第9話 パーフェクトダークヒーロー


 そこは、極限にまで張り詰めた糸。

 何か少しのきっかけで、弾き切れ、即戦闘が始まる。


 双方のどちらかが、魔法を唱え始めた時、スキルを発動させようと構えた時、太刀筋のスタイルを変化させた時。



 カーン! 不意に戦いのゴングが鳴らされた!!


 相対する互いの動き、そのどれでも無い!

 外部から、部屋の外からの突然の侵入者によって。


 カピバラ家のコック長であり、クラス:サムライのリュウゾウマルが、熱い男気ゆえに、後先全く考えずに扉を蹴破る勢いで突っ込んできたのだ!

 その手に歓迎の料理を携えず、剣を持って。


 いつもなら、この呆れるほど単細胞な行動に、きついお灸をすえるところであったが、今ばかりは、執事のルシフィスも龍神に感謝した。



 愛刀の弐つ刀、ゆらりと妖気かの幻光を発する『ミズチ』と、本マグロでもさばく様な長包丁『銀二』を、すでに抜き放っているリュウゾウマルが啖呵を切る。


 「そんなぁふてぇ野郎は! たとえっ、お天道様が許しても、拙者が許さぬでござる!!」


 この瞬間から! 一気に両者リング中央でぶつかり合う…………はずが。


 怒鳴り込んできた乱入者の異様な姿、ドラゴンのような面立ちに、コックの服装!? なおかつ、刀を二刀流で構えて、侍言葉!


 奇妙なリザードマンの突然の登場に、おかしな間が生じた。



 ルシフィスは、もう信じて疑わなかった。


 (ありがたい、好機! 行ける)


 このまま、カピをいったんリュウゾウマルに託す、ほどなく、メイド長のプリンシアが必ず気づきやって来る、彼ら二人でなら、最優先でカピを守りつつ離脱可能だ。

 よしんば、最悪怪我を負わされたとしても、かかりつけ医のヒーラー、ブラックフィンが間に合う。


 ルシフィスが、命がけで敵を一瞬足止めさえすれば。



 最後に一目、一目だけ守るべき大事な人の顔を見た。


 カピはこんな状況でも、優しい笑顔だった。


 魂を燃やす、最終奥義スキルの発動……ルシフィスは死ぬ。




 ―――― 次の瞬間、起きたことを正確に把握できたのは……。


 サザブル。


 マジックマスターの大貴族は、部下の剣士が、カピバラ家の中で最も厄介な相手と目すエルフの執事に、切りかかる構えを取ったのを感じながら、魔法の詠唱に入った。


 カピを守る護衛が一人増えようが、全く問題ない。


 またまた飽きもせず、とんでもないフリークな使用人が、現れたが……もはやどうでもいい。


 アザガーノ侯爵の位置を感覚で確認。

 侯爵の事は別に気にしなくていい、逆に気にする方が失礼。


 腹の中が怒りの炎でいっぱいのサザブルは、少し時間は要するが、最上級攻撃魔法で、この部屋を焼き尽くし、オーブンにしてやるつもりだった。


 (魔炎は……コントロールする。……が、しかし限度がある)


 いよいよ死を告げる唱えが、意外と魅力的な彼の唇から放ち終わり……そうな最後の瞬間、勝利の笑みが浮かぶ。


 (あの生意気なガキは全身大やけど。部下の二人も……、まあ、少々の怪我はやもえんな)



 ―――― そして、どす黒い恐怖が、部屋を爆破する。



 サザブルの魔法ではない!


 ルシフィスの命を賭したスキルでもない!


 …………どちらも、一瞬遅かったのだ。



 サザブルの親衛隊剣士が悶絶した。

 左に立つ剣士は、たまらず腰を曲げ床に崩れ伏せ、胃の中のモノ全部を吐く。

 もう一人も、蒼白でガクガク震え、立ってはいられない、床に突いた剣も支えにならず、膝を折って座り込むしかなかった。


 ルシフィスもほぼ同様、文字通り胃をギュッと掴まれた感覚で、苦悶で顔がゆがむ。

 否応なしにスキルを中断させられた。


 一番距離があったリュウゾウマルでさえ、変わらぬほどの同じ事態に陥り、「ぐっぐぐぐ」声に詰まる。


 サザブルだけは、何とか平常心でいられた。

 それでも、呪文の詠唱は止めざるを得なかったが……このように立っていられるほど耐えられたのは、半分慣れのためだった。



 アザガーノ侯爵が、畏怖のオーラを渾身のレベルで放ったのだ!!


 『畏怖の波動』恐怖の気は精神と肉体にダメージを与えるスキル。

 受けた影響が酷い場合は、気がふれ死ぬこともあり得る。


 彼の放つ闇の覇気は、ドーム状に広がり、たちまち部屋の者すべてを圧した。

 それは……英雄マックス去りし世界、最強のヒーローと目される彼の得意の技の一つだ。


 今や、アザガーノ侯爵は最強の人間、いや、バンパイアハーフであった。


 バンパイア、俗に吸血鬼と呼ばれる種族。

 どのようにして、侯爵がその闇の力を手に入れたのかは定かではないが、その強靭な人間離れした肉体を手に入れたことにより、唯一の欠点を克服した。

 人間がどうしても他の種族に劣る能力、タフなフィジカルを。


 ついに彼は、世に言うパーフェクトヒーローになった。


 ドワーフを筆頭に、亜種族に生身では完全にかなわない人間、エルフのような華奢な種族でも、スピードという決して追いつけない領域がある。


 しかしアザガーノは、その点においても他種族を凌駕する人、新人種になったのだ。



 「子供じみた戯れは……もううんざりだ、止めろ」


 伝説の魔王デアボロスをも彷彿とさせる、黒きオーラをみなぎらせたアザガーノが、今舞台に降り立った。


 「サザブル卿、杖を下ろせ」


 低い声で命ずる。


 「はっ……はい、申し訳ない……」


 自分は何に対して、謝っているのやら分からなかったが、つい反射的に、偉大なる魔術師は、侯爵に誤っていた。


 超絶的に圧倒され、部屋の誰もが動けない。


 サザブル伯爵は恐縮し、部下の剣士たちは立つ気力も無く震えひざまずいたまま。


 あのルシフィスでさえ、額に汗している! リザードマンのリュウゾウマルの表情から、心の内は読めなかったが。ギョロギョロと小刻みに揺れる大きな瞳が、極度の緊張感を表していた。



 では、事の発端、目上のお客様の鼻を摘まむなどという、とんでもない事をやらかした、我がカピバラ家のヒーロー、若きご主人様カピは?


 手を額に当て……下を向き、相当苦しいのか、沈痛な面持ちに見えた。


 が、内情は、みんなが思っているのとは少し違う。

 自分の軽はずみな行動が、大人げない殴り合いの大喧嘩でも招くところだったと、今そこに眼前と在った深刻的状況とは、かなりかけ離れた見当違いな思いで、痛く反省していたところだった。


 (あ~僕のバカバカ! フィクションのヒーローじゃあないんだから! 何やってんだ~もう! これじゃあ「クールに殺しちゃうキャラって超カッコイイ」なーんて思っちゃてた中坊から全然、成長してないじゃあないか~)


 若きヒーローカピ。

 レベルがMAX99! だがしかし、悲しいかな、ラックだけが最高という、見たことも聞いたこともない歪な力を持たされた最弱ヒーロー。


 そう落ち込み反省しながらも、少々劇画チックな英雄的行動は、今後も治りそうもない。え? どうしてか? それは、冒険ヒーローには付き物であり、男って奴はいつまでも大人になり切れない少年なのだから。



 大人のヒーロー、アザガーノは静かに問う。


 「そなたは……確か、言ったな……」


 問いかけた先は、先ほどの怒髪天を衝く怒りはどこへやら、借りてきた猫の様にすっかり大人しくなった魔法使いだった。


 「……」


 はて? と、偉大なお方の意図、仰る意味がサッパリ分からないサザブル。


 涼しげな半開きの目が、愚か者を見るように見据え、言葉を付け足す。


 「確かに口にしていたな……、指一本でも触れた瞬間……必ずぶった切ると……」


 「……」


 サザブルの顔に汗が噴き出す。


 「!」


 つうぅーっと、汗粒が額から垂れ、落ちる。


 (そ、そう言えば……言った気がする。わしに手を出せば、容赦なく切り捨てると……そのような事を言った気がする…………)


 アザガーノ侯爵は言った。


 「……なぜ、カピ卿の腕を切り落とさず……彼のなすがままにしたのだ? それはなぜか……つまり、受け入れたのだ。そなたは彼の、……そう、彼の言うところの、差し伸べた手を取ったのだ」


 彼の深く低い声が、裁判官が判決を朗読するかに響く。


 「……」


 「分かったな」


 太い首をわずかに傾け、両眼が開く、その決に反論など微塵も許されそうもない。



 割と長い付き合いのサザブルだったが……全く分からない、アザガーノの真意が。

 ただ、身に沁みて常に思うのは、このお方は本当に恐ろしい。

 他を圧倒する戦闘力、強さだけではない! 言葉を発した自分さえもすっかり忘れているような台詞を、突然持ち出してくる……底知れぬ、読めない思考。

 そう……すべてが恐ろしい。


 「さあ、カピ卿……署名を済ませよう。筆を持ってきたまえ」


 アザガーノ侯爵が、広げた片手を指し示し言った。


 執事ルシフィスは、素早く状況を把握し、この機を逃さない。

 壁際の書机の引き出しに用意していた、書類とインク壷に筆を、丁寧にテーブルに運び置く。


 こうして署名会談は、急転直下の第二幕とともに、誰もが想像だにしなかった思いもよらぬフィナーレを迎えた。

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