第一章:ASU警備部警護課 3

 大宮にあるイタリアンの店は、インターネットの飲食系サイトでよく話題に上がる有名店だった。ラファエルのカルボナーラに対する執念が垣間見える店のチョイスだった。


 弓鶴たちが店内に入ると、六人掛けの席にひと際目立つ三人組がいた。全員が一般日本人ではあり得ない髪色をし、ASUの深紅ローブを着た奇妙な集団だ。他の客があからさまに遠巻きに見ており、早く帰ってくれという無言の空気を醸し出していた。眉をひそめて仲間たちを見る前に原因が分かる。ブリジットがうるさいのだ。


「分かるかいオットー。我にとって男の価値とは、女性にナンパされるか否かで決まるんだ。決して男がナンパをするんじゃない。される側なのさ」


 緑髪に童顔で綺麗な顔立ちは、確かに美少年に見えるが中身は二十八歳の青年だ。以前、なぜ身体を子どもの姿にしているのかと訊いたことがあるが、理由がひどかった。「おっぱいの大きい女性にナンパされるためさ」というのがブリジットの答えだった。頭が痛かった。


 ともかく、現在進行形でその女性客から引かれていることにすぐにでも気づいてほしいと弓鶴は切に願った。


 対するオットーはブリジットの談にうんうんと頷いている。どこら辺に納得できる要素があったのか是非教えてほしかった。


 ラファエルはというと、ひとり黙々とカルボナーラ祭りを繰り広げている。置かれた皿はもう五皿目か。こいつはひとり大食い選手権でも目指しているのかという食べっぷりだ。しかも食べ方ひとつとっても上品なところが腹立たしい。そのマナーを対人関係にも生かしてほしい。切に。


 入口付近で立ち止まっていたアイシアを見やる。彼女はまたも頭痛がひどいのか、頭を片手で抑えていた。


「おい、あれ部下だろ。なんとかしろ」


「言ったよね。魔法使いは大体頭がおかしいって」


「あれと一括りにされるのは結構堪えるな」


「君がいくら否定しようが実際に異なろうが、大衆から見れば君も魔法使いという変人だよ」


「いい迷惑だ……」


 完全に入口で止まっていると、不審顔の店員がやって来る。同類と思われると嫌だなと弓鶴は思った。


「あちらのお客様のお連れ様でしょうか?」


「うん、一応ね。あそこでいいよ」アイシアが渋々と言った様子で応える。


「かしこまりました。メニューをすぐにお持ち致します」


 店員が去っていき、弓鶴とアイシアはブリジット達のいる席へ向かう。


「同類に思われたね。こういうのは割とショックなんだけど」


「ASUの弊害だな。どいつもこいつも魔法使いは曲者ぞろいだから、まともな俺はとばっちりを食らう」


「そこに私が入っていないのはなぜかな?」


「自覚してるだろ」


「まあね」


 既に気分を切り替えたのか、飄々とした表情で言うアイシアがブリジット達に声を掛ける。


「お疲れ様。何か進展はあった?」


 アイシア達に気づいたブリジットとオットーが手を上げる。


「やあ、我の活躍を訊きたいかい? いいとも、教えてあげよう」ブリジットが傲岸不遜な態度で言う。


「なにもしてませんけどねえ」オットーがそんなブリジットの言葉に早速水を差した。


「カルボナーラ食べてた」ラファエルは食事を摂る動作を止めもしなかった。


「俺たちが現場見に言っている間にやってたことは昼食を食べてただけか……」


 アイシアと一緒に席に着いた弓鶴の恨み言に反応したのはブリジットだ。


「まあまあ弓鶴、そう目くじらを立てないことだ。皺になるよ? ほら、警察との合同捜査なんて、結局ASU側でやることなんて捕まえるときにしかないからさ、こうして有意義な時間を過ごしているんだよ」


「そこは働けよ。やる事くらい色々あるだろ」


「ないんだなあそれが」


 ブリジットがペペロンチーノをフォークでくるくると弄びながら苦笑する。


「監視衛星に監視カメラの確認、人海戦術を利用した聞き込み、科学捜査、それらから導き出される捜査方針の策定、どれもASU警護課じゃできないことだ。つまり、やることがなくて暇ってことだねえ」


 アイシアを見やると、遺憾といった渋い表情でブリジットの科白に頷いていた。


「いまASUの捜査班が魔法捜査を行っているから、彼女の所在が分かるまで暇というのは間違いないね」


 まさかこれほどの重大事件でやることが無いと思っていなかった弓鶴は唖然とする。その顔を見たアイシアが苦笑した。


「弓鶴は警察との合同捜査は初めてだっけ。いつも大体こんなものだよ。魔法的見地からの助言は刑事課がしてくれるし、そもそも警護課は魔法使いの護衛に特化しているのであって捜査にはてんで向かないんだよ」


 そう言って、アイシアはメニューに目を落とす。なにがいいかな、と呟いているところにオットーが水を向けた。


「そういえばそろそろ魔法適正検査が始まりますね。そちらの人員は問題ないのですか?」


「うん? そうだね、警護課もそこそこ今回の事件に組み込まれてるから、今年はちょっと厳しいかな。他支部から応援が必要かも」メニューから視線を上げたアイシアが答える。


「毎年この時期は修羅場だからねえ。今年もそうなるかと思うと気が重いよ」ブリジットがげんなりしていた。


「そんなに大変なのか?」新人だからこそ出る弓鶴の質問。


 答えたのはブリジットだ。


「そりゃ大変だよ。関東全域で魔法適正検査が行われる。多少日程はずらすけどね。当然毎年何人かは陽性になる生徒が出るから、ISIA職員と一緒に家に赴いて進路を訊いて警護に回る。で、大体どこからか嗅ぎつけた魔導師密売組織の連中とやり合うことになる。あれ絶対教師と繋がってるよね。たしか弓鶴の時もそうだったんじゃなかったっけ?」


 あまり思い出したくないことを言われ弓鶴は渋面を作る。彼も教師に情報を流されたことで密売組織に誘拐されかけたのだ。それを助けてくれたのがアイシアだった。まあ、彼にも悪い点がかなりあったのだ。


「あんなのが日常茶飯事なのか?」


 まさか、とブリジットが笑う。


「あの程度可愛いものだよ。発展途上国だと学校ぐるみで魔法使いを囲ってるよ。魔法使いの派遣人数はISIAが握ってるから、たとえ日本で生まれた魔法使いだろうがISIA直轄の人員になる。そうなると派遣先がどこになるかはISIA次第さ」


「……それが嫌だから国は秘密裏に密売組織から魔法使いを買ってるって噂。あくまで都市伝説レベルですけど」ラファエルが口の中のものを咀嚼し終えてから続けた。


「人身売買か……」


 吐き捨てた弓鶴にアイシアが話を加える。


「結局、魔法使いを握った国が覇権国家になるからね。どこも必死だよ。元々フランスに拠点を持っていた《連合》――現在のASUがフランスに一極支配されることを嫌った先進国が、ISIAを作って魔法人材を一極集中させて分配することに合意したんだけど、いまじゃそれも各国から非難されてるね。本当に調子がいいよね」


 アイシアの口調には棘があった。彼女なりに思うところがあるのだろう。


「うん、やっぱり私はナポリタンにしようかな。弓鶴はどうする?」


「同じのでいい。パスタはなんでもいける」


「食に興味が無いのは良くないよ?」


 好き嫌いがないんだよ、といって弓鶴は店員を呼んだ。一瞬嫌そうな顔をした店員が急に愛想をひっ捕まえてやってくる。気が滅入る瞬間だ。店員にナポリタンをふたつ頼んで一息ついた。


 今一度アイシア班のメンバーを見渡す。


 アイシア・ラロ。


 銀糸に茶色のメッシュが入った変わった髪を持ち、フランス人形のような整った容姿の女性。魔法界でも珍しい因果魔法と精霊魔法の二体系を扱う二重魔法の持ち主。ASUで最高位である第九階梯の最高位魔導師を両親に持つサラブレッド。かつて軍に所属していた経歴を持ち、魔法戦闘のエキスパート。ASUが示す魔導師位階は第七階梯。


 ブリジット・マクローリン。


 一見すると緑髪の小柄な美少年だが、実際は二十八歳の青年だ。主にアイシア班では索敵を担当するが戦闘もこなせるだけの実力を持つ。使用魔法は元型魔法。ASUが示す魔導師位階は第八階梯。実力主義のASUでは本来ならばアイシアよりもブリジットが班長になるべきだが、面倒だという理由でこれを拒否している。


 オットー・リーノ


 撫でつけた金髪をポニーテールにし、目鼻立ちがはっきりした彫の深い西洋らしい顔つきの青年。《連合》時代から現代まで対立している、イタリアのローマに拠点を置く《異端審問機関》に所属していた経歴を持つ変わり種。現代社会に適応できずにいる同機関に嫌気がさし逃亡。ISIAを介してASUへ所属することとなる。使用魔法は秘跡魔法。ASUの魔導師位階は第六階梯。


 ラファエル・ラメ


 氷の彫像とも思える美貌の持ち主で、白金のストレートヘアの女性。超遠距離からの狙撃を得意としており、こと狙撃に関してはISIA日本事務局随一の実力を持つ。最長記録は魔法を併用しているとは言え、スポッター有りで一万メートルを超える。使用魔法は因果魔法。ASUの魔導師位階は第六階梯。


 性格さえ除けば高階梯の高位魔導師ばかりが集うエリート集団だ。


 なんだかアイシアのように頭が痛くなってきているところで、ブリジットが心の深淵でも除くかのような目で弓鶴を見ていた。


 高位の元型魔導師は人の心を読むというが、ブリジットの眼力には確かにそんな力が宿っているかのように感じた。弓鶴の頬に冷や汗が垂れる。


「そんなに我を見つめてどうした? まさか……惚れたのか?」


「アホか」


 一瞬で呆れた。ブリジットに期待した自分が馬鹿だと弓鶴は深く反省した。


「なに、弓鶴って男好きなんです?」


 ラファエルがどうでもよさそうに弓鶴に訊く。興味がないならいちいち訊かなくても良い。


「そんな訳ないだろ」


「アイシアとよく一緒にいるのにそういう様子を出さないから、女嫌いだと思ってました」


 頬が引きつる。とんだ勘違いをされている。普段ろくに会話をしないからか、ラファエルには裏で変に思われていたようだ。


「そんな理由で決めつけるな。仕事中に男だの女だの考えないだろ普通」


「我は考えてるぞ。むしろ考えていない時がない」ブリジットが胸を張って答える。


「私も考えてますね」オットーも同意。


「二対一で弓鶴の負けです。弓鶴は男好きってことで」ラファエルがカルボナーラの最後の一口を食べ終えて言った。


「早くこの班から出たい……」アイシアは早くも頭を抱えていた。


「抜けるなら必ず俺を連れて行ってくれ。さすがにひとりでこれはキツイ」弓鶴が本心で懇願する。


 アイシアが頭を押さえていた手を下ろして苦笑した。


「善処するよ」


「あれ、やっぱり仲いいです。弓鶴は実は女好き?」


 首を傾げるラファエルのその首を折りたくなった。


「お前の頭はそれしかないのか」


「はい、結婚したいです」


 いきなり結婚願望を出されても弓鶴としても困る。そんな彼の心などどこ吹く風といった様子で、ラファエルが己が願望を続ける。


「働かないで家で料理をしていたいです。毎日カルボナーラを作ります」


「エルの夫になる男は苦労しそうだな……」


 ラファエルと結婚すると漏れなく毎日がカルボナーラ祭りになるらしい。地獄だ。


「さすがの我もそれは嫌だ……」ブリジットも呆れ顔だ。


「私は構いませんよ。結婚を前提にお付き合いしませんか?」オットーは少し興味がありそうだった。


「嫌」ラファエルが即答で斬る。


「ふられました。責任を取ってください弓鶴さん!」


 オットーが理不尽な怒りを発露すると身を乗り出して弓鶴に迫る。無駄に周囲の視線を集めているからすぐにでも帰りたかった。


 弓鶴はアイシアに首を向ける。


「アイシア、帰っていいか?」


「お願いだからここに居て。被害者が多い方が苦労は少ないから」


 やはりアイシアも良い性格をしている。


「アイシアを生贄にして帰りたいんだが」


「今度なにか奢るからお願いだからひとりにしないで」


 眉をハの字にしたアイシアが、割と本気の目で訴えかけていた。彼女は弓鶴が来るまでひとりでこの三人をまとめていたらしい。その苦労は想像を絶するだろう。それを考えるとさすがに可哀そうになった。


「ここの勘定を持ってくれ」


「分かった。奢るよ」


 ほっとした様子でアイシアが頷いた。なんだか彼女と同じ苦労を共有して絆が深まったように弓鶴は感じた。


「うわー、女に奢らせてる。弓鶴は悪い男なんですね」


 それをラファエルが台無しにする。ここはなんだ。なにをどうしようが酷いことになる頭痛の根源か。


「あー、エル。これはそういうのじゃなくて……」


 反論しようとしたアイシアの口が止まる。何かを考えるようにその視線が虚空を泳ぎ、


「まあ、いっか。弓鶴は悪い男だね」


 アイシアが弓鶴を売った。まさか即座に裏切られるとは思わなかった。


 もやは不信感を隠そうともしない店員がナポリタンを持ってくる。ラファエルはついでとばかりにカルボナーラを追加注文していた。


 アイシアは罪悪感の欠片もない様子でナポリタンに手を付け始める。これだから魔法使いは信用できない。フォークを手に取りながら、弓鶴は魔法社会の理不尽さをこの上なく強く実感した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る