Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑤

 東雲の島田機械研究所に女の胴間声が響いていた。

「劉を出せっつてんだろこの野郎!」

「アポ取ってないだろ、バカタレ」

 何人かの警備員と従業員の制止を無視し押し通りながら、キリカが雪梅のラボに姿を現した。彼女の姿を一瞥した雪梅は開口一番、罵倒した。

「こっちは今てんてこ舞いなんだ。大した用が無いなら帰れ」

「大した用だ」

「それでも帰れ」

「〈エイハブ〉を組み上げろ。今すぐ」

「日本語わからんのか。日本人なのに」

「やれって言ってんだよ」

 キリカの声音が唸るようになる。怒気が孕んでいる。だが雪梅も一切怯むことなく、逆に睨み返す。

「お前の命令系統に入った覚えはない」

 疲労と呆れ、そして苛立ちが多分に含まれたため息をひとつ吐いて、雪梅は言葉を続ける。

「夕夜の新しい腕を作ってやらなきゃいかん。あのガキ二人のDAEの面倒も見なきゃならん。他にも色々やることがある。もう既にここにいる連中皆、しばらく家に帰っていないんだ。それをなんだお前は。後からやってきて自分のことしか頭にないのか。いいか、仲間がやられて悔しいのはお前だけじゃないんだ」

 並び立てられる雪梅の言葉に、キリカもさすがに押し黙った。

「今、お前が〈エイハブ〉を着込んでいた時の癖(ユニークデータ)を〈エアバスター〉用に適合(アジャスト)させているところだ」

「……は?」

「こいつはオフレコなんだが……まぁお前になら言っても構わないか。次の任務ではニッタミの本社に殴り込みをかけるなり何なりしてDAEの奪還と奴らが採取したデータの抹消をしようとしてるらしい。現地で〈エアバスター〉を回収できた際はこのデータで〈エアバスター〉のシステムをデプロイしてお前が装着しろ。まだ正式な指示は出ていないと思うが、それが上の考えらしい」

 辛島の死亡により不在となった〈エアバスター〉装着者の後任の座。それを素直に喜ぶほどにキリカは単純ではなかった。バツが悪そうに髪をかき乱し、「くそっ」と吐き捨てた。

「他に用はあるか」と早く帰れという意味も含めて雪梅が訊く。

「せっかくここまで来たんだ。茶の一杯でもくれ。あったろ。台湾のうまいやつが」

「帰れ!」

 結局、渋々出された茶と茶菓子に手をつけながらキリカはガラス越しの別室に安置されている〈黒瞥〉と〈シンデレラアンバー〉を眺めていた。〈黒瞥〉は武装解除されてはいるが、〈シンデレラアンバー〉は背部キャリーアームが外されていた。

「〈エイハブ〉は組み上げる時間は無いが、あの二機なら強化する余裕はある」

 第二世代型DAE零号機〈エイハブ〉。

 一号機〈ティーガーシュベルト〉と共に組み上げられた零号機〈エイハブ〉は第二世代型のコンセプトのテスト機と称したほうがよい。武装も全て外付けであり、〈ティーガーシュベルト〉以上に特殊な機能は搭載されていない。この機体は特殊人工筋肉やエゲンのシステム、スパインの流体プロセッサで構成されたAIの実験機とも言うべき機体だ。

 そしてそのテストを務めていたドライバーこそ楔キリカであった。〈サーベラスチーム〉以外に第二世代型を駆ることができるのは、今の所彼女しか存在しない。

 確かにキリカの言う通り〈エイハブ〉をもう一度組み上げるのは有効だろう。雪梅とてそうしたのは山々だが、時間が許さない。

 シマダとしては強奪されたDAEが完全に解析され技術流出を防ぐために、のんびりと事を構えることは無いだろう。よって〈エイハブ〉を実戦に耐えうる状態に仕上げることよりも、もっと短時間で済む手段を取ることにしたのだ。

 本来の予定としては強化プランの実装は〈ティーガーシュベルト〉と〈エアバスター〉が先であったが、この二機が奪取されたため、急遽〈黒瞥〉と〈シンデレラアンバー〉の強化プラン実装を前倒しとなった。

 〈黒瞥〉の強化プランは新武装の開発であった。〈モビーディック〉のようなDAEに対する決定的に有効な格闘武器が存在していなかったため、対応策を必要としていた。 こちらは既に完成、試運転済みでありシーリングされて別の場所へ保管されている。

 そして〈シンデレラアンバー〉の強化プラン。『ドレス』と称されたオプション兵装を背部に装備することで状況に応じた換装による部隊におけるマルチロールの獲得を狙ったものだ。

 今回開発されているドレスは『エクスドレス』と称されるものである。

〈シンデレラアンバー〉の傍には別の外付けパーツが吊るされている。バックパックと思しきランドセルのようなパーツからは大きく太い腕が伸びている。キャリーアームのような機械式のものではなく、装甲と人工筋肉によって構成された『エクスアーム』である。筋肉質な腕部から伸びる先端のマニピュレータも武装を挟み込んで保持するクロータイプではなく五指の形となっている。

 このエクスアームは従来のキャリーアームと異なり、AI側がアームの保持している火器のトリガー管制を行える他、直接殴りつけることも可能としている。それに加えて、サブバッテリーとCPUユニットを搭載しており、〈シンデレラアンバー〉の基本スペックの向上も図られていた。

 他にもいくつかのドレスの製作プランが存在していたが、現状慣熟の必要性がほとんど無く、美月にとって負担の少ないと思えるエクスドレスが今回選ばれた。

 足りない。これではまだ足りない。一つの企業を潰すための戦争をしようというのだ。

 雪梅はガラスの向こう側でオートメーションで組み立てられていくエクスドレスを見やると、自らのやるべきことを再確認する。端末を操作しもう二つのファイルを開いた。それは第二世代型DAE用の武装のデータだった。

 一つは作成者は自分となっている。そしてもう一つは別の名前だ。

『ノーマン・笠原』。第二世代型DAEそのものと四号機〈シンデレラアンバー〉の開発責任者の名だった。出張中のノーマンに現在のシマダの窮状を伝えたところ、エクスドレスの設定データと共にこのファイルが送られてきたのだ。

 雪村は自身のものとノーマンのデータを見比べる。

「自分も大概イカれてるとは自覚していたが、上には上がいるもんだね。しかもあいつに至っては自覚してないし。馬鹿じゃないの、こんな武器持たせるなんて」

 そうは言いながらも、雪梅は笑みを浮かべていた。子供が新たな玩具を買い与えられた時のような笑みだ。

 だがノーマンから送られてきたファイルの中にもう一つのデータを見つけると、雪梅は目を眇めた。はて、送られてくる予定のファイルは新しい武装のデータのはずだったが。

 訝しみながら雪梅はそのもう一つのファイルを開く。ファイルの内容は武装でなはく、〈シンデレラアンバー〉のシステム部分に関する記述とデータ。その概要の文面に雪梅は驚きに目を見開きく。

〈シンデレラアンバー〉のリミッター解除コード……。

 雪梅は声に出さず、データの概要を言葉にした。

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