第六話「光の願い、涼子の覚悟」

「それでよぉ~!」

「うは!ありえね~!」

 

自身の机に腰かけて下品に笑うイケメン。

手をバシバシ叩くたびに、光の机がガタガタ揺れて、光の眠りを邪魔する。

これだけならいつもの風景だ。

光も慣れている。

 

だが、今日はいつもより運が悪かったようで。

 

「よっと!」

「?!」

 

机に腰かけていた男子が、突っ伏せていた光の背中に尻を勢いよく乗せた。

当然、光の背中に痛みが走る。

 

「ンッン~~?この“椅子”はずいぶん座り心地の悪い奴~~~?」

 

このおどけた態度から見るに、わざとだ。

当然ながら誰も助けず、知らんぷりをしているかニヤついているだけだ。

 

地獄のようなこの光景も、光にとってはいつもの事。

もうすぐチャイムが鳴る。

そうすれば解放される。

 

そう思って光は歯を食い縛り、その場を耐えようとした。

今日も耐える、はずであった。

 

ガラッ!

 

突如、勢いよく開く教室の扉。

突っ伏したままの光は先生が入ってきたのだとばかり思ったが、直後の「きゃあ!」という女子の悲鳴で、それが違うのだと察する。

 

「げ!うわっ………ほげっ!」

 

光を椅子にしていた男子の断末魔と共に、光の背中から重さが消え、投げつけられたかのような音が鳴るる。

もしや?と思い顔を上げると、そこにあったのは、机の側に倒れている男子。

そして。

 

「おはよ、光」

 

クラスメートの畏怖の視線を一身に浴びながら、光の机の前に立つ健善の暴れタイガー。

一文字涼子、その人だ。

 

「涼子さん?!あの、教室が………」

 

違いますよ?と言おうとした光を遮るように、涼子は座っていた光を持ち上げるように立たせる。

 

「光、ちょっと面貸せ」

「えっ?!でももうすぐ授業が………」

「いいから!」

 

「あ~れ~」という感じに、涼子に 連行される光。

そして、この日光は、人生で初めて授業をずる休みする事になった………。

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

学校の屋上である。

普段はお昼休み時に女子やイケメンの溜まり場と化すのだが、今は授業中のため誰もいない。

 

「あの………僕に用って何です?」

「ん?」

 

屋上には光と涼子の二人きり。

王慢党が台頭する以前から様々なドラマや漫画で見られたシチュエーションだが、こうしてリアルで展開したのは、おそらくこの二人だけだろう。

 

落下防止用の金網を背もたれにしていた涼子は、光の質問に対して口を開く。

 

「博士から聞くよう頼まれてな」

「博士………五月雨さんから?」

「結局お前、セクサーロボに乗るのか?」

「!」

 

軽いノリで涼子が言う。

光は、戦いの後五月雨研究所で言われた事を思い出した。

 

 

 

………セクサーロボは強力だ。

しかしパイロットは、セクサー炉心により増幅された高濃度のゼリンツ線に晒される事となり、ワイズマン現象──興奮を過剰に与えられた事による脳のフリーズ現象──を起こし、最悪死亡する事もある。

 

しかし、それは並みの人間にのみ限定される事。

ゼリンツ線に耐えられるほどの性欲、そして精力を持った人間であればその限りではない。

 

そして見つけた、セクサーに耐えうるほどの「スケベ」な人間が、光と涼子だった、というワケだ。

 

 

 

………光は、自分がそれほど変態だった事にはショックだったが、それとは別に、セクサーロボに乗る事を渋る理由があった。

それは。

 

「………一晩考えたんですけど、やっぱり、僕は怖いです」

 

恐怖。

戦いへの恐怖である。

 

光は、勇敢な男ではない。

むしろ臆病な、争いを嫌う性格だった。

故に優柔不断でもあり、セクサーロボのパイロットになるかどうか、答えが出ずにいたのだ。

 

「………そっかぁ」

 

そう言い、特に光を非難する様子もなく、空を見上げる涼子。

彼女はというと、五月雨の勧誘に二つ返事でパイロットになる事を了承した。

給料もいいし、何より合体時に「気持ちいいから」との事。

 

「………涼子さん」

「ん?」

 

光は疑問に思っていた。

 

いくら待遇が良く、いくら大金が貰えるとしても、命をかけて戦う戦場に何故立てるのか。

その上で、何故こんな余裕の態度を取っていられるのか。

 

「あの………涼子さんは怖くないんですか?セクサーロボに乗って、スティンクホーや鬼性獣と戦うの………下手したら、死ぬかもしれないのに」

 

そう尋ねる光に、涼子ははにかんで答える。

 

「おっ?アタシを心配してくれんのか?もしかして、あんたアタシに気ぃあるのか?」

「なっ?!いや、別にそんなんじゃ………!」

「あははっ、頬っぺた赤くなってるぜ?」

 

からかわれ赤面する光と、ケタケタと笑う涼子。

自分が一言放つだけで面白い反応を見せる光に、涼子はただニコニコと笑っていた。

光をいじめているクラスメートのそれとは違う、爽やかな笑みを。

 

「………さて」

 

しかし、それでも涼子は光が本当に自分を心配していると気づいている。

同時に、自分がセクサーに乗るか否かの答えを求めている事も。

 

「ちょっと、昔話をさせてもらっていいか?」

「えっ?」


だから、涼子は言う事にした。

自分の戦う理由を。

 

「…………アタシがガキの頃の話、まだ日本が“まとも”だった頃の話さ」

 

そう話し出す涼子の顔は、普段の涼子とは違い寂しげで、どこか悲しげでもあった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

一文字涼子は、何も生まれた時からスラムのボロアパートに居た訳ではない。

元は東京の練馬区に住んでいた。

 

漫画家の父と、専業主婦の母。

そして2歳上の姉と暮らす、どこにでもいる幼い少女であった。

 

妹想いの姉と優しい両親に囲まれて、幸せな日々を送っていた。

 

 

「でも、終わりは突然訪れた………アタシが6歳の頃、そう、10年前のあの日に」

 

 

10年前。王慢党が政権を取った際に行われた、表現規制。

それにより、少女漫画やレディースコミックを除く様々な雑誌、漫画が廃刊に追い込まれた。

 

そしてその煽りは、漫画家を父に持つ一文字家にも及んだ。

 

 

「失業ならまだいい方さ、次の仕事を探せばいいんだからな………だが、親父はそのチャンスすら与えられなかったんだ!」

 

 

それは、突然訪れた。

 

父親が表現規制法違反の罪で逮捕されたのだ。

理由は、少年誌にパンチラシーンを描いた事によるもの。

 

母や、父の仕事仲間が何度も抗議したのを覚えている。

しかし裁判の結果は覆らず、父は青少年を悪の道に誘った悪質な性犯罪者として、懲役300年を言い渡された。


そして直に、父は絶望し、獄中で命を絶った。

遺書には「生きるのに疲れた、ごめん」と書かれていた。

 

そして、身内から性犯罪者を出したという事で、一文字家の生活は一変した。

どこに行っても、変態の娘、性犯罪者の家族のレッテルを張られ、白い目で見られた。

酷い時には、暴力を振るわれる事もあった。

 

 

「もっとも、アタシはそんな事してくる奴は殴り返してやったけどな………でも、母さんと姉貴はそうもいかなかった………」

 

 

幼い二人を養うために、好奇の目に晒されながらも身を粉にして働いた母は、やがて身体を壊し、倒れてしまう。

そして涼子が小学5年生の頃、天に旅立ってしまった。

 

姉は、毎日浴びせられる言われない差別や暴力に耐えかね、ついに精神が限界を迎えた。

心が壊れてしまったのだ。

そして今も「そういう病院」の鉄格子の中にいる。

 

両親を喪った涼子は、親戚をたらい回しにされた。

性犯罪者の娘など、誰も引き取りたくなかったのだろう。


その中で、涼子は人間扱いさえされず、地獄のような少女時代を己の逞しさだけで生き抜いた。

生きる為に、身体を売った事もあった。

 

そして、健善学園に入ると同時に家を出、今に至るわけだ。

 

 

父を奪われ、母を殺され、姉を壊された。

幸せだった涼子の家庭は、跡形も無く破壊されてしまった。

 

女性に優しい国造りを掲げる王慢党の政策は、結果涼子から幸せも将来も、何もかもを奪っていった………。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

涼子の口から語られた、壮絶という言葉すら生易しい過去。

光は絶句しつつ、それに聞き入っていた。

涼子にとって王慢党と、その背後にいるスティンクホーは、文字通りの「親の仇」なのだ。

 

「………だったら、やるしかねぇだろ?」

 

涼子の頬が、にぃぃ、とつり上がる。

好戦的な獣の顔だ。

 

「気持ち良くなれて、金ももらえて、将来も約束されて………なによりアタシの家族をブッ壊した奴等に復讐できる!これを聞いて乗らない奴がいるか?!アタシは乗るね!!」

 

凶悪な笑みで涼子が言い放つ。

それは、人間の魂を食らう悪魔のように悪辣で、なおかつ啖呵を切る侍のように気高くあった。

 

それを通じて、光は涼子の戦う理由を知った。

覚悟を知った。

 

「………と、まあ、これがアタシがセクサーに乗る理由さ」

 

同時に、光は自分が恥ずかしくもあった。

涼子が重い覚悟を背負い戦っているのに、戦いへの恐怖から逃げようとする自分自身が。

 

「………涼子さん」

「ん?」

「………やっぱり、僕解らないです」

 

同時に、セクサーに乗る事に躊躇う気持ちもあった。

自分には、涼子のような覚悟も理由もない。

そんな自分がセクサーに乗り、涼子と共に戦場に立つ。

それが、光には「涼子に対して失礼な事」に思えて仕方がなかった。

 

「だって………僕には戦う理由も何もないのに、涼子さんと一緒に戦うのは失礼に思うし………でも、それでセクサーに乗らないのも筋が通らないっていうか………」

 

口に出して考えてみるも、答えは一行に出ない。

乗るべきか、乗らざるべきか。

 

「僕自身も解らないんです………セクサーに乗りたいのか、乗りたくないのか」

「ううむ、それは難しい問題だ………………」

 

腕を組み、胸を強調させて涼子は考える。

そして数秒の間考えた後、彼女は………。

 

 

「………よし!」

「………?!」 

 

 

なんと、自らブレザーを脱ぎ捨て、胸を覆っていたシャツの結び目をほどいたのだ。

それだけでなく、スカートの下からパンツをずり下ろしたではないか。

 

「は、はわわ?!な、何を脱いでいるのですか涼子さん?!」

 

さっきまでのシリアスさは何処へ?!と突っ込むように、赤面した光が挙動不審になりながら言う。

しかし、当の涼子は落ち着いた様子で答えた。

 

「何をって………お前、自分がどうしたいか解んないんだろ?そういう時は一度頭をスッキリさせて、絡まった思考をクリアにすれば、自然と答えは出てくるものさ」

 

聞く人が聞けば暴論に聞こえるだろう。

しかし、涼子にとってはそれこそが迷った時の特効薬であり、切り札なのだろう。

………最も、このように半裸で言われたのであれば説得力など微塵もないが。

 

「そして、思考をクリアにするために一番手っ取り早い方法がある!」

「な、何ですかそれは………」

「んなもん見りゃ解るだろ!学校の屋上!男女学二人きり!そこでやる事つったら………」

 

 

………光は、自分が甘かったという事を痛感した。

さっきのシリアスムードで、涼子の本当の部分を知った気でいた自分を、愚かしく思った。

 

しかし、当の涼子にとっては親の仇に燃える自分も、普段の自分も、両方が本当の部分だ。

そして。

 

 

 

「合体意外あり得ねぇだろ!!」

「やっぱりー?!」

 

 

 

この、獣欲に溺れる超肉食系女子の自分自身も。

合体、つまりはそういうコト。


「時間はあるんだ………たぁ~っぷり♡可愛がってやるぜぇ?」

「い、いや、そんな………はうううっ?!」

 

気がつけば、光は涼子に抱き締められ、情けない声を出していた。

 

「お前も好きだろ?当然だよなぁ、男の子なんだから♡」

 

服越しに柔かな胸の感覚が伝わり、涼子の手が光の身体をやらしく………もとい優しく撫でる。

 

「やっ♡はぁぁっ………♡」

 

途端に光は腰砕けになり、その場にへたり込んだ。

それを介抱するかのように、涼子が優しく屋上に寝かせる。

 

「あはは、女の子みてーに喘いじまって………気持ちいいんだろぅ♡」

 

涼子が、仰向けになった光の上に覆い被さって言う。

上着の結び目をほどいた事により露になる、涼子の褐色メロンを包装するヒョウ柄のブラジャーから、光は目が放せずにいた。

 

「い、いや、まずいですって!人が来たりしたら………」

 

しかし、残った理性を振り絞り、涼子の誘惑を振りきろうとする。

無駄だと解っているのに、だ。

 

「次の時間は体育だ!どうせ休み時間は着替えと移動で潰れるんだから誰も来ねーよ!」

「で、でも学校で、その………しちゃうなんて………!」

「名作はみんな学校でヤってんだよ!恋○しかりsc○ool○aysしかり!」

「それどっちも主人公死んでるやつじゃないですか?!」

「○空は主人公は死んでないだろ!いい加減にしろ!」

 

ちなみにTV放送された映画の方で、ヒロのねーちゃんが何故か気になってました。小さい頃からああいうのが好きだったんだね私。

そういやドラマ版はキバが出てたねぇ。

 

「なぁ………いいだろ?こっちは昨日ヤりそこなって“お預け”食らった時からムラムラしてたまらねぇんだ………お前だってそうだろ………?」

 

肉食獣の目になった涼子が、その顔を光の顔にずいいっ、と近づける。

 

「あっ、りょ、涼子さぁん………♡」

 

囁くような涼子の声と、髪の毛の香りが、光の本能を刺激する。

 

薄い胸板と豊満な乳房が重なり、「お」の形に開いた涼子の口から、うねる舌が見える。

 

光の理性も爆発寸前。

さあいざ合体だと来た、その時。

 

 

 

ドォワッ!!

 

突如響く爆音、そして揺れ。

 

 

「うわっ?!」

「な、何だ?!」

 

ムードも性欲も一気に吹き飛ばされた二人の耳に、町内放送の無機質な声が響いた。

 

 

『付近の皆様に連絡いたします、本日未明、健善学園付近に巨大不明生物が出現いたしました、住民の皆様は誘導に従い、速やかに避難してください、繰り返します、本日未明………』

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