃんたち喧嘩ばっかして」

「ううん……違うの。こうしていられる時間がもう残り少ないんだって。あと5日でお兄ちゃんもお姉ちゃんも……教会からいなくなっちゃうんだって……思ったら……」


 教会では王宮から支援金をもらう代わりに齢十二になった子供を口減らしを兼ねて、王宮直属の軍や騎士団の訓練学校、頭のいい子供は修道院へと提供している。

 兄さんも姉さんも、もう直、十二になる。

 二人とも体力があって腕っぷしもいいから、間違いなく騎士団の訓練学校へと移される。そうなると、さっきのように二人は私を助けに来てはくれなくなる。

 そんな、確かに近づく別れを惜しむように、この頃の私は過ぎてゆく日を数えていたのだった。


「大丈夫よ。ブルー。一生会えなくなるわけじゃない」

「けど……」

「まあ、ブルーは怖がりだし、弱っちぃしな、俺らがいなくなったら毎日わんわん泣くかもな」


 そう言ってゴルド兄さんは黄昏時の燃えるように沈みゆく太陽を背に私と目線を合わせる。


「だから約束だ、ブルー。兄ちゃん目一杯頑張って騎士になる、ブルーやルージュがどこにいたってすぐに駆けつけれるくらい強くなるからさ、それまでの間だけでいいから、一人でも頑張ってくれるか?」


 そう言って頭をなでてくれた兄さんの顔は背後から指す夕陽が眩しくってよく覚えていない。


「なんで、私もなのよ。私だって騎士になるんだから、アンタと同じよ。三人兄妹でまたいつか、一緒にいられるように」

「わかった……わたしも、お兄ちゃんやお姉ちゃんみたく強くなるね……!」


 それは二人からのエールだった。少し先に生まれた兄と姉は、私が同じ場所に立てるまで待っていてくれる。

 それこそが、私の心の拠り所、希望。

 だからこそ、ごめんね兄さん……姉さん……。


 約束守れなかった……よ。


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