8.不思議な食事処

イルカを見たあと、水族館の雰囲気を堪能し江ノ島に向かう。

「水族館楽しかったなぁ」

「江ノ島も食べ物なしだったら海だけど飽きない?」

「もしかしたら幽霊限定のお店とかあるんじゃない?」

「あるかも、そんな雰囲気あるよね 鎌倉とか」

もしそうなら、なんというか。

不思議の一言に収まりきらないが一言で表現するなら不思議だ。

それより、僕の頭の中では江ノ島に行くとき、片瀬江ノ島駅で降りて風の強い、長い橋を渡り島に行くのが楽しみのひとつなんだ。

駅の近くにも美味しい食べ物屋さんなんかあったりするんだけど…。

「ついたぁ」

「うわぁあつぬるい~」

「たしかに、あつぬるい」

地球温暖化の影響か、夏は湿度が高く、風ですらしつこく身体にまとわりつく。

爽やかな景色から想像出来る爽やかな気候ではない。

「ねえ、冬音 小学生の頃の夏ってもっと爽やかな感じじゃなかった?」

「うん、湿気もそんなになかった気がする」

「まあ、汗かかないからいいけど」

そんな話をしていると遠くの方から何度も人を呼ぶ声が聞こえる。

「おーい!君たち!おーい!」


「迷子かな」

「かもね」


「聞こえてるんだろ~!ほら、お二人さん」


「え、私たちじゃないよね」

「まさか、見えてるわけない」

「でもさ、完全にこっち来てるよね」

「凄い霊感の持ち主だったり」

その男と僕達の距離は10メートルほどになる。

「ほら、君ら死んでるんでるんだろ?無視はきついぜ」


「「お兄さん見えるんですか!?」」

僕達はあまりの驚愕に同じ台詞を同時に叫んでしまう。

「あはは、仲いいなぁ 見えるし俺も死んでるんだ

君ら2日目だろ?兄ちゃん、これやるよ」

男が渡してきたのは…

「がま口財布…」

それもいかにも江ノ島で売っていそうな雰囲気のある柄だ。

「はっはっその様子じゃ知らねぇようだな、

俺も仕組みとか分からねえけどよ

まだ数は少ない見たいだけどこういう観光地では飲食が出来るんだ 死んだ人間の最期の娯楽っていうのかな」


「でも、お金とかないです」

「そりゃあそうだ、どんな金持ちも金を持って死ねないからな だからこの金の尽きない無限財布を渡したんだ

気にするな、俺はここに来た奴に財布を渡すのが仕事なんだ」

「それじゃ、お兄さんは期限とかないんですか?」

「あぁ、いろいろあってな 店やってるやつもみんな理由は様々だ 悪さをして次に行けないやつもいれば何百年も幽霊用老舗の女将やってるのもいる 」

ふと、男のズボンの右 いかにも90年代の女子高生が携帯に付けていそうな古いストラップが目に入る。


男はそれに気がついたようで、

「あぁ、これか 母さんがくれたんだ

そんなことより、早くしねえと時間なくなるぞ

早く遊んでこい」


町の方に背中を押される。

後ろを見ると男はいなくなっていた。


ありがとう。

「よし、冬音 なんでも奢ってやるぞ」

「え、人からもらった財布で?」

ジロリと視線を感じる。

「うそうそ、冗談だよ」

1人で笑い始める。

笑うというより、大爆笑だ。

「早く江ノ島行こ!」

冬音に手を引っ張られ、楽しみの一つの長く風の強い橋に足をかける。

「風つよ~」

波の飛沫が顔にかかりひんやりと気持ちいい。

雲のない青い空を見上げると鳶が何かを狙うよに旋回する。

「ねえ、橋の下でバーベキューやってるよ」

「い~な~」

橋と言っても最初の方は下が海ではなく砂浜だ。

夏は日差しから避けるように橋の下でバーベキューをする人が多い。

橋の真ん中まで来ると下はもう深い海だ。

「ねえ、璃音 魚だ!」

「お~結構いるんだね」

「早く行こ!」

彼女の楽しそうな笑顔はあと、何回見れるだろう。

手を引っ張られながら切ない気持ちになる。

島に着くとデカデカと江ノ島にようこそという看板が飾られている。

江ノ島と言えば坂になった商店街。

その入口のすぐ横に早速美味しそうな香りを出すお店が客をひきよせる。

焼き貝に焼きイカ、生しらすドンなど様々だ。

「うわぁ、美味しそう」

「貝食べよ!」

幽霊でも食べられるお店…

うーん…

「ねえ!璃音!みてみて!」

「幽霊の…御食事処?」

こんなのがあるなんて気が付かなかった。

人が賑わう店と店の間、そこに小さな看板と暖簾。

看板には貝殻が丁度よく焦げたサザエの壷焼き、透明でキラキラと光る生しらす丼、肉厚で身から出た出汁が輝くハマグリ焼きなど見るだけでヨダレのでるメニューが広がる。

ここだ!

そう感じ今度は僕が彼女の手を引く。

「ここに行こう!」

「うん!」

暖簾をくぐると店と店の間とは思えないほど広い、と言うより広大な古い和食屋さんという感じだった。

奥の方からお婆さんの声が聞こえる。

「あら、いらっしゃい 好きなとこ座って」

「はーい」

冬音は元気に返事をする。

凄いな、初めてなのにかなり馴染んでいる。

席に座り見舞わたすとカップルや一人で来ている人も数人いる。

意外といるんだなぁ。

「あら、お似合いだねぇ」

お婆さんが厨房から注文を聞きに来る。

「あはは、ありがとうございます」

彼女は笑いながら話す。

「えっと、焼きイカとハマグリとサザエとしらすとオムライスで!璃音はどうする?」

「え?じゃ、じゃあ生しらす丼で」

「はいよ、お姉ちゃん大食いだね、食べる子はいい子よあっはっは」

笑いながら厨房に戻っていく。

「何だか変な気分だ」

「どうしたの?あ!おばちゃん オレンジジュース!」

「はぁい」


「常連かよ」

「こういう所はこういうテンションがいいんだよ」

確かにその通りかもしれない。


「ところで、変な気分って?」

「なんかさ、奇妙な話に出てきそうな不思議な感じ」

「なんじゃそりゃ、もう死んでるんだ 何が起きても受け入れないと」

「適応力って感じだね」

「まあねぇ」



「はい、オレンジジュース」

「ありがとう!」

神妙な顔をしているとお婆さん声をかけてくれる。

「あなたね気にしないでいいのよ、こういうの女の子の方がすぐ受け入れられるのよ」

「うーん」

「ほら、あそこの子達みてみな

男の子の方 彼女の話全然頭に入ってないでしょ」

確かにかなり考え込んでいる。

「ほら、あなたも!考えても分からないことに時間を取られるのは勿体ないわよ!」

声を上げ遠くのカップルにも助言する。

「私はね後悔して欲しくないから、食事を出すだけじゃなくてこういう助言もしてるの、無駄に少ない時間を悩んで終わらせるなんて勿体ないじゃない」


その通りだ、としかいいようがない。

お兄さんといいこの人といい優しい人と出会えてよかった。

「ほら、あんたたちも楽しみなさい」


「ありがとうございます!」

僕はずっと重たかった頭がスっと軽くなった気がした。

「じゃ、もうちょっと待ってね」


「璃音はまだまだだねぇ」

ニヤニヤとした顔でこちらを見る。

「からかうなよ」

「はいはい、ふふ」

「笑ってるぞ」

「笑ってないよ、うっふふ」

「ほら」

「璃音もにやけてるよ」

「やめろって~」

「ねえ、話変わるけど…岩畳行こうよ」

「あの張り紙見たでしょ」

壁にはられている江ノ島の張り紙。

その中のひとつに江ノ島の岩畳についてのものがあり、目立つ。

「ばれた?」

「ここに来て行かない人なんて居ないよ」

「だよね~」



「はい、お待たせ~」


「「おぉ~!!」」


「オムライスとしらす丼もうちょっとまってね」

「はーい」


看板の写真よりも美味しいそうだ。

「冷めないうちに食べよ」

ハマグリの貝殻はカラカラに乾いている。

かなり熱そうだ。

まずイカ焼きかな。

「「あ…」」

二人ともイカ焼きにむけ箸を走らせ同じ部分を取ろうとした。

ちょっと盛り上げてみるかな、ふとこう思ったことを後悔することになるなんて…。

「これって…うんめい!?」

「え…?何いきなり」

「いや、なんでもない」

「恥ずかしぃ~なにそれぇ~うんめいだって~」

「やめてよ」

「あっははは、面白かったぞ」

「上からだな」

「まあね、ほら、イカ焼き食べないと冷めるぞ」

言う通りにイカ焼きを口に入れる。

歯に抵抗する弾力はプチンと音を立て力尽きる。

それを繰り返す中、甘辛いタレは舌を包む。

「美味しいね!」

「うん!来てよかったぁ」

「貝食べよ」

「あついから気をつけてね」

「大丈夫大丈夫」

彼女は殻から身をとり口に入れる。

「あっふ……」

口をおさえもぐもぐしながら黙り込む。

「え、大丈夫?」

「……」

「水のむ?」

「……ゴクン……美味しすぎる」

「食べてみて、ほら一口で!」

「まって…」

口に入れられると同時に熱さを感じる。

「はふはふ……はふ…」

「あっはははは」

彼女の笑い声など頭に入らなかった。

熱さになれハマグリの身に歯を立てるとまるで食べられないように正当防衛しているかのように灼熱の汁を出す。

「んん!あふふぎふ!」

「なにそれ!あっはははは」

彼女も僕も涙目だ。

理由は様々だ全く違うけど。

ハマグリの熱が取れ味を感じるようになると次はあまりの美味しさに感嘆の吐息が漏れる。

「はぁ、美味しいねこれ」

「でしょ、この食べ方が一番美味しいんだよ」

熱くて火傷しそうなこの食べ方、熱いときは口から出したくなるほどだけど食べ終わると何よりも達成感というか美味しさというか、いい感情が押し寄せやって良かったと思わせてくれる。


簡単に言うとこの食べ方は、かなり美味しい。

おすすめだ。

「サザエ!サザエ!」

名前を言いながら食べる人は初めて見た。

僕もサザエを口に入れる。

これもちょうど良い塩加減。

「美味しいなぁ」

「うん、来てよかった」


「美味しいでしょ~はい、オムライスと生しらす丼ね」

「「はーい」」

「オムライスも美味しそうだね」

「食べる?」

「うん、一口」

「じゃあしらす丼上だけちょうだい」

「え…?」

「うそ、五口でいいよ」

「いいけど」

「やっさしぃ~」


ふっわっふっわっなたまごに包まれた玉子を割るとキラキラと宝石のような半熟卵がとろけ出す。

赤いチキンライスと一緒にスプーンに乗せる。

それを口に入れる。

「………美味しい」

見ているだけでも美味しそうだ。

「一口ね…」

「うん…」


口に入れると玉子は濃厚にとろけ米粒は一粒一粒がいい自己主張をする。

味は昔ながらのオムライス。

を進化させたような…

名前を付けるなら

「トロトロ昔ながらのオムライスだね」

「おぉ~」

「名前つけるならね」

「そのまんまじゃん」

「たしかに」

「生しらす丼食べてよ」

「うん」

白銀の米の上に広がる透明に黒い模様が入った小さな魚は一匹一匹しっかりと存在感を出しながらもまとまっている。

中心に爽やかな薄黄色のすり生姜が乗せられている。

キラキラと輝くしらす達にしらす丼専用と書かれた醤油を垂らす。


美味しそうだ…


透明な魚に醤油がかかり、輝きは極まる。


生姜を崩す。

米、生姜、しらすを木製スプーンにのせ口に運ぶ。


見た目通り一匹でも歯ごたえがあり主張も強め、それでいてまとまりも強く、しらす、米、生姜、醤油でひとつの物になっている。


味は…


甘い。


生しらすといえば、プチプチとした食感と独特の苦味があるというイメージが覆された。


プチンプチンとしっかりとした食感なのに柔らかく甘みの後に爽やかな苦味がくる。

醤油も専用と書かれているだけあって爽やかで海の香りが引き立つ。

生姜はしらすの若干の生臭さを上手く消して良い部分だけを感じさせてくれる。

「美味しい…」

「一口!」

スプーンを奪われ生しらす丼を掬い取られる。

「んー!美味しい!」

「美味しいね、もっと食べていいよ」

「やった!」

美味しいものも楽しい場所も共有出来るのは何よりも大切な時間だ。


これを生きている人間が食べたら人口が激減するだろうな。

死者の特権があるなんて思わなかったよ。


お互いに食べ合いながら至福の時を過ごした。

「ふぅ~お腹いっぱい」

「行こっか」

「うん!」


「「ご馳走様です」」

「はーい、3千円になります」

がま口財布を開くと3千円丁度が取ってほしそうに飛び出てきたことに驚く。

「それね、お店の人が言った金額分いくらでも出てくるのよ」


「へぇ、便利だね~、生きてる時に欲しいねそれ」

「あっはっははは、お姉ちゃん面白いね~」

冬音とこのお婆さんはどこか似ているな。

お婆さんが若いのか、冬音がお婆さんよりなのか。

後者かな。

「じゃあ、楽しんでくるんだよ~」

「「はーい!」」


外へ出ると人も増えていた。

平日という事もあって混雑とまではいかないが観光地としての貫禄は出ている。

「よし、岩畳のついでに坂の上のタコせんべいでも食べに行くか」

「お、いい案だね」

「まあね~」

得意げにしたからか、少しの沈黙が流れる。

「あのおばちゃんに会えてよかったね」

「え?」

「璃音がちゃんと楽しめるようになったから」

「たしかに」

「よし!じゃあ行こ!」

「うん!」


僕達は坂の商店街を目指す。

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