第6話 高架橋下ヨリ

 フタコタマガワ駅近く、高架橋下。

 この位置からだとタカシマ屋が見える。ここいらにはまだ人が残っているらしい。

 それと幾らかの物資も積まれている。


「ここらは道が広いから、これらの運搬も楽なんだ」

「どうしてこの付近は狸が寄り付いていない?」

「タヌキヲンの“笠”と同様の技術だ、あれをご覧」

「道祖神……?」


 タヌキヲンほどではないが、七メートルほどの高さの道祖神が、道に埋まっている。プールのあるスポーツジムの前の路上だ。

 あとから村正が教わったところによると、道祖神フレーム(自律無人機群)と呼ばれているらしい。


「あれを要所に置くことでここいらはそれなりに安全に過ごせている。数の配備は間に合っていないがね」


 河川や渓流を周辺とした都内各所では、巨大化した狸らが我が物顔で徘徊する。人を喰らうのは陰八相とごく一部の個体であるが、それでも巨大かつ先鋭的な個体の出現と繁殖に人々は恐怖し、旧首都圏からは人が逃げ、すっかり廃れていった。


「けど当然ここに住まう以上は抵抗したいのもそうだ」


 害獣駆除?

 火力で都内各所の狸を定期的に掃討しようという試みは実際に起こっていて当初も実践されたが、やがて生半可な火器には連中すぐに耐性をつけるようになった。

 狸というのは生来臆病な性質をしていると言われるが、そうして狸寝入りに気絶して生き残ってやり過ごしたものを現場で杜撰に放置したという案件が各自治体では何件もあり、マニュアルも浸透しないうちに人間は奴らに追いやられてしまったのだ。

 そしてカントーから逃れる人々にはラクーンドックキャンセラーをそれ以上対外的に拡散しないための防疫が義務づけられ、彼らは忌み嫌われるようになった。


「旧首都圏民の撤退、他県への流出は緩やさで速やかにして起こった一方、各自治体は税収の緩和などで人々の足止めを図ろうとしたがそれもやむなく行き場のない貧困層をそこに残すばかり、きみもそういう一類だから郊外とは言え首都圏域に残ったんだろう?」

「……」

「それで狸の喰いものにされてしまったなんて件、この10年じゃさほど珍しい話でもないのよ。

 その点きみは、自分だけが不幸だなんて風には思わなかったようだが」

「当たり前だ、弱いのが悪いんでもなければ金のあるなしの問題でもない、そも狸が徘徊しているのがいけないんだ」

「その点ではきみと私とじゃいつまでも意見の相容れそうにないな……」


 ところで七メートル大の道祖神の背中がぱっくりと開いて、なかから人影が降りてきた。人は乗れないというので整備だろう、少女だった。


「あら、新入りさん?

 にしては随分と荒んでる顔ねぇ……」

「あぁ、少年は仇を討ったばかりだからな」

「仇?

 なんだかめんどくさい生き方してそう」


 彼女の声は白く、何処となく軽い虚しさを感じさせる。


「すると今はどうなの?」

「えっ……」


 村正は突然のことに返す言葉を探して動揺する。


「あっと、──狸どもをとにかくぶっ殺」

「違うでしょ?

 きみは自分で納得できないけど、取り敢えず屠れれば格好はつくと思ってるだけ」

「……」

「与えられる道具を使いこなすなら、自分だけの力でできるなんて思い上がらないように──テツゾー、この子、タヌキヲンに乗せるつもりね?」

「あぁ、若いヤツにやって貰えるのは非常に助かるんで」

「今どき大概の子は狸よりも及び腰で、さっさと旧首都圏を出ていってしまってるわよね……残ってるやつも碌でもないものだけど、何処で拾ったの?」

「チョウフ駅にて、陰八相の」

「“楽”と“猿”の徘徊が目撃されたところよね、映画館で何人か喰われて封鎖されてたんじゃなかった?」

「その妹の敵討ちに手製の火炎放射器なんて小細工を持ってチョウフの街を駆けてたんだよ」

「蛮勇ね」


 彼女は村正の行為をばっさりと切り捨てる。


「そういうあなたは誰なんです?」

「少なくともテツゾーよりはマシな方と覚えてくれればいいかしら、本多由比(ほんだゆい)、お姉さんが手取り足取り教えてあげましょう」

「そりゃ、どうも」


 村正は恐縮して、居心地の悪そうにする。そして由比(ゆい)は村正の顎に指をかけて見定め、にやりと笑う。


「うん、悪くないね」

「なんです?」

「いい目をした男の子が来たなと」

「?」

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