32.重なる問題

「死んで別の世界に生まれ変わった際に得られるものがあれば何が欲しい?」


 時折、暇つぶしと称して寺院に現れる“彼”はそんな事を言いながら煙管キセルを吸って煙を吐いていた。

 彼の向ける視線は次の返答に期待しているようだった。


「質問の意味が分かり辛いですよ」

「このうえなくだろう? 何が欲しい? 知識か? 力か? それとも肯定者か?」

「意地の悪い質問ですね」

「そう思うか? これがまた、偶に現れるんだよ。この世界にもな。まるで神にでも愛されたかのように……あらゆる知識を持ち、唯一無二の才能を持ち、その生きざまの全てを肯定してくれる取り巻きがいる。そんな奴がな」


 そいつらから見ると、ワシたちは笑えるほど世界の隅っこに居る、と煙と共に嘆息を吐いた。


「まぁ、“桜”も大概だ。しかし、お前らの血の宿業は面白い。特に神様にはお気に召さないところがな」

「…………」

「ワシはな、お前たちのような系譜の存在を見るたびに己の無力を突きつけられるんだよ」

「……ナンドさん」

「警戒すんな。別に恨んでるわけじゃねぇ。お前よりも強い奴はいくらか知ってるし、『転生者』と呼ばれる奴らとも何人か戦った」

「『転生者』?」

「さっき言った、人生が担ぎ上げられてる奴らだ。そいつらは総じて強力な個体であり、世界各地で派手な事を起こす」


 たまに『勇者』とか『英雄』とか呼ばれるのがソレらしい。

 昔は『ナイトウォーカー』に感染した個体も居り、感染が広がる事を危惧したギルドは『魔王』と共にひねりつぶした事もあるらしい。


「ワシは力のある者が総じて通る事になる道の上に立っているようでな。そういうヤツらとは自然と相対するようになっている」


 彼は常に“強さ”を追い求めていた。魔法で寿命を延ばし、強者と認識されている存在と戦い続けて来たのだと言う。


「だが、お前は興味がなさそうだな。ワシの居る道には」


 まるでオレが求めるモノが何なのかを見透かすような言葉は彼の“退屈”を形にしたような言葉だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 非常に人の目が集まっていた。

 前を歩く和服美人のケイと話しながら横を歩くサナエ。この二人はこの国では別格の待遇であるようだった。

 すれ違う兵士までも挨拶をして会釈をするほどに、この地に根付いた桜の威厳は生半可なものではない事を証明している。


「屋敷についたら、色々とお話しましょう~」


 と、彼女の後に歩いている状況であるが、腹の底を読み取れない表情は光陽としては警戒してしまう。


「なぁ、光陽。着いていっても大丈夫なのか?」


 そんな事を言うルーは珍しい。最善手を常に取り続ける彼女は瞬時に相手の“意”を読むのだ。

 敵意を持っているかいないか、欺こうとしているかいないか、決定的な情報を向かい合う相手の僅かな挙動から読み取るのである。


「……嵌めようとしている感じでもなかったけどな」


 直に抱きしめられた以上、ルー以上には桜ケイの事は判断できたつもりだった。しかし、


「……警戒は解くなよ」


 桜エトの後妻であるのなら、自分の事を疎ましく思っている可能性は否定できない。ヤエがどういう立場なのかも分からない以上、迂闊に信用するのはリスクが大きすぎるか。


「サナエは何も知らない可能性もある。師匠に会うまでは油断せずに行くぞ」

「別にいいけど、いざとなったらどうする? 飛んで逃げる?」

「そうだな」


 時折、後ろ眼でこちらを見てくるサナエの様子から、こちらの事を話しているのだろう。






「お母さん、ちゃんと教えてくれる? サーライトさんの事」


 サナエは彼を抱きしめた母の様子から察していた。

 彼は他人ではない。ただ祖父から“桜の技”を教わったにしてはあまりにも――


「あの子は、ヤエちゃんのお兄さんよ。名前は桜光陽ちゃん」

「…………ん? 今、もしかして重要な事言った?」

「サナエちゃんとは異母兄弟よ~。お兄ちゃんって呼んであげなさいな」

「ええ……」


 サナエは後ろ目で光陽を見る。確かに父の面影がどこかある。しかし、


「電話でも言ったけど初耳なんだけど……」

「『本家』でもあの子の事はタブーなの。だから、私達が護ってあげないといけないのよ~」

「護るって……」


 サナエの生まれ故郷である極東の島国『ジパング』。そこを治める組織『本家』は自分たちを管理する総本山であるのだ。


「でもお祖父ちゃんは知ってるんでしょ? まずいんじゃない?」

「その辺りは、私やお義父さんで何とかしてるから、サナエはただ、あの子を家族として迎えてあげなさい」


 再び後ろ眼で光陽を見る。初対面が他人であった事もあり、今更兄と呼ぶのは少々恥ずかしい。


「……兄貴……兄さん……おにい……うーん」


 次に彼に対してどのような呼び方にすればいいか真剣に悩んでいると、いつの間にか家に戻っていた。


「着いたわ~。長旅、ご苦労様~」


 道場に隣接した母屋を含めた屋敷が、この地に根を下ろす桜家の住居であった。






「話は聞いたな」

「はい。諜報部の者から」


 ゲンサイはレッドとの会談を終えた後に、同じように謁見を求めていた『剣の英雄』を引き止め、少し離れた廊下で会話をしていた。


「『心臓』の破壊は見送りとの事だ。指示は追って待つ様にと」

「納得しかねますわ。コレがどれほど危険なモノなのか陛下は理解しているハズです」


 彼女が肌身離さずに首から下げている赤石は、目立たぬ要に服の下に隠れている。


「だが、それ故に強大な抑止力となるとも知っている。二体の『五柱』の襲撃に加え『殺害者』に『最強』の襲来。『心臓』を手放す判断材料が無さ過ぎるのが現状でもある」

「いつ爆発するか分からない爆弾を抱えるのと同じですわ。やはり、わたくしから陛下に進言を――」

「目先の問題を解決せねば陛下も首は縦に振らぬ」


 問題とは悪い時に重なるものだ。

 陛下は精鋭を用いて『最強』を退けると言っていたが、奴の実力を加味するのなら、軍隊よりも個の戦闘力が尖った少数精鋭でなければならない。


「お前は待機せよ。間違っても先走るような真似はするな」


 奴を退けさせるには……エトかノハのレベルでなければ返り討ちか……貸しを作ったサウラがここを離れたのは少々間が悪い。

 そして、『崩月』が近い以上、『本家』の人員を使う事は“お屋形様”が許さないだろう。


「けれど、もし陛下が『紅き炎竜』を利用すると言った時は間を置かず『心臓』を破壊致しますわ」


 彼女はその意志だけは決して変わることなく踵を返して歩いていく。

 『剣の英雄』は国ではなく『ドラゴン』に脅かされる民を護る為にその剣を掲げるのだ。


「ふむ」


 いざとなればワシが向かわなければならないか。

 ゲンサイは目先の脅威に背を向けて己の都合を優先できるほど、割りきれる性格ではなかった。






「厄介なものだな」


 レッドは積み重なって行く問題の数々に頭を悩ませるのは無理はなかった。

 隣国との戦争は休戦の目途が立たないどころか、『五柱』の襲撃に、ソレに準ずる実力者も襲来している。


 今こそが国として滅びるかどうかの瀬戸際である気がしてならない。これ程の問題が重なっていても尚、指揮系統が混乱しないのも桜玄斎の存在が大きいからだろう。


 世界でも有数の偉人として名を遺すほどの彼は、あらゆる時代をその身一つで戦って来た英雄だ。

 故に彼に頼り切るのは国としてあまりにも幼稚すぎるのだ。彼も永遠に生きる存在ではない。

 せめて、この戦争は我々の手で終わらせなければ――


「陛下。謁見を求める者が来ております」

「明日にせよ」

「それが、来訪されているのは【勇者】でございます」


 それは魔王軍の噂を聞きつけて、レッドフォレストを訪れた【勇者】だった。

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