都市伝説殺しと魔術師級ハッカー

くま猫

第1話『怪異――カシマレイコ』

 ヒトならざる存在が蠢く、丑三つ時。一人の少年と、一機のドローンが闇夜を駆ける。


かーちん烏丸銀星虚構怪異反応の位置を特定したなの。――このまま200メートルを道なりに走るなの》


 空中に浮遊したドローンから少女の声が聞こえてくる。ドローン越しのカメラを操っている少女の名前は、開現寺虚子かいげんじきょうこ。銀髪、金眼の引きこもりの少女。


 身体機能が致命的に弱く、車椅子無しでは外に出られないほど衰弱している。二つ名は、非実在少女ミーム


 16歳にして世界有数の大学であるミスカトニック大学を首席で卒業した天才である。真っ暗な部屋の中で、少女の目の前には、3つのキーボードと、12のディスプレイが煌々と光っている。


ミーム虚子。今日の怪異は、どんな由来のある怪異なのか教えてくれ」


 このドローン相手に、話しかけている屈強そうな少年は、烏丸銀星からすまぎんせい。黒髪碧眼へきがんの少年。


 特技は人ならざる存在を認識できること。趣味は筋トレ。そして――極端に存在が希薄な男。怪異退治は彼のライフワークである。


「小中学校で流行っている噂が実態化した怪異なの。その名前はカシマレイコ。この怪異は年齢性別問わず無差別に人を襲う――。現時点で被害者は100人を超えるなの。……いち早く処置デリートが必要な純粋な害悪なの」


「――人の命を奪う事によって自分自身の都市伝説を補強して、存在力を確固としたのにしているということか」


「そうなの。これ以上、この虚構存在都市伝説の存在力が強くなったら――虚構怪談から現実実話孵化シフトしちゃうなの!」


 人間には、怪異の存在は特定の場所、条件、波長があわない限りは認識することができない。――ただし、この少年は烏丸銀星は怪異であれば、微弱なものであれ見逃すことはない。怪異を認知する事ができる呪いのような能力が彼の能力だ。


「おっ……これは、凄い存在力だな。このクラスの怪異なら、俺じゃなくても視認できそうなレベルだ。相当、成長しているぞ」


 血で染まった真っ赤なドレスを身にまとった女。手には、血が滴った人間の体を両断できるような異形のハサミを構えている。


「ギギギギギ……ギリィ」


 都市伝説カシマレイコの餌食になった、この怪異に殺された人間の特徴は、足や、腕などの体の一部が欠損した状態で殺害されているところにある。


「ミーム。現場には体の一部が欠損した怪異による被害者が多数。こいつを倒すプランはあるか?」


《――あるの。まずはこれから、私が言う言葉を文字通りに繰り返すなの》


了解ガッチャ


 ドローン越しに、少女が唱える呪文のような言葉が聞こえる。その言葉をなぞるように、銀星は呪文の詠唱を行う。


「カは仮面の仮……シは死人の死……マは悪魔の魔」


 都市伝説系の怪異は、善悪問わず不特定多数の人間を無差別に殺戮する基本的に理不尽な存在が多い。


 ただし、そのあまりにも理不尽な存在であるため、現実感がなくなってしまう。故に、自身をこの世界にとどめるために制約をつける。


 具体的にはなんらかの弱点が設定されている事が多い。さきほどの、銀星の唱えた一連の呪文もそのたぐいである。都市伝説の噂では呪文を唱えることで、カシマレイコを弱らせることができると言われている。


「――繧ォ繧キ繝槭Ξ繧、ウ?ッ!」


 苦悶の声をあげながら、憎悪と怨嗟の表情を浮かべ、カシマレイコは敵対する存在と認識した銀星を睨みつける。カシマレイコは人間の胴体を横から両断できそうな馬鹿でかいハサミを何度も開閉し、銀星を威嚇する。


「ミーム。あの怪異を倒すのに最適な武器を虚構顕現メタファライズしてくれっ!」


《了解なの。こいつの武器はハサミ。じゃんけんの概念に変換すればチョキに近い相手なの。だからじゃんけんのグーの概念に近い武器、かーちんの特異とする武器、超重量鉛バットを転送するの》


 少女がキーボードを高速で叩き終えると、銀星の右手に鉛製の鉄バットが顕現する。これが、彼女の能力、拡超現実虚構顕現


「っ——! この鉄バット……いつものことながら、重いな……」


「かーちんが扱いやすいように、形状は鉄バットを模してるけど、50㎏くらいの超重量なの。中まで鉛ぎっしりつまってるなの」


「トッポみたいな言い方するなよっ……っと!」


 突っ込みを言い切る前に大振りにバットを振り抜く。


 ――ガギィン!


 じゃんけんのグーバットと、チョキハサミのぶつかり合い。超重量の鉄と鉄が激しくぶつかりあい、闇夜に鮮やかに火花が散る。


 カシマレイコは、50kgの超重量の鉛バットの衝撃を受け、一瞬の筋肉の強張りが生じる。その一瞬の筋肉の硬直を銀星は見逃さない。


「ぬうらぁっ!!」


 銀星は一本足打法で、大きく横薙ぎに振り抜く。両手首に骨を砕き、臓腑を破壊した確かな感触を感じる。


 ――まるで土嚢をバットで叩きつけるような感触。人間であれば、確実に肋骨を粉砕させた上で、内臓を破裂で即死させられるだけの衝撃インパクト


 態勢が崩れたのを見て、こんどは左から振りぬく。あとは……めった打ちである。まるで、サンドバックを――否。


 吊るされた牛の肉の塊をバットで打ち続けるような鈍い音が闇夜にこだまする。まるでマシンのように機械的な往復作業。凄惨なる肉叩にくたたき。


 カシマレイコは膝をおり、無防備になったそのカシマレイコの顔面が、鉛バットのストライクゾーンに入る。


「――っちぇすとおおおおおおおおっ!!!」

 

 銀星の超重量の鉛バットがカシマレイコの頭頂部に直撃、頭蓋骨と脳漿と肉と血がが混じった汚物を中空にぶちまける。


 体の一部が欠損――頭部のない死骸の姿は、皮肉なことにも、カシマレイコの被害者と酷似していた。因果応報である。


《――虚構存在都市伝説カシマレイコの存在消失を確認。かーちん、お仕事お疲れ様なの。帰ってきたら》


「サンキューミーム。お前のこの鉛バットのおかげだ」


 夥しい量の返り血と肉片を受け、都市伝説の怪異のような姿になった銀星は、誰に語るとでもなく一人つぶやく。


「こいつも……ハズレか」


 これは――魂を半分失った少年と、肉体を半分失った少女の青春怪異譚。

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