第二十話「運動会騒動」

LOLOLOLOッ!LOLOLOLOッ!

 

曇天の中、空に吠える一体の異形。

ヒトデの脚先全てに顔をつけ、背中からへその尾のような尻尾をつけた、「鬼性獣ウーバリブ」が、今まさに地上の街に降下せんとしていた。

 

それに対するは、ウーバリブ撃退のため出撃したセクサーチーム。

 

「見つけたぜ鬼性獣!」

 

三機のヒロイジェッターとCコマンダーから浴びせられる威嚇射撃。

対するウーバリブは身体を高速回転させて突っ込んできた。

 

「危ないッ!」

 

散開し、回避するセクサーチーム。

しかしウーバリブは、ブーメランかフリスビーのように高速回転を続けながら再びセクサーチームに迫る。

 

「やる気ね………よし!セクサーヴィランで行くわよ!」

『またお前かよババァ!ずりーぞ!?』

「空中戦をやるのよ、当然じゃない」

 

涼子からの横槍を入れられつつも、オウル号が合体シークエンスに入る。

だが。

 

「………光くん?」

 

Cコマンダーが合体体制にならない。

いつもなら、「はい!」という返事と共に合体体制に入るのだが。

 

『光くん?どうしたの、光くん!』

 

準の呼び掛けにも応じない。

コックピットに見えるのは、操縦棹を握り、顔を強張らせる光の姿。

 

………このまま合体すれば、準が戦う事になる。

当然だ、セクサーロボの操縦はヒロイジェッターが優先されるのだから。

 

だが、このまま女の子に戦わせていいのか?

男の自分が安全なCコマンダーで、管制に徹していていいのだろうか?

 

“女の影でバトルの解説をするような男は、殴られても文句は言えんだろう”

 

次郎の言葉が脳裏を反復し、光の思考をかき乱す。

そしてその間にも、高速回転で迫るウーバリブ。

 

LOLOLOッ!

 

迫るウーバリブを前に、光は。

 

「………は、はい!」

 

苦悩の末、合体システムを起動した。

そうしないと、鬼性獣に勝てない事は解っていたから。

 

「 (………また、僕は女の子に戦わせてる、最低だな………) 」

 

Cコマンダーが可変し、オウル号と重なる。

光の脳裏に過った自己嫌悪は、ウーバリブを撃退した後もくすぶり続けていた………。

 

 

 

………………

 

 

 

涼子がマッド・ビルド・ロードを制してから数日。

あれから、次郎のストーカー行為も無くなり、涼子は今まで通りの日々を謳歌している………

 

………はずだった。

 

『光くんに避けられている気がするぅ?』

「そうなんだよ」

 

いつものように授業をサボりながら、屋上で準に電話で相談する涼子。

 

 

そう。マッド・ビルド・ロードの後、どういうワケか光が涼子達を避けているようなのだ。

 

いつものように涼子が学校に誘っても、逃げるよう去ってしまう。

準が一緒にゲームをしようと誘った時も、いつもなら引き受けるのに断られてしまう。

朋恵が流行りのケーキ屋のケーキバイキングに誘った時も、忙しいからと行かなかった。

 

セクサーロボに乗っている時も、先日のウーバリブ戦のように合体を渋るようになってしまった。

 

『確かに、あのレースの後から妙に様子がおかしいわね』

「………何かあったのかねぇ、心当たりがあったら教えてほしいんだけどよ」

『そうね………大方、貴女の乱雑さに愛想つかしたんじゃない?』

「んだとクソババァ!?だったらテメーも避けられてんのは何なんだよ?!」

『冗談よ、じょ・う・だ・ん!』

 

対するこちらは、いつもの通りの口喧嘩。

 

『………一応、他に何か心当たりが無いか、朋恵ちゃんや博士にも聞いておくわ、じゃ、またね』

 

しかし、すぐに真剣になり、電話を切った。

準も、光を心配する気持ちは涼子と変わらないのだ。

 

「………はあ」

 

秋の空を見上げ、溜息をつく涼子。

カラッとした青空に、流れてゆく雲。

反対に、涼子の心に広がるのは憂鬱な曇り空。

 

耳を澄ませば、オイッチニーオイッチニーというランニングの掛け声が聞こえてくる。

 

「………そういや、もうすぐ運動会かぁ」

 

そういえばそんな時期か。

今はたしか、光のクラスが運動会の練習をしている時間か。

 

「どうしちまったんだよぉ、光………」

 

ここからなら光の姿が見えるかな?と、

淋しい気持ちで、涼子はふと屋上からグラウンドの方を見てみる。

 

「………………は?!」

 

思わず、目が点になり驚愕の言葉を漏らす。

それもそのハズ。

ふと、見たグラウンドに広がっていた光景。

それは………。

 

 

 

………………

 

 

 

「お前ら気合い入れろ!女子が見ているぞー!!」

 

ジャージ姿に竹刀を握った、典型的な体育教師が激励を飛ばしている。

その背後には、体操服の上からジャージを羽織った、クラスの女子達。

そして、彼らが見つめる先には。

 

………組体操、という物がある。

恐らく知っている人は多いだろう、ちょっとした雑技のような物だ。

 

そこで行われている物も、一応は組体操に分類される。

される、のだが………。

 

「ぐうう………」

「ギギギ………」

 

………それは、組体操と呼ぶにはあまりにも酷なものであった。

 

体育教師や女子に見守られながら、苦悶の表情を浮かべているのはカースト下位の男子達。

彼等は、所謂不良座りと呼ばれる体勢で騎馬戦の馬部分のように組み合っている。

 

そこに、更に馬部分をもう二段重ねたような奇妙な肩車の状態で、見ようによっては柱に見える。

 

その柱がいくつも並び、さらにその上に、巨大な長方形の分厚い鉄板が置かれている。

彼等は文字通りの「人柱」となり、鉄板を支えていた。

 

「ぐぐ………重い………」

「なんだその顔は!気合いをいれろ!女子にいいトコ見せたいんだろ!!」

 

身体に悪い体勢に、さらに鉄板で負荷をかける、その負担は計り知れない。

故に目を見開き、歯を食い縛るカースト下位男子達。

そんな彼等に、竹刀で地面を叩きながら激を飛ばす体育教師。

 

「うっわー、何あれ………」

「笑える顔芸じゃん!シャメスタにあげとこ!」

「必死になっちゃって、そんなに女子と付き合いたいのかねぇ」

 

苦しむ男子達を労う所か、嘲笑う女子達。

 

奇妙な光景であった。

運動会の練習というには、それはあまりにも酷で、残虐であった。

 

そして、そんな状況を見逃せるほど、涼子は薄情かつ計算高い女では無かった。

 

「何やってんだよ………くそっ!!」

 

気がついた時には、身体が動いていた。

助走をつけて屋上を駆け抜け、グラウンド向けて、ダイブ!

 

「きゃあ!」

「あ、アレ!」

 

直後、グラウンドにいた女子達が悲鳴をあげた。

当然だ、端から見れば誰かが校舎から飛び降り自殺を図ったようにしか見えない。

 

「よいしょォ!」

 

しかし、そこは一文字涼子。

屋上から飛んだ彼女の身体は、野ネズミに襲いかかる鷹のように、グラウンドに砂埃を立てて着地した。

 

当然、どこも折れてないし捻ってもいないらしく、何事も無かったかのように立ち上がる。

この女の身体は、ほんとどうなっているのか。

 

「おい!あんた!そこの先生ッ!」

 

驚く生徒達を横目に、涼子は体育教師に詰め寄る。

そう、問題は眼前に広がる組体操の名を借りた奇妙な光景だ。

 

「誰かと思ったら一文字か、また問題を起こすつもりか」

 

やれやれ、といった感じに対応する体育教師。

それが、涼子の怒りを煽る。

 

「問題なのはそっちの方だろ?!男子に何やらせてんだよ!」

「何って、見ればわかるだろう、組体操だ」

「どこの世界に鉄板をかつぐ組体操があるんだよ!?」

 

涼子がいくら、この状況に対する異常さを訴えても、体育教師は真面目に聞こうともしない。

それ所か。

 

「不良のお前には解らんだろうが、こうやって皆で一つの事をする事で、達成感を与えてやりたいんだよ………それが、絆というものだ!」

 

これである。

涼子は察した、こいつには何を言っても無駄だと。

 

「なあに、これを見れば、お前も納得するだろう………始め!」

 

体育教師の掛け声と共に、鉄板の上に数人の人影が躍り出た。

 

「ぐあっ!」

「ぎいい!」

 

鉄板を支えるカースト下位男子達の悲鳴と共に現れたのは、ホストクラブのような格好の五人のイケメン。

其々、エレキギターを始めとする楽器を持っている。

 

風の噂に聞いた、校内の選りすぐりのイケメンを集めて結成された学園バンド「ファンキーズ」だ。

 

「お、おいまさか………」

 

カースト下位男子に支えられる鉄板。

その上に躍り出たファンキーズ。

ここから予想される事は。

 

「今日は俺達のライブに来てくれてありがとう!………とはいっても予行演習だけど、楽しんでいってくれーー!!」

 

ファンキーズのリーダーと思われる男子の一声に、沸き立つ女子達。

 

涼子の不安は的中した。

ファンキーズはあろう事か、その鉄板をステージとして、ライブを始めたのだ。

 

「ぐああ!!」

「ぎいい!!」

 

ファンキーズが飛んだり跳ねたりする度に、そのステージを支えるカースト下位男子達の悲鳴が響く。

 

「五月蝿い!」

「ライブ中は静かにしなさいよ!」

「マナーがなってないわね!」

 

そんなカースト下位男子達に、女子は鬱陶しそうに罵声を飛ばす。

震える足に空き缶等のゴミを投げる姿も見える。

 

「気合いを入れろ!気合いを!女子が見ているんだぞ!!」

「ぎいい!」

 

体育教師に至っては、カースト下位男子に竹刀を叩きつけている。

叩かれた男子は、堪えた悲鳴を出しつつも鉄板を必死に支えている。

 

もはや、組体操等とは言えない。

地獄が、そこにあった。

 

 


「うう………う………」

 

 

カースト下位男子達の苦悶の声に混ざって、すすり泣くような声が聞こえてきた。

涼子の知っている声だった。

 

「まさか………!」

 

青ざめ、声のする方へ駆ける涼子。

そこには。

 

「………光?!」

 

そこにいたのは、ステージを支える人柱の一部に組み込まれた光の姿。

しかも、最も重さがかかる一番下の段にだ。

 

「ひぃ………ひぃ………」

 

頭からは冷や汗をかき、足は震え、弱々しく呼吸をする。

端から見ても、酷く弱っている事は理解できた。

 

「待ってろ!今助けてやるからな!」

 

そんな光を放ってはおけぬと、手を伸ばす涼子。

 

「待て!こいつの頑張りを無駄にするつもりか?!」

 

それを、涼子の眼前に竹刀を突きつける形で遮る、体育教師。

 

「頑張りだと………?」

「そうだ、この所光の頑張りには目を見張るものがある!ついさっきだってグラウンドを五週走っていた所だ!前までは軟弱なヘタレだと思っていたが、やはり青春とはこうでないと!」

 

生徒の成長を喜び、清々しい笑顔を浮かべる体育教師。

その顔は、どこか歪んで見えた。

 

「テメェ正気で………ッ!」

 

正気で言っているのか?!と、涼子が掴みかかろうとした、その時。

 

ファンキーズの一人が、鉄板の上でバク転をした。

よりにもよって、光が支えている場所の真上で。

 

「………!!」

 

それが引き金であった。

軟弱な身体で必死に人柱を支えていたが、限界であった。

 

まるで、建物の骨組みが圧力に負けて潰れ曲がるように、

光の体勢が、ぐしゃり、と崩れた。

 

「ぐ?!」

「があ!!」

 

それが引き金となり、次々とバランスを崩す人柱。

当然、上に乗っていたファンキーズも。

 

「わあ!」

「うおお?!」

 

ステージの崩壊と共に、ある者は転倒し、ある者はふらつく。

 

「きゃあ!」

「嫌ー!」

「アキラー!!」

「ケーン!!」

 

目の前で始まろうとした崩壊に、ファンキーズの身を案じ悲鳴をあげる女子達。

当然、ステージを支えている人柱の男子達の事はどうでもいい。

 

組み合った数十人の男子が一気に崩れ、さらにそこに分厚い鉄板がのし掛かる。

怪我人は当然ながら、死者も出るであろう。

 

誰もが、健善始まって以来の大惨劇を覚悟した。

 

だが。

 

 

「………う、ん?」

 

他の人柱の男子達と同じように、死を覚悟していた。

ああ、自分はこのまま死ぬのだ。

そう思っていた。

 

「………あ」


しかし、死は訪れなかった。

うっすらと開いた光の目が見たもの。

それは。

 

「………涼子………さん?」

 

体勢を崩した自分の人柱に代わり、単身で鉄板を支える涼子の姿。

光から見て、太陽の逆行に照らされたその姿は、まるで救世主のよう。

 

「おいお前ら!今すぐステージから降りろ!学園祭みたいにぶん殴られてぇか!!」

 

唖然としていたファンキーズが、涼子の脅迫同然の命令を聞き、急いでステージを降りて行く。

彼等は運良く被害を免れたものの、学園祭の涼子無双が今でもトラウマとして根付いているようだ。

 

「次!下の連中は後ろのヤツから順番に肩車を解いて降りろ!動けるヤツは動けないヤツに手を貸してやれ!慌てるなよ!?鉄板の下敷きにならないよう気を付けろ!!」

 

ファンキーズがステージから降りた事を確認すると、今度は人柱の男子達に呼び掛ける。


涼子の言葉に従い、カースト下位男子達は順序よく、鉄板の下から這い出てくる。

涼子が恐ろしいのもあるが、男子達は皆死にたくなかった。

故に、恐怖に震える心を圧し殺し、冷静にそして的確な行動を取ったのだ。

 

そして、男子全員が鉄板から離れた事を確認し、

 

「よい、しょ!」

 

涼子は、鉄板を少し離れた場所に、投げるように下ろした。

本当、彼女の身体能力はどうなっているのか。

 

「………さて」

 

唖然としている周りの生徒を他所に、涼子は足元で倒れたままぐったりしている光を抱き上げる。

 

「………改めて思うが、軽いな………」

 

いつも抱き上げたりしていた時から思っていたが、光は同世代の男子に比べると軽い。

軽すぎるのだ。

 

その目は閉じ、すうすうと寝息をたてている。

よかった、死んではいない。

 

「………じゃ、アタシ光を家に届けるから」

 

そう言い残し、場を去ろうとする涼子。

すると。

 

「ま、待て!勝手に連れ帰るな!まだ練習は………」

 

体育教師が呼び止めようとする。

彼は光が立ち上がり、また再び駆け出すと信じていた。

それ故の行動であった。

 

「………あんたは黙ってろよ」

「ひっ!」 

 

そんな体育教師を睨み、ドスの効いた声で涼子が言う。

 

これ以上戯れ言をほざくな。

今度こそぶん殴るぞ。

涼子は、目でそう言っていた。

 

体育教師がどんな事を思っていたとしても、涼子からすれば、光を傷つけ危険に晒した相手でしかない。

 

「………ふん」

 

体育教師が怯える様を見て、今度こそ涼子は光を連れてその場を後にする。

その場には、体育教師と生徒達。そして用途の無くなった鉄板のみが残されていた。

 

 

………この後、運動会の出し物内容を見直す事になったのは、言う間でもない。

少なくとも、この地獄のライブは無くなりそうだ。

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