第三十三話「生け贄の儀」

ゴネロス要塞深部。

「神前の間」と呼ばれるそれは、儀式を執り行う神台を中心に、天井には神々の絵が描かれ、円状に囲むように来賓席が設置されている。

まるで、演劇を上映するホールを思わせる場所だ。

 

普段は、教団の幹部や有権者を集め、集会や会議をする場所。

 

この時も、ピエイルは今いる教団の幹部を、この場所に集めていた。

かねてより予定していた、生け贄の儀を執り行う為に。


だが。

 

「何の騒ぎだ?!」

「ま、まさか魔物少女が攻めてきたんじゃ………!」

「そんな!これじゃ袋のネズミだ!」

 

続く騒音や振動により、その場にいた幹部達が、魔物少女の襲撃だと騒ぎ始めた。

ピエイルにとっても、魔物少女の襲撃は寝耳に水。

普通なら、儀式を取り止めて逃げるのだが。

 

「ガキ共はまだ来ないのか!」

「今呼びに行かせました、もうすぐです」

「早くしろ!それと、儀式が終わるまで魔物少女を食い止めるようにな!」

 

耳打ちをする教団の兵士と、小声でそんなやり取りをするピエイル。

今回の生け贄の儀には、ピエイルの面子もかかっている。

面子や立場が大事な教団幹部として、そう簡単にやめさせる訳にはいかないのだ。

 

「静粛に!皆様!静粛に!」

 

慌てふためく教団幹部達を、なんとか宥めようとするピエイル。

いくら幹部とはいえ、今の彼等は、本国へのパイプを失った状態。

要塞の総指揮官であるピエイルの言う事を前に、素直に口を閉じる。

 

「皆さん、今も解る通り、要塞に魔物少女が少しばかし攻撃を加えておりますが、我がゴネロス要塞は絶対!何の問題もありません!」

 

不安げな他の幹部に対し、ピエイルの表情は自身に満ち溢れた勝ち誇ったものだ。

おそらく、バックにスティンクホーをつけた事で気が大きくなっているのだろう。

 

「私は今ここに、その勝利を絶対の物にする為に!禁忌とされた儀式に手を出そうとしております!この事で後ろ指を指す者も現れるでしょう!しかし、これも皆様を元の世界に返すため!その為に必要な事!きっと、我等の神も解ってくれるでしょう!」

 

口ではそんな事を言っているが、ピエイルには彼等を助けようという気はない。

もっと言うと、彼等の崇める神に対して許しを乞う所か、敬意の欠片すら持ち合わせていない。

 

ピエイルにとって、今この場所さえも、自らの権力を絶対にさせる為の手段に過ぎないのだ。

 

「それでは始めましょう!下劣なる魔物との交わりで産まれた罪深き混血児は、我々のために犠牲になる事で、その罪を許されるのですから!」

 

ピエイルが大げさな手振りで後ろを指差すと、そこにかけてあった幕が開く。

なんとも演劇のような、ピエイルの趣味が透けて見える。

 

「あ、あれが!」

「魔物の子供達………!」

「なんと気味の悪い!」

 

幕の向こうにいたのは、あの時地下牢に囚われていた、光と魔物の子供達。

四方を槍を持った教団の兵士に囲まれ、怯えている。

 

「わ………私達どうなるの?」

「怖いよ………誰かぁ」

「ぐすっ………お母さん………」

 

もし、これが人間の子供だったなら誰かが救いの手を差し伸べただろう。

 

しかし、そこにいるのは魔物少女と人間の男の交わりで産まれた混血児達。

この場にいる光を除いた人間からすれば、神に背いた罪の象徴。

誰も、助けてくれるハズが無かった。

 

「まずは予行演習といきましょうか………おい!」

 

ピエイルがサッと手を上げると、配下の神官達が、何かを持ってくる。

四本角のヤギのような生き物が、神官達に捕らえられて、メーメーと鳴いている。

 

神官達はいやがるヤギを、まるで磔にするように、神台の上に固定した。

 

「始め!」

 

ピエイルの号令と共に、神官の一人が白木の杭とハンマーを、もう一人がバールのような金具を取り出した。

 

そして、ヤギの腹に杭をかざし、ハンマーを天高く振り上げる。

そして。

 

「みんな見ちゃ駄目だ!!」

 

咄嗟に、光が子供達を庇う。

こんな光景を、まだ幼い彼等に見せるわけにはいかないと。

 

その背後で、甲高いヤギの悲鳴と、杭を打ち付ける音。

肉と骨を砕き、こじ開ける音が響いた。

 

光は思った。

ここは地獄だと。

教団は教団でも、質の悪い悪魔崇拝者の集まりだろうと。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

要塞の方は、ほとんど陥落と言っていい状態だった。

サキュバスを初めとする魔物少女達が、倒れた教団の兵士にキスの雨を降らし、また負傷者の救助も始めている。

 

街の方も、ほぼ全ての女がチャームウェイブによりサキュバスに変わり、今は愛する人達と愛を育んでいた。

 

驚くべきことに、負傷者こそ出たが、この戦いで死亡した者は一人もいない。

いくら魔物少女達が人間を愛しているとしても、それは偉業である。

 

「準ちゃん!」

「朋恵ちゃん!」

 

サキュバス部隊の護衛をしていた朋恵も、工作員として潜入していた準と合流していた。

後はピエイルを捕らえるだけ。

 

「あの………所で涼子ちゃんは?」

 

しかし、朋恵は気付いた。

オーガ部隊と共に要塞に突撃をかけた涼子の姿が見当たらない。

 

「そういえば………要塞の指揮官の所に言ったって聞いたけど」

 

すでに要塞が陥落同然なのだから、合流しに来てもいいハズだが。

準が不信に思っていると、一人の魔物少女が駆けてきた。

 

「準さん!大変!大変です!」

 

涼子と共に、要塞に突撃をかけたオーガ部隊の一人だ。

 

「さっき、子供達を救出しに向かった部隊から連絡が入りました!子供達が居ないんです!」

「何ですって?!」

「おそらく、既に生け贄の儀が………!」

 

青ざめた顔で話すオーガを前に、準はある事に気付いた。

子供達は、既に生け贄の儀に使う為に連れ出された。

その子供達の中には、恐らく光もいる。

なら、姿を消した涼子が向かった先は………。

 

「………生け贄の儀がどこで執り行われるかは解る?」

「要塞の見取図があります!大体の場所は解りますけど………」

「急ぐわよ!案内お願い!」

 

準が、見取図を持ったオーガに道案内を任せて走り出す。

朋恵も、それに続いて急ぐ。

 

「どうしたの?!何が解ったの?!」

 

そう訪ねる朋恵。

対する準は、不安で青ざめた顔をしていた。

 

「最悪よ、もし間に合わなかったら………!」

 

最悪の未来を。

光を失うという未来を予想し、準は冷や汗を流す。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

ヤギの悲鳴が止んだ。

恐る恐る目を開ける光。

 

幸い、用が済んだヤギ“だったもの”は片付けられていたが、神台はヤギの地で真っ赤に染まっていた。

 

そして見せつけるように、神官の一人が幹部達に向けて、ヤギの心臓と思われる肉塊を掲げている。

 

幹部達は、最初こそ引き吊った顔をしていたが、今ではまるでグラビア雑誌を回し読みする中学生のように目を輝かせている。

この場の彼等にとって、目の前で命が喪われる事は、見世物でしかないのだ。

 

「神は喜んで、彼等の魂を迎えてくれるでしょう!」

 

魔物の子供達に、ピエイルの笑みが向けられる。

しかし、彼等にはそれは酷く狂気的に見えた。

当然だ、この男は今から自分達を殺そうとしているのだから。

 

「い、嫌だー!死にたくないよー!」

「助けてぇー!」

「うわぁーん!」

「お母さーん!助けてよー!」

 

もう、子供達は耐えられなくなり、泣き出してしまった。

普通、子供が泣いているなら手を差し伸べるものだが、この場にいる大人達にとっては、害虫が騒いでいるだけにしか見えない。

 

「てめぇらピーピー煩ぇんだよ!」

 

教団の兵士の一人が、苛立って子供の一人を殴ろうとする。

その時。

 

「僕からやれ!」

 

その場の喧騒をかき消すように、一声が飛んだ。

ピエイルや教団の兵士のみならず、教団幹部や魔物の子供達が、その先を見つめる。

 

「年功序列という言葉があります!僕はこの子供達より長く生きた!だから罪もより重いはずだ!やるなら僕からやれ!!」

 

いつもとは違う、凛とした態度で叫ぶ声の主。

それは、魔物の子供達を守るように立つ、光であった。

 

光は、涼子達が助けに来た事は知っていた。

しかし、涼子がたどり着くより先に、生け贄の儀は始まってしまった。

 

力も、頭脳もそれほどない光は、せめて魔物の子供達が助けようと考え、この答えを出した。

 

自分が最初に生け贄になる。

それで、涼子達が助けに来るまでの時間を稼ごうと考えたのだ。

 

「………君、これを」

「えっ」

 

光は、すぐ後ろにいたココに、イロモンGOを渡す。

 

「これを持っていれば助けが来てくれる、それまでいい子でいるんだよ?」

「助けって………お兄ちゃんはどうするの?!」

「僕は大丈夫だよ」

 

使用者の生命反応が消えない限り、イロモンGOの救難信号は動き続ける。

光はそれを利用し、管理システムを弄って、所有権を自分からココに変更した。

 

これなら、自分が死んでも救難信号は発信され続け、涼子達がここに気付く手がかりになる。

 

「おいてめぇ!自分からやるつっといてモタモタしてんじゃねえよ!」

「今行く!」

 

怒号を飛ばす教団の兵士に、やり返すように言うと、光は魔物の子供達に背を向け、歩きだした。

死に向かう道を、一歩ずつ。

 

「………小僧、貴様怖くないのか?」

 

神台の前まで来た光を疑問に思ったのか、ピエイルが問う。

 

「………信じてますから」

「は?」

「………助けが来てくれるって」

 

光は今、恐怖の中に居る。だがその中でも、涼子達が自分を助けに来ると信じていた。

そして、その上で自分を犠牲にして魔物の子供達を助けようとして居る。

 

宗教家としては、見習うべき献身ぶり。

しかしそれは、ピエイルに苛立ちを感じさせた。

 

「生意気な!お望み通りにしてやれ!」

「はっ!」

 

ピエイルの命令により、光は神台の上に磔にされる。

身動きの取れぬ光に向けて、白木の杭が向けられた。

いよいよ、これまでか。

 

最後の瞬間が迫るにも関わらず、光は泣き叫ぶ事すらしない。

その様が、余計にピエイルの怒りを逆撫でした。

 

「さっさとやれ!」

「は、はい!」

 

ピエイルに急かされ、神官がハンマーを振り上げる。

光の薄い胸板に、これを受け止めるだけの強度はない。

 

「(………さよなら、涼子さん)」

 

ようやく、食い縛るように目を瞑る光に、ピエイルは愉悦の笑みを浮かべ、魔物の子供達はやめろと叫ぼうとする。

 

ハンマーが無慈悲に振り下ろされようとした、その時。

 

 

「やめろぉぉぉーーーーっ!!」

 

 

天井を、彼等の崇める神々の絵ごと突き破り、流星のようにそれは現れた。

 

お前は誰だと言う間もなく、光に杭を刺そうとした神官は打ちのめされ、その場に倒れる。

 

その光景を前に、神官や教団幹部達は「魔物が来た!」と泣き叫び、我先にと部屋の出入口へと殺到する。

ここが神前の間、彼等の崇める神の前だというのに、だ。

 

巻き起こる混乱の中、光はそっと目を開ける。

そこには、見慣れた顔があった。

今、光を磔にしている高速具を、アタックスーツ内のレーザーで焼き切っている彼女は、これまでも、光を何度も助けてくれた。

 

彼女の名は。

 

「涼子さん!」

 

約一日ぶりとなる再会に、光は思わず彼女の、一文字涼子の名を呼んだ。

 

「光!」

「涼子さ………」

 

が、起き上がろうとした瞬間、光はふらつき、倒れそうになる。

安心して、今まで張っていた気が一気に緩んだのだ。

それを涼子は、すかさず受け止める。

 

「光!大丈夫か?!怪我は?!」

「ぼ、ぼくは大丈夫です………それよりも………」

 

光は弱々しく、指差した。

その先には。

 

「あの子達を………あの子達を………どうか」

 

光と一緒に捕まっていた、魔物の子供達。

光は自分よりも、今も恐怖で怯えている魔物の子供達をどうにかして欲しいと願った。

 

「光、お前………」

 

涼子は驚愕した。

殺される寸前の恐怖を味わったにも関わらず、自分よりも魔物の子供達を心配する光に。

付き合いは長く、光にそういう所がある事は知っていたが、まさかここまでとは。

本当は、胸が張り裂けそうなほど怖かっただろうに

 

「おい貴様ァ!」

 

そんな彼等の事など知るかと言わんばかりに、ピエイルの怒号が飛ぶ。

その手には長いバトンのような杖。おそらく、魔術に使う物だろう。

 

「神聖なる儀式を邪魔して、タダで済むと………」

 

思うなよ。と言いかけたピエイルの台詞は、全て言い切る前に止められた。

 

「ひぃっ?!」

 

振り向いた涼子の、殺意を剥き出しにした眼光。

ピエイルは、思わず震えあがる。

 

「ピエイル………てめえ………!」

 

涼子には許せなかった。

光が、恐怖を圧し殺してでも魔物少の子供達を助けようとしているのに対し、

ピエイルは、その光を面白がって、残忍な方法で殺そうとした。

 

幸い、ここは日本の常識下ではない。

敵をどれだけ殴ろうと、日本の法律で罰せられる事はない。

 

光をその場に寝かせると、涼子はギリギリと拳を握る。

そして。

 

「てめえ………許さんぜ!」

 

とりあえずピエイルに一発入れなければ気がすまない。

涼子は、まるで弾き飛ばされるようにピエイル向けて迫る。

 

「こ、小癪な!」

 

ピエイルが杖を構えると、その周りに無数の火炎弾が生成され、涼子向けてミサイルのように飛来する。

恐らく、攻撃魔法の一種だろう。

 

「だああ!」

 

しかし、涼子は飛来した火炎弾に臆する所か、逆に飛び込んでゆく。

それもそのハズ。

 

涼子の身体能力ならば、この程度を避けるには造作もない事。

それに、アタックスーツが火炎弾によるダメージを減らしている為、一二発当たった所でどうもない。

 

涼子は、ピエイルとの距離を一気に詰めた。

そして。

 

「だりゃああ!」

「むぎいぃ?!」

 

ピエイルの顎に向けて、アッパーの一撃。

脳が揺れ、意識が沈みかける。

突然の事に思考が追い付かないピエイルに対し、涼子の迫撃が続く。

 

「ダウンしてんじゃねえ!あいつらが味わった苦しみはこんなもんじゃねえぞ!?」

 

今度はピエイルの肥満体の腹にむけてパンチを叩き込む。

生憎、ピエイルの腹は打撃の衝撃を吸収できるほどではない。

 

「くたばれーーッ!」

 

そして最後に、蹴りの一撃。

ピエイルの身体は、ぼきぃという鈍い音と共に飛び、神前の間の机のひとつに叩きつけられた。

恐らく、骨が折れたのだろう。

 

「………そこで伸びてな、後から来る魔物少女に料理して貰え」

 

吐き捨て、涼子は光や魔物の子供達の元に向かう。

こんな所に長居は無用だ、と。

 

だが。

 

「………クク、クフフフ」

 

ピエイルが笑っていた。

振り向いた涼子が見た、顔は笑っている。

が、その目には怒りの感情が透けて見える。

 

儀式は失敗し、要塞もほぼ陥落。

それに対する怒りが激しすぎて、もう笑うしかないのだ。

 

「これで、勝ったと思うなよぉぉぉ………!」

 

ニタァと笑い、ピエイルが杖を天高く翳す。

そして。

 

「ハガーマディィィーーーン!起動ォォォッ!!」

 

ピエイルが叫ぶと同時に、要塞を地震のような揺れが襲う。

 

「な、何だ!?」

 

いきなりの事に混乱しつつも、光と魔物の子供達を守るように庇って立つ涼子。

そこに、ピエイルの笑いが木霊する。

 

「貴様らは勝ったつもりでいるのだろうが、私にはまだ奥の手があるのだよ!こちら側の協力者から渡された、究極の力が………!」

 

ここまで追い詰められようと、ピエイルにはスティンクホーから渡された鬼性獣がある。

ピエイルがそう言いかけた、その時。

 

「ぐえっ?!」

「うおっ!?」

 

何かが、ピエイルの腹を貫いた。

背部から伸びたそれは、ハガーマディンの鎌の先端であった。

 

「な………ぜ………」

 

………スティンクホーにとって、ピエイルは捨て駒であった。

スティンクホー側が求めているのは、地下の魔力結晶のみ。

ピエイルは対等な立場で同盟を結んだつもりでいたが、実際は都合のいい接種相手………専門用語でいう所の「ミツグくん」でしかなかったのだ。

 

「げぇ………ふっ………」

 

鎌が引き抜かれ、辺りに血を撒き散らしながら倒れる。

固まった笑顔のまま、困惑と絶望の感情を漏らし、ピエイルはやがて力尽きた。

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