風神の《雷神》

@junichi

【1】雷神 対 竜神

 通称『雷神』。浅間勘句郎は世界最強の異能者だ。

 人里を襲い、多くの異能者をも殺す彼には10種類の異能があるという――その全てを見たものは居ない。今日も雷神を打倒するため一人の異能者が彼がねぐらにするという世界の外れの荒野の山、《風亭山》へと訪れた。


 古代のはずれ、仙人界と呼び、異形の能力に目覚めた人間達を隔離しておく世界があった。地域一帯のカストル地形より生まれた剣の先を立てたような険しい山脈の間を縫って、霧のような薄い雲が漂い眼下を覆っている。

 この世界には幾千の異能者が現れては、そしてまた消えていった。


 異能者は丹力という力をもって異能を使う。丹力は異能に目覚めたものがそれぞれ感じることが出来る力の源であり、己から捻出する精力と土地から放出される気力を練り合わせることで生成できると言われているのだ。


 屈強な来訪者は別名『竜神』という。彼は今、長旅の末に見つけた《風亭山》のふもとにて誰にでもなく独白する。

「雷神には――10つの異能があるという……ただし、それは雷神の持つ全ての能力ではなく、最も優れた10種の能力というだけ……」

 歴戦の戦士たちが雷神との死闘から言い伝える10種の異能。それはいずれも世界の物理法則に干渉するほど恐ろしい力なのだという。竜神は打ち震えていた、今まで幾千の異能と合間見えてきた、しかし、それでも彼は満足に足る激闘には出会えたためしがない。

 強すぎた――――それに尽きる。竜神は強すぎたのである。

 雷神ほどでないにせよ、彼にも強力な異能とそして生まれ持った戦士としての才覚がある。

 自らが求める最高の戦いを求めて、ついにはこんな僻地にまで赴いてしまったことを、竜神はほとほと後悔していた。故郷には子を置き去りにした。今頃、泣き喚いていることだろう。


 突然、一筋の電撃が走った。竜神は超眼力で事前に危険を察知して電撃を交わす。

 すると、雷神、浅間勘句郎から思わぬ感嘆の声と賛辞の言葉が飛んできた。

「驚いた! ――――その電撃を交わせる異能者が現世にまだ存在してたとはね!」

「…………!」

 竜神は、声のする方をキッと睨みつけた。

 そこには狂人めいたにやけ面を惜しげもなく顔面に張り付け、屈託もなく笑い声を上げる背丈五尺五寸ほどの痩せこけた青年がいた。黄色の金髪に、黒い無地の袖なしTシャツにダメージジーンズという身軽な装いだ。腰の黒地のベルトに括りつけられた動物の牙を象った民族装飾の腰飾りだけ場違いで印象的だ。雷神は両手をジーンズのポケットに突っ込み、底意地の悪そうに竜神を一瞥してくる。竜神は大きく予想に反した風貌に一瞬驚いたが、改まっていう。


「貴様!……貴様が雷神か!?」

「ご名答……竜神、威男蘇正治――それも一種の能力か?」

「……《超眼力》。私の右目は時間軸を超越し、左目は空間軸を超越する……すなわち両目をあわせて私は世界の全てを見据えることができるのだ」

「はっはは! ――そいつは面白い! ガチャ目でなけりゃ、敵ナシってわけだ!」

 竜神は不敵な笑みを浮かべる。

「――雷神。なぜ私が自らの能力を惜しげもなく明かしたかわかるか?」

「……何?」

「能力を明かすこと……これすなわち、私の能力をもう一段階覚醒させるための条件なのだ!」

 ――――ドウッ!

 竜神を取り巻く青い闘気のようなものが放出された。


 そして、竜神の額がぱくりと真っ二つに開くと、その穴からぎょろりと第三の目が姿を見せた。

「ほほぅ……こいつは驚いた……――」

 まるで、雷神は見惚れるように竜神の変貌を見守っていた。その様は、敵が彼に敵意を向けているにも拘らず、感嘆の色を隠さなかった。

「この目は《魚視》という。両目は時間と空間、この目は心の機微を詳らかにするのだ」

「恐ろしい瞳術だ……さすがは百万年に一人の逸材と称された竜神。その称号は伊達じゃあないみたいだな……」

「えらく他人事見たくいう……そういう貴様は何年の逸材のつもりだ?」

「さぁ――――百億年くらいか?」

「笑止――!」

 竜神は音速をも上回る速度で雷神に飛び掛る。先制攻撃は竜神だった。

 受け手の雷神も最速と名高い光速の能力者だったが、さすがに音速となれば話は別だ、最悪の事態を避けるため手堅い最善の防御策を講じる。


「グゥオオオオオオゥッ!」


 雷神は一瞬にして体を電流に変化させた。触れるものを一瞬で焼き尽くす電撃だ。雷の化身となった雷神に体当たりされれば、たまらず竜神も悲鳴をあげる。


「ぐぅっ――!」


 それでも何とか形勢を立て直すと、すぐその場から離脱する。


「俺もひとつ能力を明かそうか――これが俗に言う《電撃化》だ。こいつは最強の矛にも、また最強の盾にもなるってわけさ」

「ふぅ――ふぅ――」


 竜神は死角に隠れて身悶えする。雷神は続けていう。


「《電撃化》中はエネルギーを激しく消耗するが……こうして物理攻撃の全ては無効化し、また伝導体を伝って身を隠し、または光速で移動できるのさ」


「な……なんて不条理――こんな能力があってたまるか……」

「ほんと不条理だよなぁ……」

 その時、岩山裏に隠れていた竜神の鎧と頑丈な腹筋を岩山ごと、意図も容易く電流が貫通する。


「グガァアアアアッ!」


「――はっは。良い目を持ってても、使い手次第じゃ豚に真珠ってわけか」


 それは電撃と化した雷神の光速の突進攻撃だった。雷神は竜神の前で再び実体化するとなじるように吐き捨てた。

 雷神の言うことは正しかった。最強の三つ目を持つ竜神だったが、滅多に開眼しないことが彼の経験不足を露呈させる。

 この時、自分のダメージばかりに気を取られて、相手方の居場所に無頓着になってしまっていた。


「ぜぇ、ぜぇ……」

「なんだ竜神。もう虫の息じゃないか」

「…………笑止――私がなぜ竜の神なぞ呼ばれているか……貴様に教えてしんぜよう」

「なに?」

 その瞬間。竜神の傷跡が見る見る塞がっていく、そればかりでなく、破壊された鎧も元通り回復してしまった。


「私の第二の能力超再生だ……防御を犠牲にして、肉体を完全回復させることができる……」

「こいつは驚いた……じゃあ貴様は無敵ってことか?」

「ふっふ――おかげで貴様の能力もひとつ判明したぞ――電波を使ったのだな?」

「その通り。俺は半径二十キロ圏内に電波を飛ばし反射波を感知することで五感に頼らずに、あらゆる生命体の居場所を検知できる」

「最強の索敵能力――――」

「ただ、こいつはあくまでも補助的なものに過ぎない、本当の能力は別にある」

「なっ――ぐはぁっ!?」


 竜神の臓物が四散する。今しがた回復した竜神の肉体は再び大破した。


「ふはは――、それこそが本当の能力見えざる殺し屋だ」

「電波で内臓に負荷を……これぞ、死の不意打ちか」

「ただ、この能力を持ってしても君を倒せないことは判明してしまったし……ううん、どうしよう。脳みそ吹き飛ばせば再起不能かな?」

「…………」


 竜神の蘇生能力は完全ではない。

 当然と言えば当然だ。あらゆる能力には欠点がある。それにしては竜神の蘇生能力は万能すぎた。

 彼の完全蘇生には回数制限があった。気力とは別途に蘇生能力のためだけに蓄積するエネルギーが存在する。これはひと月で一回分回復するものだ。

 最大で7回分までをストックすることが可能。つまり二度死んだ竜神はあと五回だけ完全蘇生が許された一種の綱渡りの状況にもあった。


 そのことを知ってから知らずか、雷神は暢気な調子でいう。

「仕掛けてこないんだな?」

 竜神は目を閉じて微動だにしない。蘇生後は直立不動になって、まるで瞑想しているかのごとく顔も安らかだった。

「――それは貴殿も同じはず――お互い大仰な能力を見せ合い悪戯に丹力を削りたくはあるまい」

「ほほぉ。なるほど――さすがは腐っても戦闘経験豊富な竜神様だ――年の功は俺よりも一枚上手ってことね……」

 竜神は嘲り笑うように吐き捨てると、気だる気に竜神を一瞥したまま忙しなく、彼の周囲をうろつき出す。

 この時竜神は悟っていた。勝負に焦る雷神が、消耗の激しい《見えざる殺し屋》の索敵網を常時張り巡らせていることを――――。


 そのため、雷神はこうしている間も、気力を大きく消耗し続けている。

 それは同時に、《見えざる殺し屋》のレーダー索敵以外他に広範囲に索敵網を張り巡らす能力を持っていないことを意味する。


 そこには珍しく雷神の怖れるのをひしひしと感じ取っていた。

 それに対して、3種類の索敵能力を駆使できる竜神の能力は対照的といっても良い。

 戦いが長期化すれば、それはおそらく竜神の有利に戦況が推移すると思われた、ところが雷神は言う。


「やめだ……、あんたの謀略の手のひらでまんまと転がされてる気がする……」

「見たところ……人に主導権を握られるのはお嫌いのようだが?」

「うるさいな」

「ほっほ――青い、青いぞ……まだまだ未熟者か」

「…………」


 雷神はかっとなって右手を空高く掲げる、竜神は身構えた。


「地下深くに龍脈を強く感じる……貴様……丹力の回復が狙いだな?」

「……ふふ」


 丹力は龍脈から得られる大地のエネルギーと自らの体内から生成する人のエネルギーを練り合わせることで生み出される。

 そのため、丹力の練成には地形の良し悪しに影響を受けた。異能者はそれぞれの好みによって大地のエネルギー、生体エネルギー、その他のエネルギーの調合の配分が異なる。

 配分によって、より能力の特性を生かすこともあれば、能力の性質を大幅に変化させることもできた。気力の練成こそ異能戦の基礎にして秘伝であり、奥義なのだ。


「おのれ姑息なまねを……」

 更に、龍脈からエネルギーを引き上げる引力には生来生まれ持ったポテンシャルに左右される。生体エネルギーの生産性にもポテンシャルが関わる、これらを加味すると強力な能力だけが強者とは言えない。

 自らの生まれ持った潜在能力を最大限に引き出すことができたものが、能力の精度や相性にさえも勝るのだ。

「くっそう――――!」


 雷神は放電を始める。気力を電力に変質させ、次の攻撃に備えるのだ。


「《見えざる殺し屋》はもう辞めたのか?」

「…………」

 竜神の問いに雷神は答えない。竜神は感づく。《見えざる殺し屋》を用いた必殺には時間と多大な丹力が必要なのだ。

 おそらく雷神には竜神ほど龍脈からエネルギーを引き出す力に弱く、もっと言えば生体エネルギーの生産力にも劣るのだろう。

 その証拠に、竜神の《魚視》には雷神の焦りの色がありありと見て取れた。


「死ねぇっ!」


 雷神が右手を振り下ろすと、超威力の電撃が解き放たれる。

 間もなく、竜神ごと彼が背を託した岩山が大破してしまった。恐ろしい威力だった。ただし予備動作が丸わかりだ。

 竜神はいとも容易く攻撃を交わす、雷神は未だ電撃攻撃で竜神を殺したと思い、顔ににやけ面が張り付いたままだ。砕け散った岩山の砂煙が舞い視界が閉ざされた。


「――もうひとつ――貴殿の弱点を知ったぞ?」

「――――!?」


 雷神は不意に、耳元から殺したはずの竜神の声が聞こえてゾッと背筋が凍った。


「貴殿は本体こそ光速の早さで移動できるが――動体視力は貧弱そのものだ。それもそのはず――音速以上の移動速度を目で捉えるならば、それこそ強力な瞳術が必要になる」

「……っ!」

「ただの人間の目には、この閉ざされた視界はさぞかし苦しいだろう――お得意のレーダー異能で索敵してみてはどうだ?」

「――――!」


 その瞬間、竜神の強力なアッパーカットが雷神の下あごに直撃した。みしり――、と、雷神の顎にヒビが入る音がして砂煙を振り切って空高くまで吹き飛ばされた。


「――――硬い!?」


 それは、地上で熱い拳を掲げた竜神の驚嘆の声だ。

 雷神の顎は恐ろしく硬かった。屈強な竜神の拳に滲む血が異様さを証明していた。

 竜神の拳は、巨大な山でさえも一撃で瓦解させるほどの威力を持っている。それを素のまま受ければ、単なる貧弱な青年の雷神がただで済むわけがなかった。


「なんてことだ――こんな能力をも持っていたとは……」


 次第に砂煙が晴れると、眼前には顎を押さえ、鼻血を流し目を血走らせた雷神が佇んでいた。


「……《電気鍍金》……俺の第三の能力だ――――」


「電流を持ってして体を硬質化させるか――大した汎用性よ……電気とはっ!」

 見事とばかりに、感嘆の声をあげる竜神。対する雷神は焦りの表情を崩さなかった。

 《電気鍍金》で一命を取り留めたものの、それを更に上回る竜神の鉄拳の超威力は計算外だった。

 雷神が顎を押さえたまま歯を食いしばると、続けて言う。

「遊びを終わりだ――完全に頭に来ちまったぜ」


「望むところ、次は貴殿の頭をカチ割ってくれよう……」

 竜神がおごる事もなく宣言すると、雷神は再び《電撃化》し、電流になった雷神は竜神の周囲を飛び回った。次第に電流は広く展開し巨大な化け物のようになった。


「――――むぅっ!?」


 竜神は音速で移動するが、《電撃化》した雷神は常に先回りする。そのたび竜神の足が地面を擦り砂煙が舞う。


「終わりだ! 死ね!」

「――っ!!?」

 その瞬間、雷神は野放しにしていた砂煙に触れ、大爆発を起こした。


 《粉塵爆発》だった。雷神は自らの放電によって発生した電流ドームに閉じ込められた竜神が焼け爛れた姿を想像する。

 ところが、竜神の姿はない、荒野の土中には大きな穴が空いていた。

「――!……地下に逃げたか!?」

 間もなく、モグラのように土中を這い回った竜神が雷神の背後から地上に向けて飛び上がる。

「くっ――!」


 その時、ぐらりと、雷神は目まいを感じた。

 普段は汎用しない《電撃化》を長時間維持し動き回ったためエネルギーを大きく消耗していた。やむなく完全防御の《電撃化》を解くしかなく、素の体のまま中空に投げ出された。

 雷神は《電気鍍金》を肉体に張り巡らせ、右手の五本の指を背後から迫り来る竜神に突きつけた。


「くそっ――――」


 雷神の右手の親指から電流が放たれる。

 それが竜神の右手に直撃して、竜神の右手を肩から跡形もなく消し飛ばした。


「――っ!」


 次に、雷神の薬指から電流が放たれる。

 それは奇しくも、竜神をかすめ、ダメージを与え損なってしまう。荒野に直撃し何事もなかったように掻き消える。

 今度は中指からも電流が射出される、それは竜神の脳天に向かった。


「ふはは!――死ねっ!」

「――――!」


 ところが、竜神が対策を講じないわけがない。

 竜神は目を剥いて口をバクリと開けた。喉の奥から粘性の強い銀色の液体が放たれる。


「なんだと!?」


 それは見る見る間に長く鋭く形成されると、がっちりと硬質化した。鉄の細い棒状になったそれは、竜神の口内から解き放たれて単独で宙を舞った。

 雷神の解き放った電流は、竜神の頭ではなく、鉄の棒を経由し、荒野へと落下した。


「《アイアンブレス》か――!」


 それは雷神も噂に聞く、竜神の特殊能力のひとつだ。

 口から七色のブレス攻撃を放つと言われる竜神は、中でも口から自由に造形を変える液体金属性の物体を吐き出す、酸素に触れ合うことで化学反応を起こし高質化する。

 時には竜神最強の矛になり、または盾になる。ここぞとばかりに繰り出した竜神の奥の手は、ここに来て雷神の攻撃を完璧に凌ぎきった。


 ――――ドウッ!

 その時、竜神の右肩から指先にかけて再生成される。

 《自己再生》だ。これは《超再生》とは違い、気力を用いることで比較的低コストでまた素早く損壊した肉体を再生する。

 再生能力に優れる竜神の中でも簡便で素早く、優秀な能力だった。


「くっ――」


 雷神の人差し指より四発目の雷撃が放たれる。

 竜神は咄嗟に身に纏った頑丈な鎧を投げ出し身軽になった。鉄の棒同様に避雷針代わりになる。雷撃はコースを変え荒野に落ちた。


 竜神と雷神の距離は迫ること1メートルほどとなった。両者が距離を詰めるのにはもはやコンマ一秒さえも必要ない。

 雷神の親指から五発目の最後の雷撃が繰り出される。

 竜神は再び口をがっぷりと開き、ブレスを放つ。

 口腔から放たれた唾液に伝達するようにして、電流の輪が形成される。

 俗に《サンダーボルトブレス》と呼ばれる、竜神の必殺の一撃のひとつだった。

 雷神との同系統の能力のパワー比べを制した竜神の攻撃は、雷神に直撃する。無論、ここではダメージを期待できない。


 雷の化身として、また雷を行使する雷神に対しては雷属性の攻撃ではダメージを期待できなかった。

 が――、五発目の雷撃は完全にいなし、全ての攻撃を防ぎきったことを意味する。


「《ダイナマイトブレスドライブ》ッ――――――!!」

「――――!!!」


 竜神は雄たけびと共に地上から跳躍した推進力に身を任せたまま、剛腕を振りかざす、全身の筋肉が五倍以上に隆起するタメの構えを取る。

 一瞬、――全ての時間が静止したかのような沈黙が漂う、恐ろしく平和な静寂だった。が、その一瞬の後、凄惨なほどの超威力によって繰り出される鉄拳が雷神に振りかざされる。


「グゥオオオオオォォオオオオオオオオオオオ!!!」


 竜神が再び雄たけびをあげて、渾身の拳が雷神の脳天に炸裂する。冗談のようにシンプルでいて、またこれ以上紛うことなき――最高威力の一撃だった。


 ――――ズドォォォォォン!!!!!!!


 超絶無慈悲の音速の鉄拳は、また、超空にソニックブームさえも発生させ、あたり一面にサイクロンのような突風を生じる。

 脆く、長い年月を雨風に晒された荒野の山々が、恐ろしい突風によって瓦解し、地平線までも消し飛ぶ。まるで核弾頭を投下したが如き有様だった。

 雷神は無残なほどの速度でもって地面に叩きつけられ、隕石の落下後の如き巨大なクレーターを生じさせた。大地が飛び跳ね、野生の動植物は悲鳴をあげて逃げ惑う。


 それでも雷神は地面に深く深くめり込むことをやめなかった。いや、やめられなかった。

 雷神は自分の肉体が土中の岩に削られ、まともな人の姿を保っていることさえも意識することができなかった。それでも深く深くめり込み続ける。


 そうした時が――――数分間続いた。



「ふぅぅ――――」


 ため息混じりに、竜神は大地に降り立つ。体中から蒸気が立ち上る、覚めやらぬ興奮に体の熱が収まらなかった。

「…………」

 それでも、竜神は冷静だった。これほどの超威力を解き放った矢先――しかし、竜神は幾度となくこれ以上の破壊行為を繰り返してきた。

 むしろ、竜神は威力不足を危惧する。世界最強の異能者と名高い雷神が、この程度小突いただけで根を上げる軟弱ぶりとは到底思えなかった――――。


「――――――!」


 そして、竜神の予想は最悪の形で的中する。

 雷神は怒っていた。それも最悪なほど――――。


「今のは――痛かったぞ」


 雷神は続けて言う。


「圧倒的に――今まで対峙して来た異能者よりも飛びぬけて――――だ」

「そいつは、感無量にござる」

 竜神は笑った。――――楽しかった。

 いや、楽しいに決まっている。これ程の大破壊を一身に受け止めて、それを更に上回るほどの怒りを募らせるような異能者だ。

 未だかつて対峙したことがないのは、それは皮肉なことにも竜神も同じだったのである。


「貴様には――俺の――誰にも見せたことのない能力を――特別に見せてやることにする」

「――――望むところだ」


 雷神の宣告に竜神は身構える。雷神は不敵に微笑み言う。


「吼えズラかかせてやるぜ――――おっさん」


 雷神は地面に向かって強力な電撃を放射する。すると、一瞬、土中から空に向かって雷が解き放たれた。


「――なにゆえっ――――!」


 竜神は警戒を維持したまま空を見上げる。

 すると、雷を受けた空にもくもくと雲が集い始める。募った雲は間もなく雨雲となり小雨を降らせた。竜神の頬を雨粒が叩きつけるたびに彼は徐々に落胆の色に塗りつぶされていく。

 体中の冷めやらぬ熱が雨水によって冷やされていくと、同時に楽しい遊びが終わってしまったかのような感情にも駆られた。


「何ということだ――まだ見ぬ能力などと嘯いておいて――天候を変化させる程度とは――」

「ふっふ――ふふ――――ふっふふ」

 雷神は俯いたまま、不気味に笑い続けるだけ。ついには、竜神は怒りに身を任せて絶叫する。


「いつままでそうしているつもりだ! 貴様がそのつもりなら、こちらから行くぞ!」


 痺れを切らした竜神はすぐさま、相手に飛び掛る構えを取る――――ところが、その時だった。気づけば頬を叩く雨粒が激しく、また大きくなっていることに気づく。そして遠くの方から雷鳴が聞こえてくる。


「嵐が激しく――?」

 その時だった、天空から雷鳴が轟く、落雷がすぐそばに落下した。

「むっ――?」

 無論、この程度の雷撃に、今更竜神が驚くようなことはない。その上、強力な瞳術を持つ彼にしてみれば緩やかな光の線を見守るほどに退屈な光景だったのだ。


「――――!?」


 ところが、竜神は驚きふためいた。雷撃にではない、その直後に生じた現象にだ。

 雷撃が落ちた地点には、雷神と同じ姿形をした男が立っていた。雷神のまだ見ぬ能力の正体、それは新手の分身の術だった。


「……この分身は完全に俺と同一だ、幻覚や、目晦ましのたぐいの安っぽいシロモノじゃあないぜ?」


 雷撃が荒野に何度も迸るたびに、雷神は数を増殖させていく。瞬く間に竜神は周囲20体あまりの雷神に取り囲まれてしまった。

 その時、竜神は絶句した。しかしその頃には、竜神の顔に落胆の色はもうなかった。戦いの闘志として人生を投げ打ってきた一人の男として、感極まって武者震いし、満面の笑みさえ顔面に張り付いていた。


 彼はこの圧倒的不利な戦況にさえ、興奮を覚えていた。自分が追い詰められていると言う状況、久しく縁のないシチュエーションだ。思わず竜神は震える唇でもって辛うじて言葉を搾り出す。

「我が全力を持ってして合間見えようぞ――――雷神!」

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