中編

枚方入部から二ヶ月。あの後も新入部員はやって来て、枚方も含め合計六人の新入部員が集まった。そして、二年生四人、一年生六人のロボット競技チームが出来上がった。そして六月の半ばに入り、ロボット競技大会の参加チーム受付が開始された。その中で香句寺は才能と適性を考慮し、1号機、2号機と改めて選手を選抜した。


1号機はキャプテンとして涼生、エースとして知世。1年生は3人配属された。2号機は1年生主体ということで、キャプテンとして土屋という1年生、エースとして枚方、そして自律型担当として一ノ瀬という、枚方と同じ中学ロボコン出身の1年生、サポートとして遥平と夏輝が配属された。しかし、このチーム編成に納得がいかない人物が2人居た。ひとりは2号機の自律型担当の一ノ瀬、もうひとりは同じ1年生で1号機に配属されているものの、エースとして枚方が選抜されたことに不満を持つ市田という1年生だ。


「あいつがエースとか、無理やろ」


チーム発表の際、一ノ瀬は確かに香句寺にも聞こえるように言っていた。


―――――


今年のロボット競技全国大会は広島県で行われる。それ故に、競技内容も広島にちなんだものとなっており、『広島をめぐる旅』をモチーフに、リモコン型ロボットは『宮島エリア』、『三段峡エリア』、『広島城エリア』、『平和祈念エリア』の4つの競技コートにエリアが設けられている。


プログラムで動作する自律型ロボットのコートは『宮島ロープウェイ』をモチーフとしたコートになっており、自律型ロボットを走らせながら両端にある『お好み焼き』をできる限りひっくり返していく。そして最後は自律型ロボットがコートの折り返し地点で『折り鶴』に見立てた積み木(これも形状はなんでも良い)を持って帰り、リモコン型ロボットがスタート地点に戻ってその積み木を取り、平和祈念エリアのアイテム配置エリアに置いてくる…。


縦にのびるリモコン型コートとスタート地点から横に伸びる自律型コート…ほぼL字型に近いコート形状で競技が行われる。今までは自由にどの種目からやるか簡単に決めることが出来ていたものが、エリアが縦に伸びているのと広島城エリアと平和祈念エリアの間は空いており、自律型のスタート地点の真後ろにある『平和への架け橋』という橋をモチーフにした各チーム特製の橋を掛けて渡っていかなければならないために、かなり戦略を練らなくてはならなくなった。そして、平和祈念エリアに配置してある『鐘』(小さなベル)を鳴らすと競技が終了する。つまり、そこで制限時間が残っていてもゲームは終了、『パーフェクトゲーム』(全ての得点を獲得した)となったロボット同士が勝敗を競う際はこのタイムの早い方が勝利となる。今回のロボット競技大会は予選は『得点法』(得点の高さで順位をつける)、決勝は『タイムアタック』(得点の高さで順位をつけるが、同点の場合は鐘を鳴らしたのが早いチームが勝つ)のトーナメント方式になっている。そのため、予選は上位でも、決勝で強いチームと当たって得点を高くつけられた挙句に先に鐘を鳴らされるとそこで勝敗が決まってしまうのだ。


全国大会に進むためには、県大会の上位5チームに入らなければならない。そしてそれ以前に、2日間大会が行われるうちの1日目に行われる予選で上位10チームに入っておかなくてはならない。


香句寺とキャプテン、エースはどうやって点数を確保するかを吟味し、1号機のキャプテンである涼生とエースの知世は全てのリモコン型コートのエリアを周り、全てとはいかないものの、満遍なく点を取って早めに鐘を鳴らす作戦に、2号機のキャプテンである土屋とエースの枚方は、特定のエリアに特化した機構のみを搭載し、そのエリアの得点は全て獲得した上で早めに鐘を鳴らす作戦に出ることにした。


その作戦にもまた不満のある一ノ瀬と市田。市田は1号機の担当だろうと香句寺が言うも、必ず枚方のやることにケチをつけ、干渉していた。市田の意見は涼生と同じ作戦にしろ、というものだった。しかし、ただ文句を言う、それだけじゃ終わらなかったようだ。


―――――


八月の初め。機体も完成し、各々が操縦練習や機体整備に躍起になってきた頃。枚方がある時、「相談があります」と香句寺に相談をしてきた。その内容は、香句寺も全く気づかなかった、男子達からの嫌がらせの話だった。


「その…バッグの中にネジがたくさん入ってたり…何かの拍子に入ったかなって思って、ほら、机の上にあって地面に開けっ放しのバッグがあったら入るのかなって」


通学バッグは全員部室の作業台のうちのひとつにまとめて置いてある。しかし、枚方だけは机の上に乗せられず、地面に置いていたのは香句寺は知っていた。だが、その机の周りで作業は出来ないだろうし、香句寺は見たことがない。木くずや鉄くずでバッグが汚れるのを嫌う奴(知世)がいるから、1年生の中でも近くでものを切ったりしてはいけないという暗黙の了解が出来ていると涼生から聞いたこともある。


「あと、2号機のロボットの配線が…ラジペン(ラジオペンチ)で切られたみたいで…練習しすぎの消耗かな?と思ったけどそうでもなくて…それで土屋が何か吹き込まれたみたいで、私がわざと皆を困らせたくてやったって」


香句寺はそこで固まった。何を思ってロボットの配線を切るのだろう?枚方に嫌がらせもいけないが、鬱憤をロボットに当てるのはロボコニストとしても許されることではないが、桜工ロボット競技部のメンバーとして絶対に許されないことである。


「…主に誰に嫌がらせされてる?」


枚方は俯いて、「…1年生全員、私がエースなのが、嫌みたいで」と答えた。


―――――


枚方から相談を受けた日の夜、香句寺はまた校長室に居座り、机上に置かれた菓子類を頬張っていた。


「…枚方はどうかね」


香句寺の向かいに座っていた山嶺が問いかける。この部屋に来るということは、何かあったのだろうと山嶺は推測していたが、自身から聞いてみることにしたのだ。


「…私の時のこと覚えてます?」


香句寺はその問いかけを答えとした。山嶺は「…未だ女性が目立つ世界だからなあ」と香句寺を見た。香句寺もまた、機械科1年の担任であり、機械科の教員団の中でも紅一点である。さらに、彼女もまた、枚方と同じロボット競技部で女一人でロボットに青春を掛けていた。山嶺はそんな少女が活躍し、挫折する末を見ていたのだ。


「…人には相性がある。やってはいけないのは、初めから決めつけること、だというのはお前ならよく分かってるはずだ」


香句寺は菓子を飲み込んだ後、「私はあの時、どうしたら部活を辞めずに済んだと思います?」と聞いた。山嶺は「どちらにせよお前は見切りをつけて辞めていたさ。それがたまたまあの時だっただけだ」と答えた。


香句寺は高校二年の終わりに一度ロボット競技から離れていた。それから大学に進学し、学生ロボコンで本戦に二年連続で出場するなど成果を上げ、そして教員としてロボット競技に携わるようになった。離れた理由は、「女子だから」という理由で起こった嫌がらせ。それを教員からも受けるようになり、それから不登校気味になってしまったのだ。


その時も幾度か香句寺の家に訪問し、学校に来れるようケアをしていた山嶺も、あの環境では活躍できるものも出来ないと、ロボット競技の強豪チームがある大学に進学を進めた。工業高校からの大学進学はなかなか大変だが、それを香句寺は乗りこえた。それは、過去の自分の後悔や悔しさもあるのだろうが、一番は…。香句寺がこの学校に教員として赴任してきた時、香句寺がこれからしようとしていることをすぐに察することが出来た。それは、ただ『自分だけが』香句寺の過去を知っているからであった。


「…枚方も同じ道を」


香句寺が呟いた。「予想はできていたろうに」と山嶺が言う。「彼女はエースを辞めたいと言っていたか?」続けて山嶺が問いかけた。香句寺は今日の枚方との会話の終わりを思い出しながら言った。


「どんなことにも、負けないように、頑張ります」


山嶺は「お前がこの学校を出た時と同じことを言ってるじゃないか」と笑った。


―――――


八月の半ば。あれから枚方から幾度か報告を受けている中で、枚方は度々「負けません」と言っていた。エースとして選ばれた枚方の意地かプライドか。涼生や遥平達二年生はその心意気を買い、時々助けてくれていたようだった。次第に嫌がらせは減り、土屋も枚方を理解するようになった。1年生全員は、どうやらある噂をもって枚方を虐めていたようで、それがただの嘘だと判明してからは二人を除き、枚方を信頼するようになった。その二人こそ、ほらを吹いた張本人達である。


「枚方が彼氏を作っては捨て、この部活の男子も狙ってる、だって。1年すげえ自分に自信持ちすぎやしません?相当笑うんですけど」


涼生が香句寺に笑いながら話す。2年生は1年生にあまり干渉する気がないのか、枚方の嫌がらせも初めは気づかなかったらしい。出来れば来年もこのメンバーでやりたいのだから、上下関係も上手くやって欲しいのだが…。香句寺は一応「キャプテンよろしくね」と涼生に念押しした。しかしそれでも、地味な嫌がらせはあったようで、とうとう事件は起きた。


土曜日の朝、いつもは時間ギリギリに部活にやってくる枚方が、珍しく一番に部室に入った。そこで、枚方は2号機の機構の一部が外され、なくなっているのを見つけた。もちろん普通通り部活が出来る訳もなく、臨時部活会議に入った。まずは外された機構がどこに行ったのかを総出で探した。そして、機構は見つかったが、その機構自体バラバラになっており、使われた角材も曲がっていて使い物にもならない。もう一度作り直さなければならない…。


2号機のメンバーが落胆する中、次は何があったのかという議題に入った。こんなことをしたのは誰か?外部の人間か?それとも身内か…?香句寺はまさか身内にいるとは思いたくなかった。しかし外部にも、わざわざこんなことをしてくる人はいないし、この部活はそんなに喧嘩は買っていないはずだ。


「枚方の一人芝居だったりして、だってこれを見つけたのも枚方じゃん、相当うざいかまちょ?困らせたいだけ?」


市田は枚方に近づき、なんと枚方の髪を引っ張った。「痛い!」という枚方に、周りは驚き市田を止めようとした。その時真っ先に市田を殴ったのは、なんと一ノ瀬だった。


「…お前!」


市田は驚いた後に激昴し、一ノ瀬に掴みかかる。しかし、一ノ瀬は空手の元強選手でもある。市田は逆に胸ぐらを掴まれた。


「女に手出すのは違ぇやろ?それに、ロボット壊すのも違うと思うんやけど。流石にそれは調子乗っとるよ?」


市田は狂ったように「お前だって枚方が気に入らねえって言ってたよなあ!?別に良いじゃねえか!この部屋にいる地点で、こいつも女の皮を被った男と同じなんだよ!」


一ノ瀬は市田を地面に叩きつけた。市田は「うぐっ」と呻いた。一ノ瀬はしゃがみ込み、市田の首を絞めた。


「俺が気に入らなかったのは…律稀が周りに流されるのが見ててイライラするからなんだよ…お前はただ、エースになりたかっただけやろ…」


聞き慣れない名前に、周りはどよめいた。律稀…それは、枚方の下の名前。そして、一ノ瀬は話を続けた。


「律稀は中学二年の時、後輩に自分の競技ロボットを壊されて棄権した…それから、自分で行動しても無駄になるとか思っとんやろうけど、自分の意思を周りに伝えんくなったんよ…俺はあの時、ロボットを壊した後輩は直ぐに追い出した。…俺はエースだったから」


香句寺はその過去は知らなかった。ということは、元々才能はあり、トラウマから香句寺が見たあの大会の地点では、人のサポートに回っていたのか。


「それで、エースも頑張りますとか簡単に言って、こいつ本気なのかって思いよったよ、やけ、『無理やろ』ってチーム発表の時に言ったんよ…でも、今の律稀は違う。あれから…変わったと思う。やけ、お前は俺が協力してくれたと思っとるかもしれんけど、律稀の悪い噂を俺は流してもねぇし、バッグにネジとか要らんもん入れてるところも見た。…止めんかったのは、俺の中でも律稀に負けたって気持ちがあったから…なんだと思う…」


ここで全てが明らかになった。そして、2人がグルになってはいなかったことも、明らかになった。


「…2号機の配線は、誰が切った」


土屋が怒りのこもった声で問いかける。一ノ瀬は「…は?」と驚きの声を上げて土屋の方を向き、市田は「…ははははっ!」と笑い出した。


「俺だよ俺、土屋も気に入らないからさ、なんでお前がキャプテンなんだよ、涼生先輩みたいに素晴らし〜い機構もつくれない素人二人組がエースとキャプテンなんて、笑わせるなよ」


一ノ瀬は今の一言が癪に触り、もう一度市田を殴ろうとした。その時、土屋が立ち上がり、1号機の機体をロボット倉庫から手製の荷台に乗せて引きずってきた。そして、ひとつずつネジを外し、ひとつずつ機構を取り外していった。


「…は?おい、何してんだよ」


市田が一ノ瀬の腕を払って立ち上がり、土屋に掴みかかった。土屋はそこで市田の肩を掴んで揺らし、怒鳴った。


「今お前はどう思った!?なあ!どう思ったんだよ!!!お前はなあ!!今その思いを俺達にさせたんだぞ!?入部してから!一生懸命たくさん時間をかけて作ったロボット!それをお前は!自分のたったひとつのプライドで!無にしたんだぞ!分かってるのか!?」


「それは俺だけじゃなくて涼生先輩が作ったロボットなんだぞ!?そんなことして許されると思ってるのか!?」


土屋は涼生を見た。


「先輩の責任でもあります!こいつは1号機の担当のくせに、2号機にちょっかいかけてばっかりでした!それが今、この結果です!先輩から憎まれようと、これは先輩の仲間が俺達にやったことです!」


涼生は、淡々と答えた。


「…俺の仲間は、敵のロボットにわざわざ危害を加えなくても相手を負かせる技量がある。大会に出れば敵でも、共に全国を目指す同胞のロボットを傷つけ、仲間を傷つけたそいつに、その技量はない。強いて言うなら、ロボット競技をやる資格はない」


市田は、涼生にはひどく従順だった。それ故に、今の発言はあまりにも心に刺さったようで、「う…ぁあ…うわぁぁぁぁ!」と泣き叫んだ。そしてまた枚方に掴みかかろうとした。「お前さえいなければ!」と言いながら近づく市田。周りの誰もが枚方を守ろうとした。その時。勢いの良い音が、部屋に響いた。


市田の片頬は赤く染まる。枚方は市田の頬を叩いた後、自身から市田に詰め寄り、こう言った。


「女だからって、舐めんじゃねぇ!」


それは、枚方の決意が込められた、この問題を解決する鍵ともなる一言だった。そこで、市田以外の部員は全員、彼女をただの女子部員ではなく、この部の『エース』だと認識した。市田はただ、呆然としていた。香句寺は、悲しそうな瞳で少しだけ微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る