しのぶれど

ねこさん

第1話

7月14日。今日は私の30歳の誕生日だ。仕事はもちろんだけど、女としてもまだまだ自分を磨いていきたい。

「今日は何も買い物をしなくていいから早く帰っておいで。」と言ってくれた。

結婚式を挙げて5年が経つのに、いつも優しくて、働く私に気をつかってくれる。毎年、自慢の手料理で、家で私を迎えてくれる。今年3才になったマキも家で私を待ってくれているだろう。

大人になるにつれ、誕生日がどんどん特別なものではなくなっているような気がする。

確かに昔程ではないかもしれないけど、私は私の誕生日をまだ大切にしたいし、大切にしてくれる家族がいる。私にはもったいないぐらいの普通の幸せがここにある。そんな私だが、なんとなく家族に言えない楽しみのが、もう1つある。仕事が終わってすぐにスマホを確認した。やっぱり今年もメールが届いていた。

『お元気? 敬ちゃん。お久しぶりです。毎年恒例だけど、誕生日おめでとう。俺は相変わらず1人で適当に人生やってます。時間が流れるのは早いね。俺たちもとうとう、30歳ですよ。最近暑くなって来たので体調には気を付けて。また佐野が大阪に帰ったりしたら、みんなで会いたいねぇ(何度目の社交辞令か・・)(笑)というわけで、今年も良い歳をお過ごしください。ではでは。』

私は職場を出たところで一人笑顔になる。正雄からの”誕生日おめでとう”のメールだ。高校を卒業してからもう10年以上経つが、毎年メールを必ずくれる。卒業して間もない頃は、仲が良かったグループ数人で何度か会うことができた。しかしここ数年、みんなが社会に出て、家庭を持ち始めた頃からは自然と会えなくなってきた。正雄と最後に会ったもの、向井君の結婚式の時だから、もう7年も前になる。普段、お互いに何も連絡を取り合うことは無いけれど、正雄は毎年誕生日にメールをくれる。私は密かにこれを毎年楽しみにして、高校時代のことを少し振り返る。正雄、向井君、佐野君。私、のんちゃん、月ちゃん。いつも6人一緒だったこと。楽しかった高校生活。バレンタインの時、正雄にあげたチョコレートだけ手作りのものにしたこと。副教科の選択を正雄と合わせたこと。卒業式のとき、2人で一緒に写真を撮ったこと。私は彼を好きと言えなかったこと。また正雄からも好きとは言われなかったこと。過去を振り返り、なんとなく”もしも、あのとき”を想像する。 今の私の大切な人には言えない私のちょっとした秘密だ。

「ただいまー」

玄関の扉をあけると、今の生活と幸せがある。美味しいごはんの匂いがした。

「今日は頑張ってオマールエビのムースを作ってみたよ。パンはいつもの店にギリギリ間に合った。ワインは今、冷蔵庫で冷やしてるから、早く着替えておいでよ。ごはんにしよう。」

私はさっきまで見ていたスマホを充電器に置いて、洗面所に向かった。

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