佐渡新話 壱

 宋船は、佐渡島を眺めながら、来ないかもしれない小舟を待った。

 佐渡島は、『古事記』にも『日本書紀』にも登場する由緒正しき島である。

 佐渡へ佐渡へと草木もなびくのは、黄金の島として鎌倉時代よりも遥かに昔から砂金が取れ、きっともっと取れると誰もが憧れ、狙っていた。陳万里も、もちろん噂を聞いている。

 寺泊は、本土から佐渡へ渡る港としは、最も短い距離にある。佐渡渡りの湊としてなかなかに殷賑を極めているのだ。

 奈良時代に国として定められた黄金の島は、流刑地ともされた。

 遠流とは、流刑のうち最も重い。近流として近くへ、或いは中流としてほどほどに、京の都から遠い地が遠流として選ばれた。鎌倉の地からは、至って近い伊豆も安房も遠流の地である。

 源氏の統領、源頼朝も遠流の刑で伊豆の蛭が小島に流されていた。

 多くの流人がここ寺泊から佐渡に渡った。つい一昨年五月に起こった承久の乱は、朝廷側の敗北となり、後鳥羽上皇は隠岐に、共に戦った息子の順徳院は、この佐渡島へ配流となった。今この時、院は佐渡におわすことになる。


 一刻を遥かに過ぎた夕まぐれ、ぎっこぎっこと待ちに待った小舟が近づいて来た。

 陳は、自前の小舟を下ろし、味方となった舟を迎えた。二艘の小舟は、寺泊の喧騒から離れ、港外れの寂れた港に接岸した。

 流れ着いた異国船には、豪華な品々が満載されていて、さて、このお宝を如何にするか、揉めに揉めていると小舟の男は教えてくれた。「もっとも、わしらには関係ない話だがな」と云ったあと、上目使いに「お主の船には、何が積んであるのだ?」と聞いて来た。

 陳万里は、満面の笑みを馳走した後、「佐渡は黄金の島と聞くが、本当か?」

 小舟の役人は、ふむふむと頷き、「わしの存じ寄りの者が、佐渡にいる。良ければ、仲立ちしよう」

 二人は、長年の既知のように笑顔を交わした。

 宋船は、傷を癒し、お腹を膨らませ、生気を取り戻した。これから佐渡へ佐渡へと向かうのだ。


 如何にもきんが呻っていそうな商家に、招き入れられた万里は、満足気に奥の間に陣取った。

 雪化粧の済んだ寺泊から着いてみると、島の雪は少なく、暖かくすら感じる。それでも、ちらちらと雪花が舞いなかなかの風情だ。

 間もなく、廊下を静々とやって来て、遣戸の外で膝をつき、深々と頭を下げた若い男。

 たかが商売相手に、丁寧すぎる物腰だ。

「泊屋の主、新右衛門どのだ」

 小舟役人は、この場を仕切る顔つきで膝元の右手をわずかに動かく。

 若い男は、膝をにじって、部屋へ入ると「寒くはございませんか」と顔を上げた。

(うん、誰か? 会ったことがあるか)

 万里は、少し開いてしまった目をすぼめ、口の端を上げてほほ笑んでみせた。

「陳万里と申す。良しなに」

 主は、(あっと、息を呑んで)また深々と頭を下げた。

「あっ、その、お知り合いか」

 二人の様子を目ざとく認め口を挟んだ役人は、小者といえど湊の仕事を仕切る前線の男だ。

「いや、いや、知り人に似ているような気がしただけだ」

 万里の態度に迎合して、新右衛門は

「お初でございます。宋からお越しと伺いました」

「船底に、まだまだ荷が残っております。御覧いただきたい」

「はい、見させていただきます」

「わしも、同道して宜しいか、いや、目の保養にお宝を見たいのじゃ」

 二人だけで取引するなよと言外に云って、小役人は愛想笑いを作ってみせた。

 互いに隠し事を抱えた二人は、庭の雪を楽しむように目を逸らせた。

 酒が運ばれ、肴も贅沢に並べられた。

 遠慮のない小役人に酒を進めつつ、二人の男は、以前に会った場所は鎌倉だったと確信し、(仲間になりましょうぞ)と大ぶりな猪口を上げた。


 船子は、みんな上陸している。残っているのは、張さんと兎丸だけだ。

 張さんが、兎の耳をちょんちょんと突く。

「何だようぅ」

「ちょっと、その辺まで出かけよう」

 張さんは、顎を突き出し小舟を示す。

「えっ、そんなことしていいの」

「まあ、少しくらいいいじゃねえか」

 二人の会話は、おおよそそんな具合。

 和語と漢語で、通じていないようで、通じているのだ。

 二人は、そっと小舟に乗り、ちょっとだけギコギコやって陸に上がった。兎丸にとって何か月ぶりの地面だろう。船底で目覚めてから、初めての土の香りだ。

 何という目的もなく、歩き出す。

 ほとんど人気のない小道をぶらぶら行くと、耳慣れた声がわさわさ聞こえて来た。船子たちが戻って来たにちがいない。

「あの路地に逃げ込め」

 漢語の叫びに押しやられ、兎丸は、走り込んだ。

「何だよ、張さん、何処へ行くんだ」

「ちょっとな、晩飯の采を見つけにな」

「もうちょっと行けば、店屋があるぞ。気をつけてな」

「おう、ありがとよ」

 おおよそ、そんな声が聞こえてきて、兎丸は思わず笑顔。

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