第五章 疑念の詮索

1 疑問と理不尽の横目

「で、この間の件は、何か自分なりに判ったの?」


藤本由美ふじもとゆみ神楽かぐらミキに訊いた。

「うーん…。」

神楽ミキは微妙な返しをした。


先の大工町で瀬川少年に憑依したモノの対応に関して、藤本は神楽に日を置いてから確認しようとしていた。神楽不動産の事務所の一角に陣取った藤本は、持ってきていたスーツケースから工具を広げていた。先の際に故障した電磁プロテクタの修理を行っていた。


「良いけど…、しかし派手に壊したわね。」

防御で故障したプロテクタは、電気を溜め込むキャパシタの破裂と制御回路の焼損が激しかった。手にはめる為の本体自体も若干ボロボロな状態となっていた。

藤本は電気用テスターだけでなく、LEDライトを用いた回路のひび割れなどを確認すると、スーツケースから補修部品を取り出すと、部品を入れ替え始める。

幸い電源部の損傷は軽微なもので、所定の部品を差替えてから、電源の放電作業とと再充電が必要にはなっている。


 若干事務所の一角が散らかりだしたが、丁度寛三も審議会の会議に出かけて、事務員も庶務作業で外出しており、事務所は神楽と藤本の二人だけだった。


「途中から榊が介入した影響もあって、これでも大分被害は少ないけどね」

藤本が黙って神楽に指で来いと指示すると、近づいた神楽の両腕を掴む。

若干引き気味の神楽を無視して、手の平と手の甲を見ていた。


「奇麗なものね。痣も無いからやはり逆向きにしたのは正解だった様ね」

「若干しびれやすくなった気がする」

「慣れは必要よ。しびれるってことは受け身の部分の確認は必要になるわ。」

藤本は神楽を掴んでいた手を離すと、部品の電極にケーブルを繋ぎ充電を開始した。

「脚も痣を作るならひざ周りも作るけど」


藤本が神楽の脚を横目に見る。ひざ丈のスカートに色の濃い黒色のタイツを履いている神楽は若干季節外れだと感じていた。見ながら藤本は目で「脱げ」と合図を送る。

神楽は渋々とスカートの中に手を入れてタイツを脱ごうと横着していた。一応医者である女でもある藤本の二人しかいない空間ということもあってのことであろう。

藤本はくるぶしの下まで脱いだ太ももの外側に青あざを見つけた。

「どちらかというと、防御の際ではないけど。」

「とはいえ、そんな大あざつけていてはだめだけどね」

神楽はそのままタイツを脱いで畳むと、ジャケットのポケットにしまった。

充電器がブザー音を鳴らす。充電器にはバッテリの現状だけではなく、各種のセンサで、本体が問題なく作動しているかどうか確認していた。

「太ももと靴に対応出来るようなプロテクタ仕様を考えておくわ」

藤本が充電器を再度検査モードにできるようにコマンドを打ち込む。

「で、この間の榊はどうだったの?」

藤本は再度神楽に訊いた。


「この間の榊は、いつもの榊と違ってた。」

「どんなふうに?」

藤本の問いかけに神楽は思い出そうとしていた。

あの時、神楽の眼の前で起こっていたこと、榊が一人怨念に対して闘志むき出しで戦っていたという姿だった。普段の榊の姿からは見せない、その圧倒的な強さ、そして何よりも気になったのは、怨念を封じた榊の所作が印象的だった。


その所作は荒々しさが混じるものの、その怨念には敬意を示すような高貴な感じだった。

「何て言うのか、急に初心者から上級者になったというのか、普段見せてるよくわからない体でいる姿とは全く違ってた。」

「近くで見てたんでしょ?どんなふうに怨念に対処していたの?」

「どんなふうにって言われても…」神楽は思い出そうとしていた。

「確か怨念を手でつかんで外に投げつけて…、」

「それから?」

「最後に何かの呪文を唱えてた」

「呪文?」


「片手で唱えながら指でしるしを作り何らの呪文を送るというのかな?昔映画でやってた陰陽師おんみょうじみたいな」

「印…、」

藤本は何かを思い出したのか、神楽の話に黙り込んだ。

「どうしたの?由美姉」

「ん?何でもない。」


「由美姉は昔会ったことがあるんだっけ?榊に。」

藤本にミキが尋ねる。

「……昔の話だけど、榊はそのことを全く覚えてないみたい」

「それって私も関係ある?」

「間接的にかも。今も昔もよく見えていた死人の怨念みたいなものを追いかけていた時にね。覚えてるでしょ?天玄山てんげんさんの事件」

「うん、その時に?」

「ほんの一時いっときだったから榊は覚えていないかもしれない。」

「そうなんだ…」

神楽の一言に藤本は少しため息をつく。

「…本当に覚えていない可能性があるかも。」

「えっ?」

藤本はテスターを置き天井を仰ぎながらぼそっとつぶやいた。


「それはどうかと思うけど……、だってあれ4年前の話でしょ?」

「そうね。まあ何らかの理由かもしれないけど。」

「うーん……。いつも子供扱いなんだ……。」

たまに神楽は藤本のその話してもわからないだろうな的な所作に少し辟易している感があった。

「御免。悪かった。」

藤本が軽く謝ると鞄を漁りだした。


「じゃあちょっと話そうかしら。これ見た?」

ファイルを神楽の目の前に置いた。

ファイルには、『報告書:地震による迷い神の暴徒化』と書かれてある。

「これって、この間の?」

「うん、審議会からデータ渡されたものだけど」

東里横断道路の工事現場で起こった迷い神の暴走の始終を神楽寛三かぐらかんぞう久我山修一くがやましゅういちがまとめたファイルである。その内容を神楽が読んでいる。


「この報告書を一通り読んで、この間の大工町の件を榊とミキちゃんに依頼したのよ」

「え?」

「理由はその報告書を読んだからというのもあるけど。」

神楽はその報告書の内容を早足で読む。

「その内容には書いていないのよ。あの時起こった事。」

「内側から攻撃結界が展開された件?」

「ええ。私たちには『あんな』結界、張れないでしょ?」

あの時の結界は防御結界よりも強く、魔封師が攻撃結界をも弾き返す結界を展開されたことは、神楽たちも少なからず知っていた。


「久我山さんは?あの人は若干魔封師の事も詳しいし」

「そうでもないみたい。久我山さんも私たちと同じ神還師だから。結局あれは何か強い意思によって展開されたんじゃないかと言われてるの」

「誰の?」

「さぁね。」

「まさか、榊が?」

「……何ともいえないけどね」藤本が肩をすくめる。

「そんなこともあって、今回の話を榊に任せたのは榊がその能力を余程の時に覚醒するんじゃないかって思ったの。」

「目論見通りだったの?」

神楽が藤本を見直す。その眼は少し鋭さを持っていた。

「確定的な話じゃないけど、さっきの榊のやっていたという印というのが少し気になるの。」

「そんなに印を組むのが気になるの?」

「まぁ、何とは言えないけどね…。ミキちゃんの軸移しの呪文も同じく印のようなものだし。だけど…」

藤本が気になっていた榊の所作は過去に思い当たる事案があるようだ。

その事案が何かというのは今後判ることとして、藤本は少し考えていた。

「榊のやっていた印の組み方や、今までの行動の所作を見ていると、神還師とは全く違うタイプの何か。」

「そんな、じゃあ榊は…」

「何ともいえないし、この話は口外しないで。もちろんお父さんにも」

「何で父には話せないんですか?」

「審議会のこともあるから、特に…久我山さんにもね」

「久我山さんにもですか?」

神楽の驚きに対して、藤本は少し濁った表情をした。


「理由はあるの。この間、何で久我山さんがあの時私たちと合流したのか知ってる?」

「人手不足だったからじゃないの?」

「それだけじゃないみたい。榊について調べて欲しいというのが審議会側からあったらしいのよ。」

「審議会が?」

「正しくは、客観的に判断したいという理由で、あなたのお父さんから久我山さんに依頼したそうなのよ。しかし結果として、あの二人はわざとこの結界破りの事を除外した。結果が思いもよらない方向へ進んだという予測不能なことが半分、何かを隠したいというのが半分ある気がするのよ。」

藤本は修理中のプロテクタの充電状況を確認していた。


「そういえば4年前、何があったの?」

ミキは藤本をじっと見る。

「話してなかったかしら?」

藤本は表情を変えずに返す。

「私は見えたってだけで、あの後何が起こったのかという話は聞いていないわ。」

「そう……」


「口外無用にできる?」

ミキは頷く。

「このことはお父様にも内緒よ。」

そう言うと、藤本は4年前にあった、凄惨な事件の後にあった不都合な事実をぽつりと話し始めた。

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