第5話 Day1〜2

 そうかもとは思っていたけど、まさか本当にトイレの中にまでくっついて来ようとは思わなかった。24時間ピッタリくっついて来られるのはもう腹をくくってしょうがない、と諦めるしかないんだろうけど、先々これは困るなぁ。


 とか何とか考えながら、コーヒーを飲み、本を読み、前に他人には見えない美少女がいるってこと以外はいつもと同じ時間を過ごしたので、そろそろ帰ろうかと。

「さてと。そろそろ帰るかな」

「あの、帰るってどこにですか?」

「自分の家だけど。まぁ、家から何百キロも離れてるならどっかに泊まるしかないけど、あいにく2kmないくらいだからな」

「えーっと、家っていうのは圭太さんが寝る場所ってことですか?」

「よっぽどひねくれたヤツじゃないとそうなるな」

「わかりました。じゃあ帰りましょう」

 ん? じゃあ帰りましょう? だと?

「メイ、まさかお前俺んちまで来るのか?」

「はい。イヤなら願い事3つ今言ってくれればいいんですけど」

 なんだか願い事が人質に取られているような気分だ。俺が何をやったっていうんだ。

「わかったよ、わかった。じゃあ、とりあえず帰るぞ」

 と、来た道をブルーな気分になって戻ったのだった。もちろん、メイが横でふよふよ浮きながらくっついて来たのは言うまでもない。


 自分の部屋の前に着いて、鍵を開ける。

「ただいまー」

 もちろん、誰の返事もない。むしろ、返事があったら怖い。天使もどきだけでさえ持て余しているのに、その上部屋に地縛霊でもいたら目も当てられない。

 俺はひとり暮らししている。幸か不幸か、家賃がバカ高い都内に住まなくても通えるところに大学があるので、そこは親に負担をかけずに済んで良かったと思っている。

 部屋は2Kというのか。2部屋あって、バストイレが別。家賃はそこそこだけど、学生の身分でいいところに住まわせてもらっている。直接は言えないけど親には感謝している。

 そして、この部屋に女の子を入れる日が来るとは思ってもみなかったわけだが……。

「ここが圭太さんの『家』ってところですかぁ」

「なんか言いたいことでもあるのか?」

「いいえ、家ってものが私たちの世界にはないので珍しくて」

「……普段、どうやって生活してるわけ?」

「この世界は実体があって当然って世界ですけど、私たちの世界は実体というか体ってものがないんですよね。こう意識だけがある世界というか」

「なるほど。そりゃ便利な世界だな。見た目とか気にしなくていいし、家は必要ないし、俺にはパラダイスみたいな世界だ」

「でも、実体があるのも悪くないですよ。私はもう実体化5回目ですから」

 あれ? おかしくないか?

「なんで5回も実体化してるんだ? 願い事失敗すると消えるんだろ?」

「はい、消えます。でも何というか、ペナルティみたいなもんで、しばらくすると復活するんですよね。で、復活するたびにチャンスを神様からいただくんですけど、失敗するんです」

「それ、もしかして落ちこぼれってヤツ?」

「そうですね……私は神様には『どうしてできない』ってよく言われます」

 身の上話されちまった。こんなこと聞いたら同情しちゃうじゃないか。こんな美少女でもやっぱり何か欠点があるってことだな。神は二物を与えずってヤツか。

「仮に俺がこのまま7日後……あ、もう残り6日くらいか。で、願い事を3つ言えないとまた失敗して神様にペナルティもらうわけか」

「そういうことになりますね。だから、圭太さん助けてください。私を天使にすると思って必死に考えてください!」

 そう言われてもなぁ。思いつかないものは思いつかないし……まぁ、まだ時間はあるか。

 気分転換にシャワーでも浴びてくるか。

「じゃ、俺ちょっとシャワー浴びてくるから」

「はい、わかりました」

「って、だからどうしてついてくる」

「だから圭太さんの行くところにはくっついて行くしかないんです」

「あのなぁ、シャワー浴びるには裸にならないといけないわけ。お前の前で裸になるわけにいかないわけ。わかる?」

「私は別に圭太さんが裸になっても構わないんですけど」

「お前が良くても、俺がダメ! だからまたドアの前で突っ立っててくれ」

「しょうがないですねぇ」

 トイレで薄々感じていたけど、やっぱり風呂でもこうなったか……この後となると……。

 なんて頭を悩ませながらシャワーを浴びる。

 体はさっぱりしたけど、頭の中は少しもスッキリしない。

 替えの服を着て風呂を出る。

「突っ立ってるのはいいんですけど……その……圭太さんに逃げられそうで不安になります」

「風呂からもトイレからも俺みたいな野郎が逃げる出口はないわ!」

「言われてみればそうですね。取り越し苦労でした」

 とニパーっとまた笑顔を浮かべる。

 ……この笑顔ヤバいな……いかん、ここで流されちゃいかん。


「メイはメシ食わないんだよな」

「はい、飲食物は必要ないです」

 そろそろメシ時って頃に改めて確認。じゃ、俺のことだけ考えればいいんだな。ってことで、熟考の結果ピザのクーポンを発見。安上がりになりそうだったので、ピザを頼んでビールのお供にして晩飯を済ました。

 そのあと、いつものようにラジオを点けて読書なんかを始めてみる。

 メイはというと、ニコニコしながら何も言わず突っ立っているというか、ふよふよ飛んでいるだけ。

「あのさぁ」

「なんですか?」

「何かやることというか、そういうのってないの?」

「ないですねー。私は圭太さんに願い事を言ってもらう以外にやらなきゃいけないことはないですからー」

「なんというか……その……メイがそこにいると落ち着いて本も読めないんだよね」

「それはごめんなさい。でも、やることはないし、だからって圭太さんから離れるわけにも行かなくて」

「そうなんだよな……まいったなぁ……2人でやることなんかないかなぁ……」

 なんで俺が押しかけてきたメイに気を遣わないといけないんだ。つくづくお人好しな自分の性格がイヤになる。

「そうしたら、コレでも見るか」

 大ヒットしたアニメ映画のブルーレイ。2時間はとりあえず時間を持たせられる。あとは早いけど寝てしまおう。

「はい、わかりました」

「ちなみに、そこにソファーがあるんだけど、お前座れないの? 立ちっぱなしというか浮きっぱなしだと落ち着かないんだけど」

「座るですかぁ……よいしょ……こんな感じですか?」

 座れるんじゃないか。自分からどうして疲れる格好をするんだ?

「うん、それでいい。じゃ、再生するぞ」

 2時間。もう4回くらい見ているから内容は全部頭に入ってるんだけど、まぁとりあえず良い映画だから良しとしよう。

 メイはというと……かぶりつきで見ている。こいつ、アニメ好きなのか?

 エンドロールまで再生して終了。

「お前、かぶりつきで見てたけど、そんなに面白かったか?」

「はい、こういうのを見るのは初めてなので楽しかったですよ?」

「5回実体化しているのに、映画は初めてなのか」

「5回ともこんなに長いことかからなかったですから。言うは言ってくれたんですけど、神様に申請したら却下されちゃって」

「で、どうなったの?」

「お願いごとした人の記憶はなかったことにされて、私は消されちゃいました」

「なるほど。神様却下っていうのもあるのか」

「あるんです。でも、圭太さんの場合は神様に申請する以前にダメなので私がこうやってくっついているわけです」

 ダメで悪かったな。

「ちょっと早いけどそろそろ寝るか」

「はい、どうぞおやすみなさい」

「はい、ってお前どうすんだよ」

「私は寝る必要ないんですよ。だからこの後1人でずーっとこんな感じで静かにしてます」

 マジか。メイは良くても俺が落ち着かないじゃないか。

「えーっと、それ何とかしよう。お前が良くても俺が落ち着かなくて寝れない」

「どうすればいいですか?」

 どうするか……。寝る必要はなくても女の子だしな……仕方ないか……。

「このベッド貸してやるから、ここで寝たフリでいいから横になっていてくれ」

「わかりました……けど、圭太さんは?」

「ソファーで横になるよ。慣れてるから大丈夫だ」

 メイは素直にベッドへ行って、横になって寝たフリをしてくれる。

「じゃあ、寝る。おやすみ」

「おやすみなさい」


 とんだ1日だったけど、これが始まりなんだよな……まいったなぁ……願い事早く考えないといけないなぁ……うーん……何がいいんだろう……。

 などと考えているうちに寝落ちた。

 そして、日曜の朝が来る。

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