【9】雷神 対 灼熱君子

 風神愚島は《流砂丸》戦の途中から戦闘を観戦していた。どうやら雷神にはまだ気づかれてない。愚島は炎魔の付き添いの役人に話しかけて、プログラムの二回戦に名を連ねる《灼熱君子》という男がどんな異能者かを尋ねた。

「《灼熱君子》様は、炎魔七人衆でも、《炎熱千拾郎》様に続く実力者として有名な方でございます」

「すると……、炎魔は二回戦にして勝負をかけるつもりか?」

「無論、七人衆はどなた様も猛者ですが、雷神も消耗が激しい――ただし、ひとつ危惧するところがあれば、それは《灼熱君子》様は《流砂丸》様ほど腹を括っていないご様子」

「なぜだ?」

「根っからの天才でございまして、また実戦経験にも疎いのでございます――あの激闘の後で、尻込みしなければ良いのですが」

「《灼熱君子》には会えるか?」

「なにゆえ?」

「ちょっと話がある……貴殿のいう事もあながち無視できないということだ」




 その頃、雷神は控え室にて一回戦を振り返っていた。

 《流砂丸》という異能者のことについて考えていた。さすが炎魔七人衆だけあってか、初戦から手ごたえのある相手だと思った。

 しかし雷神が危惧しているのは対戦相手のことではなく自分の丹力のことだ。

 このペースで戦い続ければ炎魔本人にたどり着く前に丹力を使い果たしてしまうだろう。

 そして、それこそ炎魔が七人衆を連れてきた本当の理由。間接的に雷神の消耗を狙う腹積もりなのだろう。

「ここらで一撃必殺できれば――なお良いな」

 それは案外簡単なことだ、雷神の異能は攻撃力に申し分ない。問題は当てられるか、当てられないか、それだけだった。




 二戦目の開始間際。闘技エリアに控え室から雷神と《灼熱君子》がやってくる。

「よぅ、あんたが二戦目の俺の餌食になりたい異能者か?」

「…………」

 雷神からの挑戦的な投げかけに《灼熱君子》は答えない。雷神は両手をあげて誇張なジェスチャーを取り繕ってみせる。

「おいおい、無視かよ……こりゃあ、随分と嫌われたもんだな」


 その頃、外野で見守る炎魔に向かって見かねた《炎熱千拾郎》が尋ねる。

「奴は大丈夫でしょうか?」

「能力は申し分ない。しかし、問題はメンタルだろう」

「それを悟って雷神は動揺を誘おうと?」

「そんなことは――闘志としての天性の勘と言う奴か――しかし、このままでは本来の力を発揮できないやもしれん……」


 外野の心配を他所に、二人は定位置につく。戦いは今すぐにでも始まろうとしていた。《三界神》が審判をつとめる。

「それではこれより、第二回戦を開始する――――!」

「――――!」

 開始早々、雷神は《電撃化》して空中に飛び上がった。一回戦に先制攻撃を逃したことを悔いていた。

 雷神は《プラズマ》をチャージする――早くも勝負を決しにかかった。ところが――《灼熱君子》はたじろぐどころか肉体を炎に変えて雷神に突進したのだ。

 《灼熱君子》の《火炎化》だ――肉体を属性化させることによってほとんど無敵。そして触れること自体殺傷能力を持った炎の化身に姿を変えた。

 属性化した肉体に電撃がすり抜けるため《プラズマ》は無駄に終わった。《灼熱君子》は雷神に接近すると手のひらから赤く染まった液体のようなものを雷神に向かって射出した。

「――――!」

 それは雷神の身体を包み込むように変形する。意思ある液体のようだ。

「――――(俺は攻撃しているんじゃない。今、やられかけている!?)」

 《電撃化》状態では質量を感じられない――しかし液体はよく見れば煙を上げている。その時、雷神は気づく。

「これは――熱せられた金属か!?」


 《灼熱君子》の異能、《自己鍛錬》だ。触れたものを溶かし金属に変化させる。

 実は《灼熱君子》の異能は《火炎化》と、この《自己鍛錬》の二種類しかない。しかしこの二つが最強であるゆえに他の異能などは必要なかったのである。

 しかし、ここに来て自分が雷神にとって最高の相性である以上に、最も不利な戦いを強いられることも自覚していた。なぜなら《電撃化》した雷神にまともにダメージを与えられる方策がなかったためだ。――案の定、雷神の方も戦いの難しさを悟って逡巡する。


「(くっそ――こいつも肉体の属性化持ちか――長期戦にもつれ込むぞ――!)」

「…………!」

 雷神は辛うじて溶解金属から逃れるものの――あと一歩逃げ足が遅ければ全身を囲い込まれていたことに怖気が立った。


 そう、――――それが《灼熱君子》の唯一つの勝ち筋だったのだ。二回戦が始まる前、控え室に風神愚島と名乗る異能者の老人が尋ねてきた。

 《灼熱君子》が自分に必勝の異能がないことを打ち明けると、老人は敵を物理的に倒すことが戦いの全てではないと答えた。一回戦の《流砂丸》のように雷神の肉体を捉えて拘束できれば――無力化できれば、それは異能戦の勝利を意味する。


 問題は《電撃化》して縦横無尽に飛び回る雷神を鈍足で射程も短い《自己鍛錬》の異能で囲い込むことだった。――それは実質不可能に近い。

 あえて雷神の先制攻撃を促したのも愚島のアイディアだ。戦いに急ぐ雷神は、タメの長い《プラズマ》を仕掛けてくる。

 その隙に近づけば、同じくタメの長い《自己鍛錬》でも勝算がある――――と。

 ところが《灼熱君子》はチャンスを逃した。ここからは自力で異能を当てる方法を考えなくてはならない。


 その様子を遠くで固唾を呑み見守っていた愚島は誰にでもなく独白する。

「勝ち筋は教えたぞ――あとは意匠を凝らし敵を嵌める方法を考えるだけだ」


 そんな愚島の意思と裏腹に、雷神は《灼熱君子》に止めを刺すための方法を考えていた。

「(俺の異能の中に属性化した異能者にダメージを与えられる異能は存在しない――ならば異能以外の方法を考えなければならないが――)」

 とはいえ、雷神も策略で戦うタイプではない。

 雷神が距離を取ると《灼熱君子》は必死で詰めてくる。《自己鍛錬》は手の触れ合う物体にしか効果を及ぼせないことを悟る。

 《灼熱君子》は地面を溶解させ次々に鉄のガラクタを精製してくる――雷神はそんな無作為な異能に痺れを切らして思わず叫ぶ。

「そんなもので俺を捕らえきれると思うかっ――!」

 ――すると、《火炎化》状態の灼熱君子が地上のオブジェクトの間から姿を現す――ロープ状にした溶解金属を雷神に向かって放ってくる。


 なるほど、と――雷神は思った。無意味に思えた無数のオブジェクトは変形中の溶解金属を雷神に見つからないように隠すものだった。雷神がロープを交わすと、雷神の背後で溶解金属のロープはパッと網のように拡散した。《灼熱君子》自身も雷神に向かって突進してくる。雷神は前後で挟まれる。


「――――!」

 その時、雷神は《電撃化》して網の追跡を掻い潜ると、《灼熱君子》に向かって怪光線を放った。

 それは《ファイルビーム》と呼ばれる異能だ。殺傷能力は持たないが直撃した異能者の異能をランダムにひとつ封じ込めることができる。封殺できる時間は不安定だった。

 雷神は二つの異能を使いまわす《灼熱君子》に他に使える異能がないことを悟る――――すると、この異能は確実に《灼熱君子》に効果があると判断した。

「三発食らえば――てめぇは凡人だ!」


 《ファイルビーム》は最初は一発、二つ目は二発と、効果を及ぼすたび必要な照射回数が増えていく――――ところが《灼熱君子》は雷神の攻撃に対策を練っていた。

「なっ――なにぃっ!?」

 練成した溶解金属の鏡面反射を利用することにより《ファイルビーム》を跳ね返したのだ。危うく雷神は自ら放った異能にかかるところだったが回避に成功する。

 しかし反射した《ファイルビーム》に気を取られて《灼熱君子》が直前まで迫ってきている――冷やされ黒く硬質化した金属体に《灼熱君子》が触れることで再び赤く変形する。

「くっ――!」

 ついに溶解金属は雷神を包み込む。


「やったか――!?」

 外部から感嘆の声が漏れる――――ところが、そう上手くはいかない。

 雷神は赤く熱された硬化する前の金属を《電撃化》したままの突進でぶち破り、拘束から逃れ出てしまった。

 《灼熱君子》の敗因は金属不足だった――それに尽きる――ただでさえ脆く脆弱な金属で雷神を拘束しようと思ったら何十トンもの金属で雷神を覆う必要があったろう。ところが、地上から遠く離れた上空に赤く熱せられた高温の溶解金属を持ち出すことは、物理的に無理があったのだ。


 《灼熱君子》は自らが作った造形物の下に隠れて姿が見えなくなった。雷神は《プラズマ》で全ての造形物を破壊する。

「――――!」

 すると赤く熱せられた金属は残り、冷やされ黒く硬質化した金属だけが粉々に砕け散った。

「(瓦礫に紛れて俺に近づく腹積もりか)」

 ところが、《灼熱君子》が近づいてくるそぶりは無い――雷神は手近な金属片を手にとって眺める。

「――――!」

 ある事に気づく、それは金属片が薄いことだった。

「(この異能は冷却を外気に頼っている――だから早く状態を安定させたい部分に限っては薄く引き伸ばされている、ゆえに脆弱)」

 ひとつの発見だったが、それは《灼熱君子》打倒に関与するわけではない。

「(奴は本当に俺を急襲するために無尽蔵にガラクタを作り出しているのか……?)」

 ひとつの疑問だった。こうしてせっせと金属のオブジェクトを生成しても、雷神の《プラズマ》でもって一瞬で破壊されてしまう。何か別の目的のために存在しているように思えてならない――だが優先するべきは《炎熱君子》を見つけることだ。


 ところが――、瓦礫の中からずしゃりと音が聞こえたかと思うと中から黒焦げの《灼熱君子》が姿を現した。

「なっ――なにっ!?」

 何のことはない。《灼熱君子》も雷神同様、属性化を長時間維持することは出来なかったのだ。

 実体化している状態を狙われないようわざと障壁を設けて身を隠していた。ところが偶然放った雷神の《プラズマ》と実体化のインターバルが重なり黒焦げになった。

 なんともあっけない幕切れとなってしまった。その異能を放った雷神さえも未だに状況が理解できないでいた。

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