第9話 急患
玉座の間を出た後、オレは明日に控えた魔獣討伐の為の作戦を練るべく兵士の詰め所に戻ってきていた。
「問題はフリッツの攻撃を当てられるかといったところなんだが、自信の方はどうだ?」
「正直、あまり素早い動きをされると当てられる自信はないな。やみくもに振り回して誰かに当たっても危険だし、慎重になる必要はあると思う」
オレがそう答えるとエレノアは「ふむ……」と考える素振りを見せた。そして、
「なら、私が魔獣を引き付けよう。そして、魔獣が私に気を取られている間にお主が斬撃を当てる。これでどうだ?」
と、まるであらかじめ考えていたように作戦を口にした。
「確かにオレとしては有り難いけど、エレノア、出れるのか?」
と言うのもエレノアは実力はあるが、女性であるが故になかなか出撃許可が下りないのが実情だった。今回の件もおそらくは出撃許可が下りずに兵士の詰め所でストレスを抱えていたのだと思ったのだが。
「ふふ、実はな。先ほど王に直々に申し出をして許可をもらってきたところだ。兵士長殿がいればストップが入るだろうが、兵士長殿は現在クレストに帯同しておる。これで誰も私の邪魔はできないというわけだ」
そう言って悪そうな顔でエレノアは笑った。まあ本人としても国を守る為に兵士になったのに、なかなか出撃許可が下りずにやきもきしていたのだろう。
「っていうか、オレをダシに使っただろう?」
「はっはっは、まあそう悪く思うな。前線ではしっかりお主を守って……ん、何やら騒がしいな」
エレノアの言う通り、何やら外の方が騒がしくなってきた。二人して外に出ると王城の入り口には兵士が数人、そしてクレストの面々が倒れていた。
「これはいかん! おい、誰か軍医を直ぐにここへ呼んでくれ! フリッツ、すまんが怪我人をここへ運ぶのを手伝ってくれ」
「あ、あぁ」
どうやら魔獣退治に出かけた面々が大怪我をして帰ってきたらしい。オレ達は直ぐに入り口に駆け下り、エレノアは兵士たちを、オレはクレストの面々を詰め所に運び始めた。
「お前……フリッツ……そうか、ここはもうあの世か」
「バカ言うな、生きたいなら黙ってろ!」
「すまねぇ……あの時は、お前を見捨てて……」
「あの時は仕方なかったんだ。いいから、もうしゃべるな!」
「……」
重症の面々を詰め所に運び終えると、軍医が治療を始める。……が、このままだと確実に死人が出てしまうことだけは確かだった。そこで、オレはある提案をエレノアに持ちかけた。
「エレノア、ちょっといいか?」
「どうした、フリッツ?」
「実は、この状況を打破できるかもしれない人物に心当たりがある。だから、急いでオレのギルド寄宿舎に迎えをやってくれないか」
「この状況を打破できる……その人物は医者か? しかし医者が一人増えたところで……」
「頼む、オレを信じてくれ」
「……分かった。直ぐに手配する」
そうして直ぐにエレノアは詰め所を出ていった。それから十数分後、目的の人物を連れてエレノアが帰ってきた。
「えぇと……あっ、フリッツさん!」
「サーニャ悪い、来てもらって。さっそくなんだが、彼らを治療してもらえないか」
「きゃっ、酷い怪我……。分かりました、直ぐ治療します!」
一目で状況を察してくれたサーニャは、手近の兵士から治療を始める。彼女が手をかざすと、どこか白くぼんやりした光が患部を包み、傷口を少しずつ癒していく。
「おぉ! これは一体……!?」
エレノアをはじめ、治療を行っていた周囲の人々までサーニャの治療に見入っていた。そして全身に一通り治癒の魔法をかけ終わると、直ぐに次の兵士の治療へと移った。
「フリッツ……いったい彼女は?」
「言ったろ、幸運の女神に助けられたって。オレ達も手を休めてる暇はないぜ。一人でも多く治療を進めないと」
「あ、ああ。そうだな」
戸惑うエレノアをひとまずなだめ、オレ達は治療を進めた。それは夜遅くまで続き、途中で話を聞きつけたバルディゴ王までもが詰め所を訪れ治療にあたった。中でもサーニャの奮闘は目覚ましいものがあり、その懸命な姿に誰もが心打たれただろう。
そして、夜が明けた。
「ふぅ……ひとまず終わりましたぁー……」
「おつかれサーニャ。本当に助かったよ」
「いえいえ、少しでもお役に立てたなら……フリッツさんも、ずっとわたしに魔力を供給していたから疲れませんでした?」
「いいや、むしろ昔を思い出してなんだか懐かしかったよ」
ティルを見つけてから剣を振ることばかり考えていたけど、やはり長年やってきた戦い方というのもまだまだ捨てたものではない。おかげで今回はサーニャに魔力切れを起こさず全員の治療が出来た。
「奇跡だ……」
ぽつりとエレノアが呟いた。あれだけの状況で一人の死人も出なかったのだ。確かに奇跡かもしれない。そしてバルディゴ王もサーニャの前までくると、最大の礼を以って頭を下げた。
「サーニャ殿、この度は我が国の兵士を救って頂き、感謝の念に堪えない。このバルディゴ17世、国を代表してお礼申し上げる」
「そそ、そんな。わたしは自分にできることをしたまでで……」
「いや、誇っていいぞサーニャ。キミはそれだけのことをしたんだ」
「あぅ……はい」
オレが言うとサーニャはようやく頷いた。そして、詰め所からは自然と拍手が起こり、その称賛はサーニャへと向けられた。
「しかし、こんな癒しの力を持った魔法があったとは世界も広い。フリッツ、彼女はお前さんの連れということだが、一体どこで出会ったんだ?」
「シエラ王国領のペスタの村です。オレも死にかけのところを彼女に救ってもらいました」
「ペスタ……聞いたことがないな」
「あまり地図には載っていないそうです。地図だと、ちょうどこのあたりですね」
オレは詰め所にあった地図を使って、王にペスタの村の位置を説明する。
「ふむ、こんなところに村が。サーニャ殿、ペスタに住む者はみなキミのような癒しの魔法を使えるのだろうか?」
「あ、いえ。わたしだけです。それに、わたしも本当はペスタの生まれではなくて、まだ赤ん坊のころに村に預けられたそうです」
「それは……余計なことを聞いてしまったな。とにかく、癒しの魔法を使えるのはキミだけということか」
王はしばらく考え込んでいたが、「あいわかった」と言うと詰め所にいる全員に呼びかけた。
「とにかく今日はみな休んでくれ。フリッツとサーニャ殿も今日はここで休んで行かれると良いだろう。エレノア、二人を貴賓室へ案内してくれ」
「はっ!」
こうしてオレとサーニャは貴賓室へと通されることになった。さすがに王城とあってか寄宿舎とは比較にならないほどの広さがあり、中の造りもしっかりしたものだった。
「サーニャ、疲れただろう? もう休むと良いよ」
「フリッツさんはどうするんです?」
「オレは少しエレノアと明日の魔獣討伐について作戦を詰めようと思う」
「魔獣……フリッツさんが倒しに行かれるんですか!?」
そういえばまだサーニャに説明をしていなかったな。オレが明日エレノアと共に魔獣討伐に向かうことになったと説明すると、サーニャの顔はみるみるうちに真っ青になった。
「だ、大丈夫なんですか? さっきの大怪我してた人たちって魔獣にやられたんですよね? そんな凶暴な魔物を相手にするなんて……確かにフリッツさんはお強いですけれど」
「うん、もちろんオレも怖いっていう気持ちはあるけどさ。でもやっぱり国の危機ってなると、冒険者としては自分ができることをしたいとも思うんだ。それに何の因果かオレはティルを手に入れて、大魔導士の後継者なんてものになってしまった」
「大、魔導士……?」
あぁ、そういえばこれも言ってなかったんだった。オレはかつて魔王討伐のパーティーにいた大魔導士マリクとティルの関係性、そしてオレが後継者として選ばれたことについても説明した。
「そうだったんですね。やっぱりフリッツさんはすごい人だったんですね!」
「いや、オレがすごい訳じゃなくてティルがすごいというか……」
「でもそのティルさんに選ばれたんですよね!」
「そ、そうなるのかな……」
興奮気味のサーニャに押し切られるような形で頷いてしまった。
「わたし、決めました! 明日の魔獣討伐、わたしもついて行きます!」
「「えっ!?」」
そしてサーニャの決意表明に、オレとエレノアはそろって驚きの声をあげた。
「サーニャ、それは危険すぎる」
「そうです、サーニャ殿!」
慌てて止めに入るオレとエレノアだったが、それでもサーニャは首を横に振った。
「だって、フリッツさんも大怪我を追ってしまう可能性があるんですよね? わたし、戦闘では役に立たないかもしれませんが、もし怪我をされたときに癒してあげることくらいはできます!」
「それはそうだけど……」
「サーニャ殿。フリッツはこの私が命に代えても守ります。もとより今回の作戦はフリッツありきのものですから、その点はご安心ください」
何とか思い直してもらおうとエレノアが説得を試みる。しかしサーニャの決意は固かった。
「それならエレノアさんが怪我をしたときに私が治療します。エレノアさんも女性なんですから、痕が残ったりしたら大変です! 大丈夫、わたしに任せて下さい!」
「そ、それは有り難いのですが……」
どうやらもうサーニャを説得するのは難しいみたいだ。この分だと放っておいても一人で来てしまう可能性だってあるかもしれない。それなら、最初から同行してもらった方が守りやすい。
「エレノア……サーニャにも同行してもらおう。オレもエレノアに一人で引き付けてもらうのは心配だし、回復役としてサーニャがいてくれると心強い」
「しかし……」
「大丈夫だ、それに……」
そうなのだ。ティルのいうことを信じれば、オレは世界最強の破壊力を出せるはずなのだ。だから、
「オレが一撃で決めれば、それで終わりだ」
結局、サーニャとエレノアの安全はそこにかかっているのだから。
決めてみせる、一撃で。
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