日常ではいじめられっ子の魔法学生が、実は無敵の英雄王
アーサー
第1話 いじめられっ子、シリオの正体
――弱さとは、罪だ。
「では次、シリオ。前に出なさい」
「はい……」
教師の言葉に従って、俺は同級生の列から抜けて所定の場所へと歩いていく。その位置に立って前を見ると、数メートル先の直線上に大きな木偶人形が立っていた。
この修練場で行われているのは、攻撃魔法の小テスト。あの人形に魔法を当てて破壊出来たら合格だ。
「それじゃあ、すぐに始めなさい。制限時間は一分だ」
「…………はい」
俺が返事をした瞬間、すぐ側の空間に青い光の粒子が集まり、時計の文字盤を形成した。魔力でできた秒針のみのシンプルな時計は音も立てずに動き始め、律動的に時を刻む。
「すぅー……はぁー……」
俺は二、三度深呼吸をし、目を閉じながら精神を集中。体内の魔力を練り上げる。
キイィィィン、という鋭い耳鳴り。
俺の体が淡い青色に発光する。その青い光――魔力光は次第に大きくなっていき、オーラのように俺の全身を包み込む。ここまで魔力を練り上げれば、十分魔法を使用できる。
俺は右手を前方にある木偶へ伸ばし、魔法発動のトリガーを引く。
「『
その言葉を口にした途端、前方の木偶人形がボウッと炎に包まれた。炎を生み出す下級魔法、『
「…………」
俺や教師、そして後ろで見ている同級生たち全員の視線が、人形へと釘付けになる。メラメラと燃える魔法の炎が木偶人形を包み込み、あっという間に燃やし尽くす――
「ぐっ……!」
――かと思いきや、炎は消えた。
魔力が切れて、炎の維持が不可能になってしまったのだ。俺の体から魔力の青いオーラがなくなり、炎は人形を燃やす前に消える。そして人形は事前にかけられた再生魔法で、焦げ跡一つない綺麗な姿に。
瞬間、ドッ! と笑い声が上がった。
「おいおいマジか! ミスッてやがるぜ!」
「うわ、ウケるーー! え、なに? わざとやってんの?」
「いや、あいつは本気でアレだってw ガチで下級魔法も使えねぇのww」
「ギャハハハハハハハ! 腹痛ぇーーーーーーっ!」
まあ、そうなるよな……。皆そういう反応をするよな。
同級生たちの笑い声を、俺は一歩引いた心持ちで聞く。
この魔法学院の生徒の中で低級魔法もうまく使えないのは、きっと俺くらいのものだろう。今やっている小テストだって、本来は合格出来て当然のもの。あの人形を壊せない奴は、この学院生として終わっている。
教師の男――エスティウスですら笑い声に注意することなく、その厳めしい顔で淡々と言う。
「もういい……。早く戻りなさい」
「はい……」
短く返し、エスティウスに背中を向ける俺。生徒たちの列へ戻っていく。
「次は……ウィルス! 早く前に」
「はい」
その途中、次に呼ばれた男子生徒が列の中から現れて、俺の方へと歩いてくる。
「……(クスッ)」
すれ違いざま、クラスメイトのウィルスが微かな笑みを向けてきた。
「…………っ」
俺は彼と目を合わせないように下を向き、のそのそと列に戻っていく。
「おい、テメェ! こっち来んじゃねえよ!」
「ちょっと、近づかないでくれる? バカがうつるんですけどー?」
近くに並んだ生徒たちが、汚いものでも見るような目で俺を遠ざけようとする。俺の周囲から人が離れ、孤立した状態でその場に座る。
それと同時に、ウィルスの試験が始まった。
「それでは、行きます。『
ウィルが人形に魔法を放つ。さっき俺が使った下級魔法、『
「おい、マジかよ! あれって上級魔法だろ!?」
「ウィルスのヤツ、いつの間にマスターしたんだよ!?」
「すごいすごい! さすがウィルス!」
俺の時とはうって変わって、ウィルスを称賛する同級生。エスティウスも満足げに頷く。
「素晴らしい。今の魔法は三年生でも扱えるものは一握りだ。二年の段階で操れるのは、相当優秀と言っていいだろう」
「これくらい、大したことではありませんよ。案外簡単な魔法ですから」
そう言い、涼しい顔をしてクラスメイトの列へ戻るウィルス。
「おい、ウィルス。上級魔法が簡単って本気か……?」
「はい。皆さんも少し練習すれば、すぐ使えるようになりますよ?」
「いや、絶対無理よ……。さすが神童は次元が違うわ……」
「やめてくださいよ。そんなに大したものじゃありません」
愛嬌のある照れ笑いを浮かべ、ウィルスが恥ずかしそうに頭をかく。
「よし。小テストはこれで全員終わったな。皆、今日は帰って構わない。――ただし最低成績のシリオだけは、ここの片づけをしておくように」
そう言い、修練場から去るエスティウス。それに伴いクラスメイト達も「疲れた~」「早く帰りて~」とボヤき、外へ向かって歩いていく。
はぁ……。また俺だけ居残りか。まぁ、しょうがない。結果を出せていないのは事実だ――
「よーう、シリオ。お前、全然ダメだなぁ~」
「え……?」
振り向くと、二人の男が俺の方へと歩いて来ていた。馬鹿にするような笑みを浮かべた長身の男に、筋肉質な肉体をした不機嫌そうな強面の男。
「今日も成績最下位じゃん? それじゃ卒業できなくね?」
「お前、ホントキモイんだよ。その程度で魔法学院来てんじゃねぇよ」
二人は俺の目の前に寄り、圧をかけるように見下ろしてくる。
と、その時。
「こらこら、ジェイにレオル。ダメじゃないですか。お友達にそんなことを言っては」
二人の後ろからもう一人――ウィルスも姿を現した。彼はジェイとレオルの間に入り、俺の肩に優しく手を置く。
「今日の試験も残念でしたね。でも、もう少しだったと思いますよ?」
柔和な笑みを浮かべながら気遣うように言う彼に、俺は顔を逸らして弱弱しく謝る。
「ご、ごめん……。努力はしたんだけど……」
「謝る必要はないですよ。それに、しょうがない結果だと思います。だって君は、学内唯一の『Eランク』保持者なんですから」
Eランク――。
この『ヴィオラ魔法学院』には、生徒たちをその能力ごとに区別するランク制度が存在する。魔法学ついての知識や技術、そして戦闘魔法の実力など、様々な側面から魔法使いとしての資質をチェックし、A~Dまでのランクで分ける。ちなみにウィルスはAランク。他の二人はBランクだ。
しかし稀に、魔力を有しているだけで魔法使いとしての実力は皆無に近い者が存在する。簡単な魔法も満足に使えず、魔法学の成績も最低レベル。そんな究極の負け組に与えられるのが、Eランクと言うわけだ。
残念ながら、俺はそのEランクに属している。この学院で一番の弱者だ。
そして弱さとは、すなわち罪。相応の罰が待っているわけで――
「でも、あのままじゃ困りますよね? さすがに低級魔法も使えないのでは、ジェイの言う通り卒業できるかも怪しいです。これからは授業で戦闘訓練も始まりますし、もっと苦労することになりますよ?」
「う、うん……」
困ったように相槌を打つ。
「あ、そうだ! それじゃあ、僕が特訓に付き合ってあげます」
ニコッと口角を吊り上げるウィルス。
「これから毎日僕と戦う練習をすれば、きっとシリオ君も下級魔法くらい使えるようになるはずですよ? もうすぐ始まる戦闘系の授業でも、苦労はしなくなるはずです」
「えっ……。いや、いいよ。そんなことまでしなくても……」
後ずさり、俺はウィルスから離れようとする。
しかし彼はその気になって、逃げた分だけ踏み込んでくる。
「遠慮なんていりませんよ。だって僕たち――友達でしょう?」
「え……? わっ!」
ジェイとレオルがいつの間にか俺の左右に回り込み、逃げないように俺の腕を掴んだ。
「シリオ君が強くなれるように、たくさん協力してあげますね? それでは早速――攻撃に耐える訓練からです」
「ちょっ、待って! 待ってよウィルス!」
「いきますよ、シリオ君。『
ウィルスが魔法を唱えた途端、彼の体が青い魔力光に包まれる。使用した魔力量に応じて、肉体を強化する魔法。
そしてウィルスは躊躇うことなく、強化された拳で俺の腹を殴った。
「がふ……っ!?」
下腹部に彼の一撃がめり込み、体がくの字型に折れ曲がる。重い鈍痛。吹き飛びそうな衝撃を受け、胃液が口から飛び出してくる。
こうして彼らにいたぶられるのが――平たく言えばいじめられるのが――俺の弱さに対する罰だ。
口では訓練と言ってはいるが、このウィルスにそんなつもりは全くない。コイツは間違いなく俺をいたぶって楽しんでいる。いくら優しそうな笑顔を浮かべていても、その本性は力に溺れたただの不良だ。
「ぐうぅ……あぁ……」
「あれ? この程度でギブアップですか? そんなんじゃ強くなれませんよ?」
呻く俺に、ウィルスが満面の笑みを向ける。彼はまた拳を固く握った。
「も、もうやめて……。頼むから……」
「ダメですよ。ここで修行をやめたら、シリオ君のためになりません。シリオ君は、僕が立派な魔法使いにしてあげますから」
一体、これのどこが修行なんだ。完全にただのサンドバックだろ。
「それにこれは、僕自身の修業でもあります。シリウス様のような最強の『英雄』になるために、しっかり魔法の修行をしないと。友達なら、当然協力してくれますよね?」
「ぐうっ――!」
笑顔で言いつつ、強化された拳で繰り返し俺を殴るウィル。「いつまで『
「おい、ウィルスぅ~! そろそろ俺らにも変わってくれよ~!」
「お前だけズルイぞ。俺にもやらせろ」
「ああ、ゴメンゴメン。いま替わりますよ」
俺の腕を掴んでいた取り巻きの二人が声を上げる。そして彼らは交代で俺を殴りつける。
そして数分後、俺は修練場の床にだらしなく倒れ込んでいた。
「この程度で倒れるなんて、まだまだ修行が必要ですね。明日からは、もっと厳しくいきましょう」
突っ伏した俺を見下ろして、爽やかな笑顔でウィルスが言う。
「これからも仲良くしましょうね? Eランクのシリオ君」
倒れた俺にとどめの蹴り。俺の体が宙を舞い、廊下の端へと転がっていく。
「ふふふっ。やっぱりシリオ君とは遊びがいがありますね」
その様子に取り巻きの二人と爆笑しながら、彼らは出口へと歩いていく。
俺は床に寝そべったまま、歯を食いしばりながら彼らの背中をじっと見つめる。
そして彼らが外に出て、出入り口の扉が閉まった瞬間――
「……やれやれ。やっと出ていったか」
元の口調で呟いて、埃を払いつつ立ち上がった。
「まったく……。小物に合わせるのも疲れるな……」
弱いフリして程度の低いヤツに付き合うのは、毎度のことながら苦労する。目を瞑っていてもかわせる打撃をわざと受けないといけないし、わざわざ痛がる必要もある。あんな温い突き、いくら喰らっても本当は無意味なんだがな。
しかしあのウィルスという男、毎日よく飽きないものだ。他にやることはないのだろうか? 自分より弱いと思った相手を虐げるのが趣味なんて、哀れな人間性をしている。
と、そんなことを考えていた時。
『――もしもし、聞こえるかい!? シリオ君!』
直接脳内に声が響く。ひどく焦った様子の男性の声だ。
おそらく『
『ああ、聞こえている。どうしたんだ? ひどく慌てているみたいだが』
同じように、俺も心の中で言葉を紡ぐ。すると食い気味に相手が答えた。
『た、大変なんだ! また国の近くで、ま、魔獣が……!』
そうか。いつもの『緊急事態』か。
相変わらず、この人の連絡はいきなりだな。本当はこれから修練場の掃除をやらなきゃいけないんだが……。まぁ仕方ない。後で戻ればいいだろう。
『承知した。すぐに向かうから落ち着いてくれ。全部俺が片付ける』
『あ、ありがとう! 頼むぞ、シリオ――いや! 英雄シリウスよ!」
『ああ。任せてくれ、国王様』
そう言って、俺は『
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