11歳

さいてー

3人で交わっている。18歳ぐらいの男女だ。



 粘膜と唾液の音。


 ひとりは、銀髪の赤い目の女の子。


 ひとりは、赤髪の精悍な顔つきの男の子。


 最後のひとりの顔が、写った。



 目つきの悪い、黒髪の女の子。


 よく知った顔。シエルに、フリック。そして、私。


 3人が絡み合って、声が高まって高まって高まって高まってぐちょぐちょの一つになって。



 目が覚めた。



「……」



 高窓から朝日が差し込んでいる。今日も暑くなりそうだ。


 皆の小さな寝息が聞こえている、静かな朝。


 股間に手をやって「あ。そういえばもう、ないんだった」って思って。


 それから、



 上半身をガバっと起こした。息が荒かった。


 声は出さないけど。全力で顔を枕に押し付けて、『あああああ』って叫んだ。



 うおい。


 最低だ! 最低すぎる! いくらなんでも最低だ!


 よりにもよって、シエルとフリックだよ! 大事な友人なんだよ?!


 ないわー。ない。絶対に、ない! なんであんな夢みた!?



「ばか」



 枕に顔を押し付けたまま、もごもごと言った。



 とんとん、と軽い二段ベッドを登る足音がして、枕から顔を上げた。



「エカルテ、どうかしたの?」



 ひそひそ声でシエルが言う。



「うわっ。起こしちゃった?」



「ううん。なんか目さめてた。そしたら変な声聞こえたから。大丈夫?」



 心配そうにはしごに両手をかけたまま、オレの顔をシエルは見上げている。


 顔、まともにみれないよ。



「だ、大丈夫だよ。変な夢見ちゃっただけ」



「ならいいけど。どんな夢?」



「ひ、ひみつ!」



 内容は絶対に言えない。いくらシエルが優しいって言っても、これは軽蔑されてしまう。



「秘密なの? わたしも夢見てたんだよ」



 シエルがはしごを上りきって、オレのベッドに上がり込んでくる。


 狭いベッドだから、ひざとひざがくっついた。



「どんな、夢?」



「うーん。3人の夢」



 変な夢を見たせいだろうか。ほんのり頬を染めて目を伏せるシエルが妙に色っぽく見えた。


 そんなことを考えている自分にはっとして、唾液を一度大きく飲み込む。



「3人?」



「うん。エカルテと、フリック君と、わたしの夢。内容は、わたしも秘密」



 そう言って微笑むシエル。



 3人が出てきたのは、オレと一緒だ。


 まあ流石に内容は違うだろう。いくらなんでも、シエルがあんな卑猥な妄想するはずないし。


 シエルはまだ夢を見ているような、ぼんやりとした口調で言葉を継いだ。



「いつか、おとなになるんだよね。わたし達も」



「うん」



「楽しみだね」



「そう?」



「うん。あ。そうだ。皆が起きるまでいっしょのベッドで寝ていい?」



「どうしたの急に」



 どぎまぎして答える。さっきのさっきまで変な夢を見ていたせいだ。返事もなくシエルはさっさと横になってしまった。


 このベッドで二人で横になると、かなりくっつくことになる。



 仕方なし、オレも手をまっすぐぴんと脚にくっつけて、寝そべる。


 今朝の夢の残り香と体温が、布団の中にまだ残っている気がして、ばれちゃいそうで心臓がどきどきする。



「楽しみだね、大人になるの」



 シエルはもう一度、言った。


 おとなになったら、オレはどうなるんだろう。


 男に、戻れる日が来るのだろうか。



「どうなってるんだろうね、大人になったら」



「わたしはエカルテとずっと一緒に居るつもり」



 身じろぎせず、天井を見上げているから、シエルの表情は見えない。



「シエルだっていつかは恋人ができて、結婚とかもするんだし。ずっとは無理だよ」



「じゃあエカルテと結婚しようかな」



「いや……本気で言ってる? それ。オレは――」



 オレは女だよ。そう言おうとして、やめた。


 オレが男なら良いんだよね。男らしくなりたい。


 男に戻りたい。そうしたら、シエルとずっと一緒に居られる。



 でも、本当に、心から男に戻りたいの? 


 トラブルを起こさないために髪を伸ばした。スカートだって穿いた。可愛いって、言われて、嬉しかった。それも嘘じゃない。



 ちょうど、半分半分。


 男と女が半分半分、オレ/私の心を占拠している。



 最低な今日の夢。あれがオレの望みだとは思いたくなかった。


 フリックの事は好きだ。尊敬もしてる。でもそう言うんじゃないんだ。だってオレは男なんだから。



 じゃあ、シエルは? 


 シエルの事も好きだ。いつも一緒にいたいって思う。


 でもオレは体は女なんだ。


 シエルとフリックはどう思っているんだろう。


 好きって何?



 オレのこの好きって気持ちは、確かにあるのに、形をつかもうとすると霧散してしまう。



 おれたちもいつか大人になるときがくる。


 その時にもまだこうやって、友達として三人で笑いあいたい。


そう思うのは間違ってないよね?



 あーもう! わけ分からない。



「わたしは本気だよー?」



 くすくすとシエルの笑い声が聞こえる。冗談のようにも聞こえるし、本気のようにも聞こえた。


 それに、彼女がどんな表情をしているかも分からない。



 相変わらず、というか。


 余計にぐだぐだな心のまま。



 オレは今日、11歳になった。




……。



「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」



 いつになったら目的の樹に着くんだ。


 王都近郊にある『生き森』に、課題のための素材集めに来ていた。


 魔獣のたぐいも見られない、平和そのものの森だ。


 杖を自分で作る。それが課題だ。


 素材となるネッカーの樹を探しに来ているのだ。



 杖がなくても魔術は使えるのだけれど、より効率的かつ複雑な術式を扱うには杖のような触媒が必要となる。


 それ故に一流の魔術師ほど杖にはこだわる。


 高価な杖ともなれば、家を一軒買うほどにもなる、らしい。



 今回作るのは初歩中の初歩。


 魔力を吸いやすい樹木を、ただ杖の形に加工するだけ、なんだけれどね。


 とか言って、オレは今まで杖を使っていなかったので、杖の有無でどの程度魔術の効率が変わるかなんてよく知らないけれども。




「エカルテ! レーネ! 頑張って!」



先を行くシエルがオレを振り返って元気に手を振っている。



「エカルテさん! レーネさん! 頑張って!」



 その隣ではメリアが。



「君も相変わらずだねえ。エカルテ、レーネゆっくりでいいよ」



 さらにその隣にはフリックが苦笑いで。


 あれ。これなんか、デジャブ。



「ふざっけんなー! あんたらが体力バカなだけだー!」レーネと



「そ、そーだそーだ!」オレが



 威勢よく叫ぶも、余計に息切れしてしまっって、歩みを止めた。


 前回とは違うのは、今日は味方がいるということだ。


 多少は訓練もして、ましになったんだよ、これでも。



 要するに、身体能力に魔力を全振りしているフリックと、魔族と獣人であるシエルとメリアが、体力に優れすぎているだけだ。


 決してオレに体力ないとかではない!


 それに、2日前ぐらいから妙に微熱っぽい。風邪だとは思うのだけれど。


 息を整えて、前に進もうと顔を上げたその時。


 背後からいやあな叫び声が聞こえた。


 うわあ。振り返りたくない。



「エカルテ・シルフィード! 待て!」



「……」




「おい。エカルテ・シルフィード!」



「……」



「無視すんなよ!」



「……」



「無視すんなつってんだろ! 魔術ぶっぱなすぞこらあ!」



 前方の3人がさっきからずーっとジェスチャーでオレの後ろを指さしている。


 これ以上無視もできなさそう。


 もう。面倒だなあ。



「なに?」



 振り返る。やっぱりヴァロッテといつもの貴族3人組だ。


 いやな感じ。



「この時を待ってたんだ。いいか、ここは学校の外だ! 要するに察知もされないってことだ」



「……それで?」



「俺と勝負しろ、エカルテ・シルフィード。正々堂々と勝負だ!」



 そのめっちゃ高そうな杖を振りかざしといて、正々堂々、ねえ。


 オレは杖すら持っていないんだけれど。

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