26.復讐者の襲来

「どう見ますか? ボス」


 ゲンサイとの話を終えて、屋敷を出たライバックの部下の一人はゲンサイとの会話から、自分たちの頭目がどのような決断を下したのか待っていた。


「上手くかわしたもんだな。やる事はさっき『師範』に言ったとおりだ。ジパングに行くぞ」

「『本家』の“姫”に会うと?」

「戦闘準備を整えとけ。『かえで』と『くすのき』から逃げるのに交戦が必要になるかもしれねぇ」

「アポイントを取る選択肢はないのですか?」

「めんどくせぇ。それに、要件を伝えて素直に応じるとは思えないからな。あの女は」


 全く、極東人はめんどくせぇ女が多いな、とライバックは翼を開いた。






 時刻は夜になり、駅の出入りも帰省する兵士が多くなる。

 列車の最終便に乗ろうと、多くの兵士と数少ない乗客が駅員に切符を提示していた。


「あと30分後で最後の便が出るから、それに乗れるように切符を用意したよ。到着は明日の朝ね」


 サナエは切符を調達すると、駅の入り口で待っていた光陽とルーに一枚ずつ渡す。


「おー、結構ギリギリでも取れるんだな」

「席じゃないよ。後方の荷物車両に無理やり入れさせてもらったんだ」


 切符には「荷物車両」と手書きで書き足されている。

 列車を動かす際に人を運ぶだけでは効率が悪い。破損した武器や廃材なども搬送し、新たに作り直す材料として再利用しているのである。


「いくらだった?」


 ルーと光陽はそれぞれの反応を示すがサナエは、エルフの薬貰ったからいいよ、と見返りは十分であると告げる。


「……おっと、すまんな。少し席を外す」


 すると、ルーが少し離れる事を言い出した。


「忘れ物か?」

「いや、花を摘んでくる」

「時間までに戻ってきてよ」


 切符をスカートのポケットに入れながら軽く手を上げて意思を示すと、ルーは手洗いへと走って行った。


「出すもんはあんのか。アイツ」


 食べるのはあまり意味が無いと言っていたルーの言葉から素朴な疑問を抱いていると、サナエが光陽の顔面に拳を突き出した。


「何か確かめたいのか?」


 当てる気がない事を見切って、光陽は特に避けずにサナエに問う。


「うーん。サーライトさんって妙に落ち着きがあるよね。何歳?」

「氣で老化が遅れててな。35歳だ」

「35!?」


 見た目が18ほどの光陽の発言に対し、サナエは意識を集中し彼の氣を探る。

 ソレを読み取る技術は相手の強さを測る目安として、桜の者ならば自然と覚えるモノだった。


 ……氣はそこまで大きくない。いや、密度が凄いのかな? 身体の中心に凝縮してる?


「……? あれ?」


 魔力を一切感じない――


「人通りが無くなったな」


 光陽はサナエとは別の事を気にかけていた。

 彼に言われてサナエも周囲を見る。通りから人が消えた。夜も深い時間帯だが、全く居なくなるなど少し変な感じだ。


「来るぞ。瞬きするな」

「え?」


 いつの間にか二人を挟むように距離を置いて二つの人影が立っていた。






 黒い仮面に闇に溶けるような黒一色の装いに身を包んだ二人はサナエと光陽を逃がさぬように位置取っていた。


「知り合いか?」

「知らない人だよ」


 顔どころか、肌が一切見えない姿をした知り合いなど居るわけがない。街灯の下に居なければ視認する事も難しいだろう。


人除ひとよけの魔法に音も消えてるよ」


 サナエは魔法による制限が張られていると感知する。能力的にはかなり高度な代物。この二人のどちらかが発動していると見ていいだろう。


「……桜早苗だな?」


 サナエと向き合っている方が声を発する。


「そうだけど。君たちってあれかな? お祖父ちゃんかお父さんの方でしょ? 情けないなぁ。本人に報復しようとか考えないわけ?」


 サナエは慣れた様子で対応する。声質から男であることはわかるが、黒ずくめから何が飛び出してくるのか未知数だ。


「桜エトは強い。それだけが確実な真実だ。故に貴様を餌に奴を殺す」

「ふーん。まぁ、それなりに考えてるんだ。でも簡単じゃないよ」


 すると背中を合わせる様にサナエは寄り添うと、光陽に聞こえる様に小声で話す。


「サーライトさん。一人、足止めできる?」

「駅に逃げる選択肢はないのか?」


 この二人はわざわざ人除けと音まで消しているのだ。騒ぎになる事は望まないのだと光陽は察した。


「他の人を巻き込む可能性があるから。最終便が運行不可になったら困るでしょ。狙いはボクだからさ。時間を稼いでくれればボクが片づけるよ」


 襲撃者の二人は距離を取ったまま近づいてこない。それが疑問であるのだが、周囲に二人以外の気配はない。


 飛び道具か……魔法だな……


 光陽は何が飛び出してきても対応できるように目の前の敵に集中する。

 長引けばルーが戻ってくる。そうなれば三対二。そもそも、アイツ一人で全部片づけられるだろう。


「大人しく捕まるのなら四肢は残してやる」

「ふーん。君たちもたった二人で勝てるつもり?」

「それは間違いだ。我らは――三人だ」


 その時、背中合わせにも関わらず、光陽とサナエの背後に現れた存在が居た。


「!?」

「え!?」

「跳躍――」


 光陽とサナエの感知をすり抜けた三人目の襲来により、二人は空間に飲み込まれる様に消え去った。






 鈴のが響く――


「選ばれた一人の勇者と太古より君臨する魔王の伝説。悲劇から生まれた魔剣とそれを止めるために生まれた聖剣の物語。そして――」

「人々の願いにより現れた英雄と世界を滅ぼすドラゴンの英雄譚だろ?」


 駅から少し離れた所にある広場。ルーは中央の広場の停止した噴水の前に立つ後ろ姿に声をかけた。


「来たか。ルー」

「一応の礼儀だよ、アナクフィ。挨拶の一つもなく逃げ出したわけだからな」


 振り返り、ルーを認識する存在は片眼鏡モノクルをつけ、ワイシャツにネクタイをキッチリ着こなす事務員風の男である。


「お前から“礼儀”などという言葉が出るとはな」

「我も敬意は払うよ。そのような対象が居ればの話だが。ちなみに今のところは誰もいない」


 ふふん。と鼻で笑うルーを見るアナクフィは佇んだまま後ろで手を組み表情を変えない。


「ルー。なぜ逃げた?」

「馬鹿馬鹿しくなったからだ。意思を持たせたのは失敗だったな」

「そう思うか?」

「ああ。少しでも情というものがあるのなら、あの地獄に意思を持たせた存在を放り込むなど正気の沙汰じゃない」


 英雄と竜の永遠の殺し合い。それが、当然の場所に彼女は居たのだ。


「我の【英雄】はどうしてる?」

「調整中だ。不具合が多々見つかっている」

「違う。あんな小道具の事じゃない。中身の事だ。どうせ、あのばあさんに言われているんだろう?」

「評議長は聡明な方だ。はき違えるのは愚かな事だぞ」

「はん。我からすれば貴様らは全て狂っている。貴様は特にそうだアナクフィ」


 ルーはアナクフィに近づく。


「戻ってこい。自分から戻ってこれば評議会の印象も良い」

「そんなにお困りなら貴様が舞台に立てばいい。わかるか? 何度も殺される。何度も殺す。その度に痛いんだよ。心も体も。望まない苦しみがわかるか?」

「ルー。お前を救うために話しかけているんだ。このままでは消去は確実なものになる」

「だったら――」


 片腕に鱗と爪を展開するルーはアナクフィを切り裂く。噴水が砕け、アナクフィの身体は四つに分かれた。


「貴様が直接来い! 来れるものならな!」


 アナクフィの姿は霧のように揺らぐ。この場に居ない存在に対して、ルーは怒りに身を任せている事に気が付いた。


「喜怒哀楽を持ちつつあるようだな」

「……不快だ。コレが“怒り”か」


 ゲンサイに向けたときとは違う、憎しみの混ざった怒りは後味の良いものではなかった。


「憎しみと苛立ちに寄っているがな」

「失せろ。我は今忙しい」


 どうやっても手の届かない相手にこれ以上構う事もない。会話に応じたのは最低限の義務だ。


「ルー……」

「貴様にその名を呼ぶ権利などない!」

「良い帽子だな」

「……ふんっ」


 腕を元に戻し、ルーは踵を返すと光陽たちの元へ戻って行く。


「――本当に残念だ」


 去って行くルーの背を見てアナクフィは改めて決心がついた様にその場の接続を切った。

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