Chapter 2 Ignite ⑨

 廃ビルの階段を駆け下りる美月と辛島。だが自分達とは別の気配の存在を察すると、足を止めた。階段を駆け上る音と声。敵が近づいてきている。

 前に出ていた辛島が手を後方へ差し出して美月を制する。彼女の手の中にはサイドアームのハンドガン・グロック26があった。

 辛島はデウK1・サブマシンガンを構えつつ、タクティカルベストのポケットに収めていたグレネードを取り出す。徐々に大きくなる足音に耳をそばだてる。足音の主が自分達が立つフロアのすぐ下にまで来たと判断すると、辛島はグレネードのピンを抜き階段下に投げつける。グレネードは踊り場の壁に跳ね返り、一つしたのフロアにまで転がり落ちた。

「グレネード!」

 下のフロアからの怒声。直後に爆発音。舞い散る粉塵に紛れ、グレネードの餌食となった敵にトドメを刺しつつ二人は階段を駆け下り続ける。そのすがら、辛島は窓から外の様子を確認した。敵が続々と集結しつつのが見え、舌打ちが漏れる。

 地上四階。あと少しだと言うのに。

 辛島の視界上に一つの表示がポップアップしたのはその時だった。危険を示す赤のアラートではなく、何かしらの味方の援護を示すグリーンの表示。

「辛島さん!」

 構えたグロックで応射しつつ、美月は窓ガラスへ顎をしゃくる。

「よし! それじゃ美月ちゃん、お先に失礼!」

 窓ガラスを開けると、辛島は背中から飛び降りた。唐突のその突飛な行動にも見えたが、美月は特に驚いた様子も見せなかった。

 仰向けに落下してゆく辛島。地面が迫る。だが横から飛び込んできた真紅の影に攫われ、そして一体となった。

 その真紅の影がアスファルトに火花を立てながら着地する。

 島田機械製第二世代型DAE二号機〈エアバスター〉。戦闘機を彷彿とさせる空力を考慮されたシルエットが目の覚めるような真紅でカラーリングされている。

 背部と足裏にバーニアが装備されており、これによって得られる推力で短時間ながらも飛行と滞空を可能としている。四機の内で唯一、立体機動を行うことができる機体である。ただし、バーニアと干渉するため背部キャリーアームは装備されていない。

 廃ビルの出入り口を目指していた敵達が全員〈エアバスター〉に銃口を向けた。

 辛島は身を翻し、地面に対し仰向けに倒れ込む。背部と足裏のバーニアを吹かせ地面スレスレに滑空、敵から急速に距離を取る。腰側部のハードポイントで保持していたバレルの短いアンチマテリアルライフル・バレット107CQを構え、敵に対し立て続けに発射。派手な銃声と共に吐き出されたNATO弾が敵三名を血煙に散らす。

「おーけー美月ちゃん、退路を確保。出てきていいよー」

 〈エアバスター〉は再度背部バーニアを一際強く吹かせ着地すると、廃ビル出入り口付近に前傾姿勢のホバー移動で戻る。

 出入り口から出てくる美月を庇う辛島。だがアラートが表示される。ビルの両側から再び追手が現れた。右手から五人。左手から四人。

「くっそっ! どこから湧いてきやがるんだ!」

 辛島が前に出て右手の敵に応戦する。

 視界上に再びグリーンのポップアップ表示。出入り口左手、〈シンデレラアンバー〉が一目散に駆け寄ってきているのが見えた。

 左手にいる敵を飛び越える〈シンデレラアンバー〉。傭兵達は自らの背後から突如現れた白銀のDAEに驚き、わずかに攻撃の手を緩める。

 その隙を見逃す美月ではなかった。

「辛島さん、カバーをお願いします!」

「任せてちょうだい!」

 美月が全速力で出入り口から飛び出す。彼女に銃火が及ばないよう右側を辛島がそれをカバーする。

「来て! 〈アンバー〉!」

 美月は小さく回転しながらジャンプして、迫り来る〈シンデレラアンバー〉に背を向け両手両足を広げる。

〈シンデレラアンバー〉の装甲前面が展開され、装着者(ドライバー)を格納する内壁シェルが主を迎え入れるように露出する。そして寸分の狂いも無く〈シンデレラアンバー〉は自らの中に主を抱きとめた。美月は〈シンデレラアンバー〉の内部に収まり、展開された装甲前面が閉鎖される。

《ドライバー、装着完了。バイオメトリクス、マスターユーザー影山美月と認証。インナースーツ未着用によるエラーをスキップ。内壁アブソーバー、アジャスト完了。全武装セイフティ解除。〈エゲン〉による情報網膜投影開始》

 支援AI〈アンバー〉による音声。デフォルト設定の女性の声が、DAE装着シークェンスを報告していく。

〈シンデレラアンバー〉の内部に収まった美月と一体になるよう人工筋肉によって内壁が彼女の身を軽く締める。彼女と〈シンデレラアンバー〉を隔てる空白は埋まり、今この瞬間に一人と一機は人機一体と化す。

 瞼を開けばミクスとは比べ物にならない程の大量の情報と同時に、肉眼よりもより鮮明な視界が広がる。

《〈シンデレラアンバー〉、戦闘モード・起動(オープン・コンバット)》

 狼とも鬼とも取れるその相貌にコバルトブルーの光が殺意とともに灯る。

 アラートが網膜に投影される。ミクスのものよりも、より鮮明に、より詳細に。美月は左手側に振り返る。敵の数四人。生身の歩兵。取るにたらない。

 腰側部に保持されていたマークスマンライフル・H&K XM8 sharpshooterがある。だが使うまでもない。

 美月が左足を踏み込む。〈シンデレラアンバー〉の人工筋肉に躍動する。距離にして数メートルの間合いを一瞬にして詰めた。

 美月は敵の一人を左腕で裏拳を打ち付けるように払いのける。DAEの膂力によって生身の人間のそれとは桁違いの威力を誇る一撃。打ち払われた敵は路上駐車されていた乗用車に激突する。顔面の半分ほどが潰され、頸部が折れて事切れた。

 銃口を向けられたことによるアラート。だが支援AIが向けらた銃の種類を判別する。サブマシンガン。9ミリパラベラムごときでは第二世代型の装甲は抜けない。拳銃弾は〈シンデレラアンバー〉の白銀の装甲に弾かれるだけで終わった。

 美月、サブマシンガンを向けてきた敵へ踏み込み一瞬にして距離を詰める。左腰部側面に保持していた太刀ほどのサイズのグルカナイフを抜き、身を捻りながら刃を振るう。サブマシンガンを保持していた敵の腕を両断、返す刃で敵を袈裟斬りにした。

 残り二人。アラートと共に方角と距離が表示される。少し離れた地点に二名、こちらにむけて銃口を向けていた。構えている武器はアサルトライフル・AS Val。AKー47の強化版である。

〈モビーディック〉と比較して装甲の薄い第二世代型DAEは避弾経始を取ることに失敗すればアサルトライフルでも十分にダメージと成り得る。ましては第二世代型が執る戦術は支援システムと対話型AIによる迅速な戦術判断、そして特殊人工筋肉によるヒトの領域を超越した運動性能による高機動戦闘を前提としている。被弾を考慮していない。

 故に、美月は当たり前のことのようにAS Valの火線を回避した。

 美月がグルカナイフは腰の側部にあるハードポイントへ戻すと同時にAIがライフルの使用を提案。反対側の腰の側部に保持されているXM8・sharpshooterに手を伸ばし、右手だけで構えた。

 マークスマンライフルの片手撃ちにも関わらず、正確無比な射撃が敵二人に対しヘッドショットを決めた。

「こちら〈サーベラス4〉、敵勢力四人を撃破」

「〈サーベラス2〉、こちらも敵勢力五人を撃破。いつ次が湧いてくるかわからない。早いとこみんなと合流しよう」


 橋の上で敵を迎え撃つ体勢を整える夕夜達。〈フェンリルチーム〉の四人は防弾措置がされているトレーラーを盾にして、機動強襲課で正式採用されているアサルトライフル・マグプルマサダを構えていた。

「おまたせしました!」

 後方からDAEを纏った辛島と美月が合流する。それと同時に敵影が目視で確認できた。朝海の報告通り、トレーラー三台とワゴン五台。

「こういう時は先制攻撃だ。いけるな夕夜」

 村木の指示。獲物を前にして鎖が解き放たれるのを、今か今かと待ち構えている猟犬の軛を解くそれである。

 軛の解かれた猟犬、〈黒瞥〉が、夕夜が敵車列へ向け疾走する。猛然と迫っている漆黒の鎧の姿に敵部隊は慌てて戦闘態勢に入った。

 ワゴンを停車させ生身の歩兵が姿を現す。トレーラーも停車するがカーゴの中にいるであろうDAEが出てくるまで多少の時間を要すると考えられた。そいつらが出てくるまでに邪魔な雑魚を蹴散らすのが夕夜の役目だった。

 歩兵達が一斉に夕夜に銃口を向ける。

 夕夜の視界に銃口を向けられたことを示すロックオンアラートが網膜投影で表示される。それを合図に次に踏み出した足で強く地を蹴り飛び上がった。

 敵歩兵達が上空を見上げる。漆黒の鎧は人間の身体能力では考えられない程の高度にまで飛び上がっていた。宙を舞う漆黒の鎧が太陽を背にする。

 夕夜、背面脇腹部にあるホルスターから二挺のハンドガンを抜く。島田機械製謹製の大口径ハンドガン・SS04ファイアボール。バレル下部のアンダーレールに銃剣(マズルブレード)を備えた大口径の大振りのそれは、生身の人間による使用を全く考慮していない。まさしく第二世代型DAEによる運用を前提とした強力な武装の一つである。

 空中で身を捻らせながら夕夜は二挺のファイアボールを向ける。夕夜の視界に映る敵二人にロックオンマーカーが表示され〈黒瞥〉のシステム側によるエイムアシストが行われる。人工筋肉が蠢き、夕夜が構える銃口をロックオンした敵に固定する。

 ファイアボールが火を噴く。50口径のマグナム弾はボディアーマーを物ともせず敵を撃ち貫いていく。

 敵二名を射殺し、夕夜が着地する。ロックオンアラートが表示される。幾多もの銃口が、そして銃弾が夕夜に殺到する。

 〈黒瞥〉の漆黒のマスクの内側で夕夜は不敵に口端を釣り上げる。

 夕夜の視界上では敵が向けてきた銃口から伸びる蛍光色のラインが表示されていた。夕夜、そのラインを避けるように回避。そのラインに沿って銃弾が飛んできた。

  回避行動の勢いを利用して夕夜が反撃。〈黒瞥〉のシステムによるエイムアシストによる正確な狙いの銃撃が敵を撃ち倒す。

 次の敵を見定めると、柳のような柔らかな動きで急接近。敵も夕夜の接近を防ぐために銃撃するが、これを当たり前のことのように回避。そしてその回避行動からスムーズに反撃の動作へと移行する。

 敵の懐に潜り込むと、左手のファイアボールのマズルブレードで敵を斬りつけ、そして右手のファイアボールで銃弾を撃ち込み確実に仕留める。

 すかさずその隣にいた敵に急接近。敵の喉元をマズルブレードで突き刺し、そのまま銃撃して確殺。

 時にしなやかに、時に打撃も兼ねたキレのある夕夜のその攻撃動作はまるで舞闘のようであった。美月は幾度かそれを見たことはあった。洗練されたその動きは美しくも思えた。

 近接格闘攻勢防御銃術弐式。

 一対多を想定しCAR(センターアクシズリロック)システムと呼ばれる銃術を下地とした、蓄積され戦闘データの統計に基づき、弾丸の軌道を解析。一定の定理に基づいて軌道を予測、回避と同時に相手死角内に回り込むという、打撃などの格闘術と組み合わせた銃術である。

 銃口の向きから弾道を察知し死角から攻撃するというの性質上、敵の銃口から予測される弾道は距離が近い程に容易であり、また相手が向ける銃口の移動量が大きくなることで動きを把握しやすくなる。

 他にも零式、壱式が存在するが、夕夜の弐式は二挺のハンドガンを用い『トリッキング』や『パルクール』といった体術の要素を取り入れ、より立体的な機動を取ることで、敵にこちらを狙わさせずかつ自分は同時に多数の敵を攻撃できるよう独自に改良を行ったものである。

 これにより攻撃効果は119%、一撃必殺の技量は62%の上昇が見込めるとされている。だがこの数字は生身での戦闘のケースだ。近接格闘攻勢防御銃術弐式にシステムを最適化された〈黒瞥〉を装着することで、この数字は数倍にまで跳ね上がることになる。

 夕夜の視界にアラート。両手のファイアボールの残弾が少ないことを警告する。

 だが構わず撃ち続ける。アラートが残弾ゼロを知らせる。

 夕夜、両のファイアボールのマガジンをリリース。グリップから空になったマガジンが滑り落ちる。

 二挺拳銃術の弱点の一つとしてリロードがある。両手が塞がった状態で二挺のハンドガンのリロードはどう行っても煩雑になる。

 無論、〈黒瞥〉はこの弱点も解消するギミックを持ち合わせていた。

〈黒瞥〉のサイドスカートにはファイアボールのマガジンが装着されている。マガジンの上部がやや浮くように着けられている。これによりいちいちマガジンを手に取ることなく、銃を握る手だけでリロード可能となっている。夕夜は両のファイアボールに新たなマガジンをリロード。そしてサイドスカートに備えられている突起にスライドを引っ掛けて初弾を装填。

 スマートリロードモジュール。二挺拳銃術最大の弱点であるリロードを素早く行うためのツールである。

 夕夜、引き続き反撃に移る。回避と攻撃、攻防一体となった動きを誰も捉えることはできない。

 敵の懐に飛び込み、がら空きとなっている喉元にマズルブレードを突き刺し、そして一発撃ち込む。突き刺したマズルブレードを薙ぐように引き抜いた。

 振り向きざまに別の複数の敵へ射撃する。ハンドガンを振り回しばら撒くような銃撃だが、その狙いは正確だ。システムのエイムアシストによる恩恵だ。頭部に二発、確実に撃ち込まれていく。繰り広げられるバレット・ダンスに敵の傭兵達は為す術もなく撃ち倒されていった。

「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」辛島が夕夜の舞踊を目にしながら零す。

「そうは言うがな。給料分くらいは働こうや」村木が返す。

「ですね。敵〈モビーディック〉、起動を開始したようです。来ます!」

 センサー類が最も優れいてる〈シンデレラアンバー〉が敵DAEが行動を開始したことを美月に知らせる。遅れて村木と辛島にもシステムからのアラート。

 遅れてトレーラーからぞろぞろと敵の〈モビーディック〉が降りてきた。一台のトレーラーが四機。合計十二機。

 だがその頃には既に生身の歩兵達が夕夜によって殲滅されていた。

 降車した〈モビーディック〉達が手にした武装を構える。七四式重機関銃やらM2重機関銃の銃口が〈サーベラスチーム〉に向けられる。まともに銃撃されれば〈モビーディック〉を始めとした第一世代型DAEとてダメージとなる。ましてや装甲の薄い第二世代型DAEともなれば致命打となる。

 だがそれでも、第二世代型DAEは『対DAE用DAE』とされている。DAEを駆逐するためのDAE。それが第二世代型の運用コンセプトである。

 その理由は第一世代型DAEを遥かに凌ぐ運動性のと機動力、そして戦闘支援システムと対話型AIにある。

 第二世代型DAEは主に三つのパーツから構成されている。その内の一つは最大の特徴である装甲内部に特殊人工筋肉を張り巡らせたボディであるが、その高いスペックをフルに活かすためのシステムを司っているパーツが二つある。

 一つは『エゲン』と呼ばれる頭部パーツだ。第二世代型のデータリンク機能と戦術支援システムはこのエゲンによって構成されている。戦術支援システムが頭部パーツに搭載されているのは第一世代型も同様ではあるが、スペックはその比ではない。

 そのエゲンの後頭部から脊椎にかけてカブトガニの尻尾のように背筋にはヒトの脊髄のようなパーツが這っている。『スパイン』と呼ばれるパーツだ。内部には髄液のように流体プロセッサが満ちており、これが第二世代型DAEにのみ搭載されている対話型支援AIの中枢部分を為している。装着者の行動パターンを学習し、常に装着者にとっての最善手を提案しそれを促す。多くの素早い判断を迫られる戦闘において、思考を反射の領域にまで底上げされることはそれだけで生存率と敵の撃破率を上昇させることができる。第二世代型は身体面だけでなく、思考の面においても人機一体と化すことを可能にした。

 夕夜が先駆けて突撃する。重機関銃の殺意が漆黒の鎧に殺到する。

 ロックオンアラートが夕夜の網膜に投影される。この機能も第二世代型DAEから初めて搭載されたものである。全方位に向けられたセンサーからシステムが敵と敵が持つ武装を認識、そしてAIが彼我の距離や敵の武装の射程、動作などから判断を下し、装着者にアラートとして危険を伝えるという仕組みだ。

 そしてシステム側がDAEの全身の特殊人工筋肉内に編み込まれた疑似神経網へ命令を伝達。全身を構成する特殊人工筋肉が装着者に回避行動を促すよう蠢く。

 夕夜、脈動する人工筋肉に従い回避行動。暴風の如き重機関銃の銃撃を紙一重で、だが余裕で躱す。一発でも掠りでもすれば死に繋がり兼ねない状況だが、黒いマスクの内側の夕夜の表情は涼やかなものだった。

「ノロマが」

 一体の敵〈モビーディック〉の背後に回り込む。突進からの急転回。生身の人間ではありえない俊敏すぎる動き。そのような勢いに負けて転倒しかねない機動も、第二世代型DAEなら、そして四機の中でも最も運動性に優れた〈黒瞥〉なら可能である。

 人型戦車とも謳われる〈モビーディック〉をはじめとした第一世代型DAEであっても、人型であるが故に弱点もある。夕夜、背部キャリーアームに保持させていたショットガン・イズマッシュサイガ15を手に取り、敵〈モビーディック〉の背部下半身に数発打ち込む。膝裏が砕け、敵が膝を着いた。すかさず夕夜は〈黒瞥〉肩部に搭載された大型ナイフを引き抜くと、位置の下がった敵の敵の首目掛け刃を突き刺す。首関節の可動に干渉しない程度にカバーされた装甲の合間を縫うように突き刺さった刃が、敵〈モビーディック〉の装着者を絶命に至らせる。

 〈黒瞥〉は四機の中で最も近接格闘戦に特化したタイプだ。その身軽さを活かして次々と敵〈モビーディック〉の集団に肉薄、攻撃をしかけていく。

 ほとんどの敵〈モビーディック〉の目が〈黒瞥〉へと向けられてしまっていた。その隙を逃す他の三人ではない。

 一体の敵が夕夜の背中にバトルアクスを振り下ろそうとしていた。だが一発の銃声と共にバトルアクスを握るその手が血飛沫と装甲の破片を撒き散らして吹き飛ぶ。驚く間も無く、その敵の頭部が大穴が穿たれた。

〈シンデレラアンバー〉によるバレット・XM109ペイロードの狙撃。四機の中でも最も精密動作とセンサー感度、そして電子性能が優れている機体である。生身では持て余しがちな対物ライフルも直立状態で軽々と片手での精密射撃も可能としている。

 美月の援護射撃により敵〈モビーディック〉の動きが固まり始める。〈モビーディック〉達が左腕を前に構える。マシンガンが仕込まれている右腕同様に肥大化している左腕を掲げると装甲が展開しシールドとなる。だがその程度は一撃、二撃を防ぐのが精一杯だった。

 その味方達を庇うように敵〈モビーディック〉の一体が大型のシールドを美月に対し構えた。

 だがすぐに大型シールドを構えた一体の脳天が穿たれた。装着者が絶命し、膝から崩れ落ちる。その頭上には真紅のDAE、第二世代型DAE二号機〈エアバスター〉が宙を泳ぐにように浮遊していた。その手には銃身の短い対物ライフル・バレット107CQが握られている。

 背部から顔を出しているバーニアが火を吹くと、〈エアバスター〉が空中でさらに加速した。敵集団の背後に回り込み、着地と同時にバレット・M107CQによる銃撃を加えていく。

 短時間ながらも空中移動を可能にすることで三次元的な機動を可能にした機体である。

 夕夜が地上から、そして辛島が上空から陽動し、瓦解した敵陣を美月と村木が高い火力で以てトドメを刺していった。

 美月のやや前方に紺色の第二世代型DAE一号機〈ティーガーシュベルト〉が同じくバレット・M107CQを構える。

 他の三機と比べて外見も機能的にも大きな特徴は無い機体だ。これは特化した性能を持つ他の三機と性能を比較試験するためである。決して他の三機と劣っているわけでなく、むしろ結果的に高い汎用性をもたらした。また特殊な機能を持たずペイロードに余裕があるが故に、最も継戦能力が高い。装着者である村木も経験豊富な高い練度を誇るベテランであるため、他の三機にも勝るとも劣らない戦闘能力を誇る。

 敵〈モビーディック〉を六機ほど撃破したところで、辛島が上空から敵部隊に銃撃を加えるとバーニアの息継ぎのために着地、再度飛翔しようとする。だがその時にアラートが警告する。背後からの敵反応。重機関銃の火線が〈エアバスター〉を掠める。二、三発被弾し、辛島はたまらず着陸した。

 トレーラーのカーゴの上にまた一体の〈モビーディック〉がブレンガンとM2を腰だめで構えていた。毒々しい紫のカラーリングが強いパーソナリティを表している。

「あの下品な色、『千原姉妹』の姉か!」

 辛島が呻く。

 運動性能と機動性を向上させるために各所に補助バーニアが備えられており、さらには肩部からはチェーンガンが伸びている。重武装、フルカスタム仕様の〈紫のモビーディック〉が〈サーベラスチーム〉に立ちはだかった。

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