『箱の中』

 私は何をしていますか


 愛してますか


 愛されてますか


 どうですか




 ううん


 とんでもない


 自分でしていることが分かってるかね


 求め方が違う


 求めているものが違う


 相手が違う


 数手先も読んでない


 あなたは何をしているかまるで分かっていない



 


 私は私ですか


 私は存在してますか


 私は何か意味がありますか




 あなたはあなたではない


 存在しているかもしれないが


 どっちだろうが今のあなたでは世界に何の影響もない 


 あなたがいるからには意味はあるんだろうが


 私には見当もつかない


 そもそもあんたに分からないのに


 他人の私がどうして知っているはずがある


 


 言われた意味はすぐ分かった


 求め方を間違ったので得られなかった


 求めるものの価値を見誤ったので血を吐いた


 求める相手を間違えたので心臓を刺し貫かれた


 先の先の手まで読んでいなかったので追い詰められた


 自分のしていることが分からなかった 


 


 何で私はこの世界に落ちてきた


 父よ母よ


 友よ


 あなたは命をどう思う


 傷つくために生まれてきたのか


 闇で膝を抱えて震えるためか


 土を食べて泥をすするためか


 体を隅々まで汚しつくすためか


 


 私は何かないかとお腹の箱を引きずり出した


 ふたを開けて逆さまにひっくり返した


 土やら虫やら石やらガラクタやらがバラバラ落ちた


 これだけ?


 私は箱の中を隅から隅まで覗き込んだ


 ない ない


 ない


 ないよう


 何にも、ないよう!




 慰めてくれる人が誰もいなかったので


 私は辺りをはばからずに泣き伏した


 もはや自分には何もないことが分かったので


 たとえ慰める人があっても私の虚無は癒えない


 苦しみのあまり私は自分を傷つけた


 傷が増えれば増えるほど気持ちよかった


 血がどんどん出て行くのを見て何か真実なものに近づいた気になった





 コロコロ


 悲しみのあまり もげた首が砂利道を転がる


 首だけになったけどまだ生きてる


 私は空を見上げた


 ふぅん


 地面からだと空ってこんなに広く見えるのか


 こんな姿にでもならなけりゃ経験しなかったろうね


 広いなぁ


 大きいなぁ


 これが、空——




 血の流れきった赤い肉の塊と生首は


 存在し続けた


 私は取り返しのつかないことをしてしまった


 死んだら終われる


 消えてなくなれる


 すべては無に


 そう信じて死んだのに


 なぜ


 私は考えている


 考えている以上何らかの形で私は存在している


 消えない


 消えない消えない消えない


 消えない消えない消えない消えない消えない!


 消消消消消消消消消消消消消消えななななななななな


 いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


 


 私は消えてしまえないって初めっから分かってたら


 もう少し慎重に生きたかもしれない


 自分の体を切り刻んだりもしなかった


 ああ消えられないのなら


 この想いを抱いたままずっと考え続けなければならないのなら


 ああ


 気が狂って何も分からなくなるのが一番の幸せだ


 私は本気でどうやったら気が狂えるか考えた


 いくら考えてもどうにもならなかった


 私の目からひとしずくの涙がツーッと筋を引いて流れた




 ……やぁ


 声がした


 あんた誰


 どこから呼んだの


 ……ここだよ


 見えないよ


 ……ああ そこからじゃ分かりにくいか お姉ちゃんもうちょっと右——


 私はあごで地面を蹴って


 首をゴロンと声のする方向へと転がした




 あんた?


 ……そ 僕が呼んだの ありがとね お礼が言いたくて


 はぁ


 私何かしたっけ?


 ……お姉ちゃんずーっと泣いてたでしょ


 僕ね 種だったんだけどさ


 誰も水をくれなかったから死にそうだったんだ


 でもお姉ちゃんが泣いてくれたから


 泣いて泣いてたくさんのお水をくれたから


 僕 ちゃんと芽が出たよ


 ありがとね


 正直 ちょっとしょっぱかったけど——




 そ そう——


 涙が役に立ったなんて皮肉なものね


 私は生首のまま笑った


 首だけになって初めて笑った


 もう笑うことなんてないと思ったけど


 一度笑うことを経験した私の心は欲を出した




 じゃあさ


 あんたにしょっぱい涙なんかじゃないおいしい水をあげたいな


 待っててね——


 


 私は擦り切れて血が出るのも構わず


 あごで地面をこすり続けて体のあるほうへ這った


 くっつくかな


 私の腐りかけた体が見えた


 お願い


 この一回だけでもいいから


 動いて


 私の体よ


 今こそ自分のためでない他の何かのために

 



 動けええええええええええええ!


 おのれえええええええええええ




 奇跡が起こった


 首の無い私の体


 指がピクピクと動いた


 やがてゆっくりと起き上がり


 私を拾い上げた


 そして本来あるべき位置に——




 ひっついた


 久しぶりの感覚だ


 指令を出すと体がコントロールできる


 私は水を汲んできて


 木の芽に注ぎかけた


 大きくなぁれ


 大きくなぁれ


 大きく育て


 私より大きくなれ


 私よりきれいになれ


 そして私よりもっと幸せになぁれ




 数十年がたった


 やぁ


 うれしいな


 大きくなったね


 友達もできたね




 私はその昔問いかけたことを


 もう一度聞いてみることにした


 今までに聞いたことのない声がそれに答えた




 私は何をしていますか


 愛してますか


 愛されてますか


 どうですか




 お前のしていることはおまえ自身が知っている


 人に問わなくてもおまえ自身の中にすでに答えがある




 私は私ですか


 私は存在してますか


 私は何か意味がありますか


 


 お前は小さいようでいて実は宇宙そのものである


 もしお前が泣くなら


 全宇宙がお前のために泣くだろう




 最後に言う


 今お前は自分の力で——


 お前であることを勝ち取った


 だから お前はお前だ

 



 ありがと


 私は私




 私はお腹の箱の中に


 立派に成長した大樹の葉を一枚


 そっとしまってふたを閉じた


 宇宙をお腹に収めた気がした


 大事な大事な宝物


 初めて私が箱に蓄えた大切なもの




 私はやっと


 私になった


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