「好きすぎるから彼女以上の、妹として愛してください。」カクヨム短編

著者:滝沢慧 イラスト:平つくね/ファンタジア文庫

【「非オタの彼女が俺の持ってるエロゲに興味津々なんだが…… コラボ小説】非オタの彼女と好きすぎる妹

——毎月末金曜日はエロゲの日。

 今月もまた、数多のメーカーが自慢の新作を世に出したり出さなかったりするその日、非オタの彼女こと水崎萌香みさきほのかは、秋葉原の街を訪れていた。

(……そういえば、一人でアキバに来るのは、ずいぶん久しぶりね)

 いつもは彼氏の一真かずまと一緒に来るのだけれど、生憎と、一真は今日、用事があって夜まで手が空かない。せっかく予約しておいたエロゲを引き取りにいく暇もないと、昨夜はひどく残念がっていた。

 ——なので。今日は萌香が代わりに、エロゲを受け取ってくるべくアキバにやってきたのだった。一真には内緒にしておいて、彼が帰ってきたら渡してあげようというちょっとしたサプライズである。

 これもまた彼女……否、未来のお嫁さんの務め。きっと一真はとても喜んでくれるに違いない——。


『ありがとう、萌香! やっぱり萌香は最高の彼女……いや、お嫁さんだよ!! もう萌香のいない生活なんて考えられない! 今すぐ結婚して一緒に暮らそう!!』


(——ふふふ)

 にへら、とだらしなく頬を緩ませながら、萌香は意気揚々とお店に向かう。


 ——が。数歩も歩かないうちに、背後から声をかけられた。


「——あのー! すいませーん! 落とし物しちゃってますよー! キーホルダー!」

「え?」

 ぽんぽん、と肩を叩かれ、足を止める。

 振り返ってみると、そこにいたのは高校生くらいの女の子だった。

 外見の印象は、いわゆる『ギャル』。人懐っこそうな笑顔と、くどくない程度に施されたメイクが全体的に華やかな印象を与える。

 彼女が片手に持っているのは、萌香がカバンにつけていたストラップ(某エロゲの特典。一真とお揃いである)。慌ててカバンを見てみると、チェーンが切れて、つけていたはずのキーホルダーが消えてなくなっていた。

「ありがとうございます、拾ってくれて……」

「いーえ! 情けは人のためならず、ですからー。はい、どうぞ」

 萌香にキーホルダーを手渡し、女の子はニコッと笑う。そのまま、軽い足取りで駅のほうへと歩いて行った。

(今は、女子高生も秋葉原に来るのね……)

 あまりそうは見えなかったけれど、あの子も『オタク』なのかしら、と思いながら、萌香はキーホルダーをカバンにしまう。

 ……にしても。

(気のせいかしら。あの子、どこかで会ったことがあるような……?)


 ——その答えは、数日後に早くも明かされることになる。


「「あ」」

 夕食の買い出しにやってきた、(一真の家の)近所のスーパー。萌香はそこで、意外な再会を果たす。

「あなたは、この前の……?」

「あー! アキバのキーホルダーの人! そっかー。なーんか見覚えあるなーと思ってたら、『彼女さん』だったんですね」

「……『彼女さん』?」

「え? 彼女さんですよね? 小田桐おだぎりさんの。あれ、もしかして人違いしちゃいました?」

「違わないわ大丈夫。一真くんの彼女は私だから。そう、私は一真くんの彼女」

「え、なんで二回言ったんです……?」

「大事なことだから」

 話を聞けば、彼女もまたこの近所に住んでいるらしい。一真とは朝のゴミ出しなどでたまに顔を合わせることがあり、ちょっとした顔見知りなのだそう。萌香と一真が二人で歩いているところも見てて、それで萌香の顔も知っていたということだった。

「……へえ、水崎さんっていうんですね。あたし、片瀬初葉かたせはつはです」

「片瀬さん。……片瀬さんも、夕飯の買い物?」

「そんな感じです。うち両親が忙しいんで、家のこととかはあたしができるだけ代わりに、っていうか」

 互いに自己紹介を済ませ、そのままなんとなく、一緒に買い物をする流れになる。

 最初の印象を裏切らず、初葉は社交的だった。ほとんど初対面の萌香を相手にしても、気さくに会話を振ってきてくれる。こういう親しみやすさは、瑠璃に似ているかもしれないとふと思った。

「そーゆー水崎さんは、今夜も彼氏さんとご飯ですか? いーなー。いっつも仲良さそうで」

「そ、そう見えるのかしら……?」

「えー、とーぜんじゃないですかー! もー超アチアチって感じで。カップルっていうより、新婚ほやほやの夫婦みたいに見えますよ。いつ見ても幸せそーで、羨ましいです」

「新婚……い、いやだわ。そんなつもり、全然ないのだけど……」

 とか言いつつ、頬の緩みが止まらない萌香であった。

 新婚夫婦。なるほど、自分達は周りからそんな風に見えているのか。ということは、これはもう、実質結婚したと言ってもいいのでは?

(そうだわ。今日はお祝いにご馳走を作らなきゃ! だって結婚したのだもの! 結婚記念日だもの!)

 うふふ、えへへと相好を崩しながら、萌香は目についた食材をボコスカとカゴに突っ込んでいく。横で見ていた初葉がぎょっとした顔をしていたが気にしない。何しろ今日は結婚記念日なので。

「え……? それ、全部二人で食べるんですか……?」

「ええ。一真くんは好き嫌いがなくて、何を作ってもすごく喜んで食べてくれるから。私も、料理をするのが楽しいの」

「へえ、そうなんですね。……あの、ちょっと聞きたいんですけど。彼氏持ちの水崎さん的に、男の人が喜んでくれる鉄板料理……みたいのあったりします?」

「鉄板料理……」

 急といえば急な質問。

 だが、それを尋ねる初葉がちょっと頬を赤くしているのがわかって、萌香は『なるほど』と頷く。

(そう。片瀬さんにも、好きな人がいるのね)

 ふと、自分達の高校時代を思い出した。一真にお弁当を作ってあげたあの日。料理下手なエロゲヒロインを真似て、白米まで真っ黒に焦がした特製のお弁当を見て、一真は涙を流して喜んでくれた。

 あのときの嬉しい気持ちは、今も忘れていない。であれば、初葉にも同じ感動を体験させてあげたいと思った。

「そうね、やっぱり、お肉系かしら……?」

 おいしいお肉は萌香も大好きだ。ステーキに豚カツにチキン南蛮に……想像しただけでお腹が空いてきてしまう。一真もいつも、料理を頬張る自分を優しい目で見守ってくれて……あれ?

「水崎さん?」

「な、なんでもないわ! そうね! やっぱりお肉料理はいいと思うの! ボリュームもあるし! 片瀬さんの彼氏さんも満足してくれると思うわ!」

「彼……!?」

 瞬間、ボフッと、初葉の顔が赤くなった。『あら?』と、萌香は首を捻る。

「あ……ごめんなさい。男の子、っていうから、てっきりそうだと思って……」

「い、いえ! あたしも説明足んなかったですし! カレシとか、そんなんじゃなくて! 料理作ってあげたい相手はお兄ちゃんだから……!」

「え……!? 片瀬さんは、お兄さんのことが好きなの?」

「ちちちち、違っ! いや違わないんですけどっ!! お兄ちゃんって言ってもホントのお兄ちゃんじゃなくて! えっと……話すとすっごい長いんですけど……」

 わたわた、と初葉は目を白黒させている。どう説明していいか、自分でも言葉に迷っているようだ。

(『ホントのお兄ちゃんじゃない』……何か、複雑な事情があるのね)

 きっと両親の再婚で義理の兄ができたとか、実は血が繋がっていなかったことが発覚したとか、そういう話なのだろう。エロゲではよくあることだ。

「わかったわ。大丈夫、無理に聞いたりはしないから。よくあることだもの」

「え!? よくある……え? あります?」

「ええ。でも大丈夫。世の中には、本当に血が繋がっていても、お兄ちゃんと結ばれた妹もたくさんいるから。なんの問題もないわ」

「たくさん!? え!? いるんですか!? いいんですか!?」

「もちろん倫理的な問題が全くないとは思わないけれど。大切なのは、お互いを思い合う気持ちよ」

 ただしエロゲに限る。

「もしかしたらすれ違ってしまうこともあるかもしれないけど、怖がっちゃだめ。自分からぶつかっていかなければ、いつまで経っても距離は縮まらないから。私と一真くんもそうだったもの」

「は、はあ……。ありがとうございます……?」

 首を捻りながら、初葉が萌香の顔を見返す。萌香も首を捻った。なんだかいまいち元気づけられていない気がしたが、何か言い方を間違えただろうか?

「もし良かったら、そのお兄さんの好きなものを教えてもらえたら、もっと具体的にアドバイスができると思うの。もう少し、お手伝いさせてもらえないかしら」

「え? いえでも、そこまでしてもらうのは……悪いですし」

「いいの。遠慮しないで。今日は結婚記念日だから」

「え? 結婚……え?」

 半ば押し切る格好で、萌香は初葉の食材選びに付き合うことになった。

 最初こそ、初葉も遠慮がちだったが……いざ話が『お兄ちゃん』のことになったら、彼女は話し出したっきり止まらなくなった。

「それでこないだもお兄ちゃんってば、休み時間にスマホ弄ってたんですけど。なんかすごい難しいステージ? っていうかなんかそういう感じの? だったみたいで。ずーっと手止めて考え込んでて」

「そうなの。……ところで、さっきからずっと学校での話をしているけれど、片瀬さんと『お兄さん』は同級生なの?」

「ほら? お兄ちゃんって、ゲームしてるときとか全部顔に出るから、焦ってたりするとすぐわかっちゃうんですよねー。だからあたしも見ててハラハラしちゃって。でも、最後うまくいったみたいで、ガッツポーズして喜んでて。そういう一生懸命な感じ、なんか『いーな』って思いません? あたしのことでもこんな風に必死になってくれたらいいなーっていうか。でもそんなんされたら絶対好きになっちゃうしー、いや今でも好きなんですけどー!」

 初葉はひたすら楽しそうだった。時折萌香が質問を差し挟んでもノーリアクションで、『お兄ちゃんがー』と一人で延々話し続けている。

「……片瀬さんは、本当に『お兄ちゃん』が好きなのね」

「はい!! だってお兄ちゃんですから!!」

 にーっこりと、満面の笑みで初葉が言う。

 心底幸せそうなその顔を見ながら、萌香は、さっきから気になっていたことを尋ねる。

「でも、そんなに好きなら、直接声をかけてみればいいのに」

「ふぐっ!?」

 瞬間、初葉はがっくりとその場に崩れ落ちた。

「え、えー……なんであたしがお兄ちゃんに話しかけられないのバレてるんですかー……」

「だって、さっきから片瀬さん、お兄ちゃんのことを見ているだけで、一緒に何かをしたとか、そういう話をしないから」

 とはいえ、それだけで『もしかして』と思ったのは、萌香自身に覚えがあったからだ。

 いつもいつも見つめて、気にかけて。だけど、何を話していいかわからないから、声はかけられない。そんな時期が、自分にもあった。

「いやぁ……全く話しないわけじゃないですよ? 確かにガッコではほとんど絡めてないけど、『レンタル』してるときだったら全然——」

「『レンタル』?」

「わあああ!? 違います違います!! えっと、バイト! お兄ちゃん、レンタルビデオのお店でバイトしてて!! バイト先では、普通に話せるんですけど!!」

「でも、本当は学校でも仲良くしたいのね?」

「う……。ええと、まあ……教室だと、『お兄ちゃん』って呼べないし……」

 なるほど。二人が兄妹であることは、学校では秘密らしい。そのせいもあって、距離感が掴めないということなのかもしれない。

「や、あたしも頑張ってはいるんですよ? でもなんか、いざ目が合うと恥ずかしいっていうか……ついウザ絡みをしてしまうというか……」

 つんつんと指を突き合わせながら、初葉がしょんぼりと肩を落とす。

「さっきも言ったけれど。自分から行動してみないと、距離は縮まらないと思うの。恥ずかしくなってしまう気持ちは、よくわかるけれど……バイト先では普通に接することができるならなおさら、どちらが片瀬さんの本心なのか、お兄さんに伝えておいたほうがいいんじゃないかしら」

「それは……あたしもわかってるんですけど。……ほら? 妹がお兄ちゃん好きなのは、普通じゃないですか?」

「それは……そうね」

「でも、ガッコでは、あたしとお兄ちゃん、兄妹じゃないから……ってか、元々はそれが普通だったから。ただのクラスメイトなのに、そんな、妹みたいにベタベタとかしたら、それもう、告ってるも同然じゃないですか!? それでもしフラれたらもう立ち直れないし!?」

 頭を抱えて、初葉は苦悶の表情。追い詰められっぷりがこれでもかと伝わってくる。

 しかし萌香は容赦しなかった。

「でも、それでもやっぱり、告白しないと何も始まらないと思うの」

「正論!!!!」

「大丈夫よ。そのためにお弁当を作るのでしょう? 男心を掴むにはまず胃袋から、とも言うもの。いきなり告白は確かにハードルが高いかもしれないけれど、少しずつ好感度を上げていけばいいわ」

「よ、よろしくお願いします……」

 半べその初葉を連れて、萌香は再び、食材を見繕い始めるのだった。


◆◆◆


 ——その翌日。


 片瀬初葉の『お兄ちゃん』こと真島圭太まじまけいたは、廊下の真ん中で固まっていた。


 その手にあるのは弁当箱。昼休みに入るなり、初葉がいきなり寄越してきたものだ。そこにはメモが添えられていて、広げるとこんなメッセージが。


『大好きなお兄ちゃんへ』


 いかにも女の子らしい、丸っこい書体で書かれた言葉。その『大好き』という部分に、圭太は目が釘付けになる。


(……いや。落ち着け、俺。本気にするな。真に受けるな。どうせまた冗談に決まってるんだ)


 確かに、圭太は訳あって初葉の『お兄ちゃん』をしている。

 しかし、それは親が再婚したとかそういうことではなく仮の関係、いわば『兄妹契約』的なものだ。

 圭太が初葉の『お兄ちゃん』になるのは放課後の短い時間、極めて限定的な条件下においての話。それ以外では、圭太と初葉の関係はあくまでもクラスメイト、つまり他人である。

 そして『クラスメイト』の片瀬初葉は、日頃から圭太のことをやたらに弄り回してくる女子だった。無駄に意味ありげな態度で接してきては、ドギマギする圭太を見てケラケラと笑う、そういうやつ。

 だから、これもきっと『罠』なのだろう。真に受けたが最後、「本気にしちゃうとかマジウケるんですけどーwww」と盛大に弄り倒されて終わるに違いない。

(残念だったな片瀬!! 俺だって学習するんだよ!! もうお前の思い通りにはならないからな!!)

 もう絶対に何を言われてもドキドキするもんかと心に決めながら、圭太は教室へと戻る。


 ドアを開け、中に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、友達と楽しそうにおしゃべりする初葉の姿だった。


 ……いや違う。これはたまたまであって、別に意識しているとかそういうことではない。

 わざとらしく視線を逸らしつつ、圭太は初葉の視界に入らないよう、こそこそと自分の席へ。


 ——向かおうとしたところで、むんず、と両肩を掴まれた。


「ちょーっと待ってもらおうか、真島くん」

「俺たちはお前に大事なお話があるんだよ」

 そう言ってきたのは、普段からつるんでいるオタ友二人組。それぞれに圭太の肩に手を置いて、友人たちはずいっと顔を近づけてくる。

 二人の表情には覚えがあった。あれは少し前の限定ピックアップガチャの時。圭太が一人だけSSRを引き当てた、あの瞬間と同じ顔をしている。

「な、なんだよいきなり……」

「しらばっくれんじゃないよ! 俺らはなぁ、見てたんだよ!」

「お前が片瀬さんにお弁当もらっちゃってるところをなぁ!!」

 ピタリ、と圭太は動きを止める。多分心臓も止まっていた。

 二人の声は周りのクラスメイトにも聞こえていたらしい。「え?」「お弁当?」「手作り?」「それって……」などと、誰も彼もが昼食そっちのけでざわざわし始める。

 思わず、圭太は初葉のほうを見た。

 初葉もまた、圭太の顔をじっと見つめる。……心なしか、恥ずかしがるような顔で。

 クラスメイトが注視する中、二人の視線が数秒交わり——。

「——え? あっれー? 見られちゃってた? やだ、はっずー☆ てか、みんな見過ぎー。そんなんじゃないからー、マジで!」

 次の瞬間、てへっ、と初葉が片目を瞑った。

「違う違う、あれはあたしが持ってきたんじゃなくてー。真島の『妹』だって子から、渡しといてって預かってただけ」

「……は?」

 いつも通りのチャラけた笑顔で、初葉はとんだデタラメを言い出した。


 だって、圭太には妹なんかいないのに。

 あの弁当を圭太に持ってきた『妹』は、ほかの誰でもない、初葉自身なのに……。


「あ。あたしも見た。『お兄ちゃん大好きー』とかってメモ挟まってたよね」

「なんだよ紛らわしいぞ真島ぁ!! つーかお前、妹いないんじゃなかったのかよ!!」

「お弁当作ってくれる可愛い妹がいるとか聞いてねーぞ!! 騙しやがってチクショウ!! 一口恵んでください!!」

「いや、あの……」

 初葉の笑顔はとても嘘をついているとは思えなくて——というか、実際、全くの『嘘』ではなくて。だからクラスメイトも、その言葉をあっさりと信じたようだった。『なーんだ』と、みんな興味をなくしたように、圭太達から視線を外す。

(誤魔化せた……のか?)

 そうか。きっと初葉も、これが目的だったのだ。変な誤解をされては困るから、それらしい作り話をでっちあげただけ。


 ……そう思ったのに。クラスのみんなが興味をなくしてしまっても、初葉の『作り話』は、なぜか終わらなかった。


「……なんか? その『妹』、『お兄ちゃん』のことよっぽど大好きみたいで? お兄ちゃんが喜んでくれるようにって、近所のお姉さんに料理教わって、すっごい頑張ったみたいなこと言ってたけど。真島はさ、『妹』にお弁当作ってもらってどう? 嬉しい?」

「は……!?」

 近づいてきた初葉が、ひょい、と圭太の顔を覗き込む。

「な、なんで、片瀬にそんなこと聞かれなきゃいけないんだよ」

「えー? だって気になるしー? ……その『妹』もさ。真島が喜んでくれたら、きっとすっごい嬉しいと思うよ?」

 だって、と。一度言葉を切って、初葉が大きく息を吸い込む。

 そして——。


「あたしも……『お兄ちゃん』のこと、大好きだから。お兄ちゃんが、喜んでくれたら、それだけで、幸せな気持ちになるもん」


 そう言った、初葉の顔は、『妹』だったのか、それとも『クラスメイト』だったのか。圭太には、結局わからなかった。


「わー、出た! 初葉の『お兄ちゃん』自慢」

「初葉ってばブラコンだもんねー」

「いーじゃん! あたしはお兄ちゃんが好きなのー。……だ、だからさ? 真島も、お弁当食べたらさ? おいしかったかどうか、『妹』に、ちゃんと言ってあげなよ?」

 友達に声をかけられて、初葉は再び、輪の中に戻っていく。

 突っ立っていても変に思われるので、圭太も自分の席に着いた。『寄越せ』『食わせろ』とうるさい友人らを追い払い、弁当箱を開ける。……ちょっとだけ、初葉の視線を気にしつつ。

(うっっっっっま)

 一口食べて、思わず声に出そうになった。

 母親がたまに渡してくる、冷凍食品詰め合わせパックとは明らかに違う。『手料理ってこんなにおいしいんだ』と、改めて思い知るような味わい。

 ……だから。『頑張って作った』という、その話は、きっと本当なのだろうと思った。少なくともこの弁当だけは、からかうためにとか、そんなんじゃなく、本当に圭太を喜ばせようと思ってくれたんだろうと。

 それがどういう意図なのかは……やっぱり、よくわからないけれど。

(……お礼、言わないとな)

 顔を上げれば、初葉は離れた位置で、自分の友達とおしゃべりを続けていた。

 そんなところに割って入ってはいけない。自分と彼女は、そんな間柄じゃないから。

 だけどこれを作ってくれたのは、クラスメイトの片瀬初葉さんではなく、自分の『妹』らしいので。お兄ちゃんたるもの、可愛い妹の厚意を無碍にするわけにはいかないので。

 だから。放課後になって、『妹』に会ったら、真っ先に伝えよう。『お弁当おいしかった』、『作ってくれてありがとう』と。


 初葉曰く——自分がそう言えば、『妹』は、とっても喜んでくれるそうだから。

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