序章

序章

――私の知り合いに榊守さかきまもるという男がいた。


 彼と出会ったのは2008年、デジタル放送が全国的に始まった2年後で、ちょうど私の自宅のテレビも地上デジタル内蔵のテレビに新しく買い換えたばかりの頃だった。何故そんな微妙な記憶と共に覚えているのかといえば、その榊という男は山陰の地方テレビ局、海原テレビの報道記者だったからだ。

 榊とは山陰地方の東側にある東里とうり市のとある発掘現場の調査報告会で一緒になった。


 彼は記者として取材をしており、私はといえば珍し物好きの野次馬としてだった。

 その頃に自身で何か残したいと思い始め、そんなにうまくもない作文の能力を使って、何か題材はないかと思っていたころだった。何か面白い話題があればどこへでも出かけていく、そんな風情だった。

 そして、その会場で出会った、榊という珍しい名前の男だが、実際にその名前をニュースで見た事があるのか?と言われると自信はない。報告会の後、榊が研究員や考古学の教授とのインタビューをしている際に気になったことがあった。挙手を当てられた榊は声を張って学者に質問する。


「今回の出土品の年代推定ですが…、この辺りですと過去の地震や災害の関係から多少のズレと言うのも考慮に入れての推定なのでしょうか?」


 あまりに突拍子もない質問に教授や調査員が眉をひそめていた。

「あくまでも発掘時の推定なので一概に言えません。今後の研究でハッキリすると思います。」

と学者らしい発言で切り返した。

しかし、榊は違っていた。その回答を正解と受け取らずにさらにつづけた。


「この今回発見された地層というのは大体千年から四百年前という地層ではないかと思われますが、そこから更に二千年以上前の古い物が見つかるというのはよくあることですか?」


 一瞬教授の顔が変わったと思ったが、すぐに落ち着いた顔になった。


「……そのことに関しても、今後の調査になると思います。」

「わかりました。ありがとうございます。」


礼を言った榊の顔は腑に落ちない顔をしていたが、すぐにニコリとして他の人にインタビューを向けた。丁度そこにいた私もその対象となった。


「出土品を見てどう思われましたか?」


少しどぎまぎしたが、「この辺りでも古い物が見つかるというのは少し浪漫がありますね」と返した。

「ありがとうございました」インタビューを終えて礼をもらうと、私は何を思ったのかさっきの話を訊いてみた。


「さっきの教授に何故あんな事を訊いたのですか?」

榊は逆にインタビューされたことについて驚きもしなかった。

「特に意味はありません。前に別の取材でこの地域の地質についてかじっていたので、……もしかして、地質に詳しいのですか?」


「いや、そういうわけでもないんだ。何か知っているかのような感じがしたので」

「それはまるで…、当時その場で見ていたかのようですか?」


その記者の突拍子もない返しに、私が今度は驚いた。


「冗談です。失礼しました。では次がありますので…」

 榊は取材スタッフと共にその場を離れた。


「面白い人だ…」


これが最初のイメージだったが、その榊守という人間が奇妙に感じたのはその数日後、出土品の物質年代測定が榊の言っていた時代にピタリと当たったのである。


 最初は単なるまぐれと思ってはいたモノの、その後も狭い街あって、何かことある事に野次馬していると自然と榊に会うことが多くなった。そしてその時ごとに的確な質問をしては否定されても、後日その質問が肯定されるという現象が起こっていた。


『その場で見ていたかのようですか?』


という言葉が常に気になった。そんなある日、私は市内の飲み屋で偶然榊に会うことが出来た。

「ああ、あの時の……」

 榊もおぼろげながらに覚えていたらしく、あの後のことは一応ビックリはしていたと言っていた。

 とはいえ以降も神がかり的に当てる能力についても私は驚いていると言ったがそれについては、「そこは秘密です。」としか言わなかった。

私は何としてもその秘密が聞きたいと思い酒を奢ると告げた。

榊はじっと私を見ていると「まぁ、いいか」と言って私は酒を奢ることになった。


少し高めなウイスキーの水割りを一口飲んだ彼は私に静かに言った。

「実はね…、訊いたんですよ。」

「訊いたというのは…、詳しい人に」

「詳しいのは詳しいんですけど……、」

 榊は一息置いてからこう言った。


「人ではなくて、神に訊きました」


「神…ですか?」

「はい、神様です」

 酔っ払いの戯言を私は告げられたようなので、その話に乗っかってみた。


 しかし私は冗談半分に聞いていた榊の話が、どんどん冗談ではなく本当に神様という存在に訊いたと信じざるを得なかった。


「まぁ、そんなわけです。この事は内密にして下さいね。おいしかったです、水割り」

「あの、一つ」

「何か?」

席を立とうとした榊を私は止めた。

「そこまで喋ろうとしたのは…?」

「あなたは約束を必ず守る人なので」

「どうして守ると?」

「それも、訊いたからです。」

榊はニコリとして店を去った。


その後も私はニュースや飲み屋で榊守を見かけては色々と話をしていた。私自身もそんなに話せる友人もいるわけではないので、榊の話は記者ということもあり面白く、本人の意見も交えたその様々な経緯や話を聞いていくうちに、私はこの男について文を書いてみたいと思い、榊と飲んだ後には簡単に内容を文章に起こしていた。


「あんまり面白くはないでしょう?」


榊は若干良い顔はしていなかったが笑っていた。別に空想小説であっても良い訳で、若干の面白要素を加えてもいいのではと思っていた。結局その時は許可のどうこうの話はなく、結局うやむやになった。


しかし、榊守との付き合いは2011年の東日本大震災以降大きく変わっていった。あの地震の時、東里市のある西日本は、物理的な被害はほぼ皆無だったが、精神的な影響は大きかったという意見がある。あの震災は日本全体が疲弊し、次は我が身という恐怖が常に覆っていた時だった。


今回の話はその大震災を受ける前、2010年の山陰地方の田舎町東里市を中心とした物語である。

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