『ふるさと』


 星、キレイだね 



 ……そうだね



 もうじき見れなくなる?



 ……そんなことないよ

 今までよりも、もっと間近になるよ



 そう

 最後にお願いしてもいい?



 ……なぁに



 お歌、みんなに聴いてもらいたいな

 みんな、幸せになれるように



 ……優しい子

 私も、できるだけのことはしよう

 残念だが

 聴く耳のあるものにだけしか聴こえない

 でも、安心をし

 きっと大勢の人が気がついてくれる——




 うさぎおいし かのやま

 こぶなつりし かのかわ

 ゆめはいまも めぐりて

 わすれがたき ふるさと




「おい、何か聴こえないか?」

 死を待つ終末期医療の場、ホスピス。

「ちょっと、どうされたんですか?」

 最近、精神的に安定せずふさぎ込んでいた患者が——

 小さな動きさえ億劫だった彼が、ガバッと身を起こした。

「ホラ、女の子が歌ってるじゃないか! 聴こえるだろ?」

 看護婦は、肩をすくめた。

「いいえ。私には何も……」 




 混乱はそれだけで終わらなかった。

 小児病棟、精神病棟からも何か聴こえる、という騒ぎが相次いだ。

 不思議なことに、その声を聴いた者は皆、精気を取り戻した。

 そしてみな、同じ旋律のメロディーを口ずさむのだった。




 初めは日本だけだった。

 しかし、やがてそれは世界中に広がった。

 場所は病院だけに限らず——

 福祉施設。老人施設。会社。繁華街。家々にも。




 いかにいます ちちはは

 つつがなしや ともがき

 あめにかぜに つけても

 おもいいずる ふるさと



 

 残業帰りに、ビルの谷間から夜空を見上げる会社員。

「……聴こえるよ」

 口笛を吹いて駅までの道を歩く。

 うん、いい歌だ。

 何だか、力が湧いてきた。




「ちょっと失礼——」

 接客中のあるホステスは、手近の窓に飛びつく。

「ありがとね。あなたも同じ空を見てるかなぁ」




 その歌の輪は地球全体を包んだ。




 わぁい わぁい

 みんなとっても元気になったね



 ……よかったね



 これでいいや

 ありがと、お願い聞いてくれて



 ……どういたしまして



 私ね、もう疲れたの

 とっても眠いの



 ……そう

 じゃあ私が抱いてあげよう

 お星様が近くに見えるところに行こう


 


 少女は大きな懐に抱えられ

 光に満ちた階段を上がっていく。

 その間、沢山のメッセージが地上から届いた。



「生きる元気をありがとう」

 ある会社員から。



「私みたいなもんでも、まだあんたの声が聴けるんだね」

 うれしかった、とあるホステス。



「生きるってのは、体のことばかりじゃないんだな。目が覚めたぜ」

 ありがとよ、とホスピスで静かに死を待っていた男。



 地球のあらゆるところから、声は万から億に重なり——

 少女の大いなる慰めとなった。




 わぁい

 すごーい

 こんなキレイなの、見たことない

 次起きたときも、これ見れる?



 ああ いつまでも見れるよ



 バイバイ

 おやすみ



 ……安心して、おやすみ



 最後の力を使い果たし

 少女は、息絶えた。





 こころざしを はたして

 いつのひにか かえらん

 やまはあおき ふるさと

 みずはきよき ふるさと




 もし、あなたが暮らしの中で

 この歌をどこかで耳にしたなら。

 ふと、口ずさみたくなったなら——

 どうか、この子のことを思い出してあげてください。




 いつでも、この子は喜んで耳を傾けてくれるでしょう。



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