忘却言語

 リチャード・ベックマン (著)

 嵯峨雄一(訳)  

(ミュンヒハウゼン文庫)



 旧約聖書によると、かって人類が使用としていた言語は一種類だったが、天上へ届くほど高いバベルの塔を建設したことから神の怒りに触れ、塔と共に言葉をバラバラにされてしまったと伝わっています。(創世記)


 キリスト教徒にとっては有名な逸話ですが、敬虔な信者であっても、この話を百パーセント史実だと考えている人は少ないでしょう。

 それでも教典を重んじる「原理主義者」にとっては紛れもない真実であり、彼らの中には科学的な方法でその正しさを証明しようと取り組むグループが存在します。彼ら「科学班」はバベルの塔と共に失われてしまった「統一言語」の実証に取り組みました。


 失われた統一言語ですが、元来、神に与えられたものならば、真っ白な状態の人間の脳には初期設定として宿っているのでは?

 そう考えた言語学者たちは、思いつく限りの「真っ白な状態」の脳を持つ人間を捜し求めました。

 生まれたときから狼に育てられた少年、余命幾ばくもない痴呆老人、交通事故で失語症に陥った少年……

 本書は1950年から2015年にかけて行われた、それらの調査の概要です。


 残念ながら半世紀以上の時を費やした結果、「現時点では統一言語の存在は確認できなかった」という経過報告と共に、調査は終了されました。


 例えば野生の獣に育てられていた少年の中には独自の言語を使用する事例が何件か見受けられましたが、それぞれの事例で使用された言葉に著しい共通項は発見できませんでした。むしろ「人類の言語野の働きは多種多様であり、同じ環境でも生成する言語は異なる」という、統一言語の存在とは正反対の観察結果が導き出されてしまったのです。


 それでも、彼らの調査は無意味ではありませんでした。これらのレポートは現在、言語学に携わる学生にとって必読の教材とされています。

 たとえ目指した方向が間違いであったとしても、絶え間ない探求は後世に何らかの影響を残すという好例と言えるでしょう。

  


  

  (このレビューはすべて妄想に基づいたものです)

 

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