第十話/後 入団試験


 翌日。

 残念ながらイッサの試みは成果があがらなかった――それもそのはず。「乾燥させる」ことと「枯らす」ことを混同していた上、白胡椒こしょうの場合、実を乾燥させても作ることはできないのだ――ものの、心配していたリヒトは無事朝に現れた。

 リヒトの案内で目標のオールドラゴンも発見することができた。が、そのときには午後を回っていた。リヒトは二日目で見つかったのは運がいいほうだと言っていたが、アチキとイッサは納得しかねた。これは“道に迷わない”ドルイドの意見が訊きたいところだ。

 さてオールドラゴンだが、樹々の少し開けた場所に十頭ほどの群れでいた。

 体高は三メートル弱。翼はなく、胸の辺りに小さな前肢ぜんし――手があり、反対に全身を支える二本の後肢こうしは大きく発達している。オールドラゴン――「黄金の竜」という名の通り、全身は眩しい金のうろこに覆われていた。鉱物の金と違い、その鱗は虹色の光沢を帯びている。

 一行はその姿を樹の陰から窺っていた。

「確か、できるだけ大きいやつって言ってたわよね」

 事前に受けていたハドのアドバイスによると、横腹の鱗が最も大きいらしい。

 アチキは一頭のドラゴンに狙いを定め、手を伸ばした。

 放った念力によって鱗はドラゴンの身体を離れ、アチキの手に収まった。

「鱗ゲットーっ」

「あっさりだな」とリヒト。

「イッサのも取ろうか?」

「ううん。試験だし、自力でやってみるよ」

 アチキはそう返してくるのを期待していたらしい。「おう、がんばれ」と激励を飛ばした。

 さて、イッサはアチキのような念力など持っていないので、鱗を取るためにはドラゴンに近づかなければならない。

 しかし、真正面から近づいても旨くいくとは思えない。逃げられるか襲われるかのどちらかだ。

 なにか策があるのか、イッサは鞄を漁りだした。

「どうするんだ?」

「あった」とイッサは目当ての物を取り出した。「おとりで惹きつけている間に取ろうかと」

「それが囮か?」

 リヒトはイッサが取り出した物を示して言った。

 イッサが取り出したのは小瓶に入った植物の種だった。

「フランさん――ガーディの庭師の――がくれたんです。自分で創造した植物だとかで、大きな目立つ花が咲くって」

「なるほど。それで注意を引こうというわけだな」

「はい。それじゃいきます」

 イッサはドラゴンに気づかれないよう静かに立ち上がり、種を投げるべく振りかぶった。これで投げた先で花が咲き、ドラゴンの注意を引ければ完璧だ。

 投げた。そして、

「あ、落ちた」とはアチキ。

 種は目標よりかなり手前で落下した。一番手前にいるドラゴンの足元にも届いていない。

 そもそも投げたあとで花を咲かせられるかも賭けだったのだが、幸か不幸か、種は見事に花を咲かせた。フランの言った通りの大きな花で、ヒマワリに似た形の、それより二回りほど大きい花がイッサの頭より高い位置に咲いた。

 その効果はてきめんで、オールドラゴンは一斉に花に目を向けた。

 それだけだったらよかったのだが、花の中央に浮かび上がる見る者をバカにしたような顔。それがドラゴンのかんに障ってしまった。

 オールドラゴンは顔回りにある襟巻のようなひれを立て、威嚇の咆哮を上げ突進してきた。

 花のすぐ後ろにイッサたちもいるわけで……

「ぅわあああああっ」

 三は大急ぎで逃げ出した。

 リヒトが即座にシルフの抜け道を開いたため難を逃れたが、三徒はすっかり息切れしてしまった。

「はぁ……はぁ……ありゃ今日はダメだな。興奮しちまって近づけたもんじゃない」

「そんなぁ……」

「幸いまだ一日ある。今日中に作戦を立てればいい。自分の持っているを整理して、なにができるか考えるんだ」

「……はい」

「リッヒー先輩とは思えぬ真っ当なお言葉」

「俺はいつも真っ当だろうが! ――ほんじゃ――」

「させるか!」

「ぬぁっ」

 昨日に続きひとり帰ろうとしたリヒトにアチキが飛びついたのだった。


     3


 入団試験前日。ガーディ本部・庭園の一角。

 イッサはオールメーラを旅立つグランツとリヒトを見送ったあと、フランの元を訪ねていた。

 この日フランは仕事中で、ガーディ兼オールメーラの猫の手――チャボを手伝いに、庭園の手入れをしていた。

「フランさん、おはようございます」

 木製の脚立の上に座っていたフランが振り向いた。

「ああ、イッサくん。なにか用かな?」

「はい。お仕事中すみません。この前もらった種が芽を出したので来たんですけど……」

 ひと月ほど前、フランに初めて会ったときにもらった丸っこい鉢だ。「芽が出たらまたおいで」と言われていたため、その鉢を持って会いに来たのだった。

「気にしないでいいよ。そうか、それじゃあ、その子の育て方を教えよう」

「なんの種だったかは教えてくれないんですか?」

「それは育ててみてのお楽しみだよ」

 フランはサプライズを仕掛けているときのように笑ってみせた。

 そして育て方の説明が終わると、イッサが尋ねた。

「あの、そもそもフランさんはどうして俺にこれをくれたんですか?」

「ん? 特に深い意味はないよ?」

「ないんですか!?」

「理由ならあるけどね」

(そ、それは大差ないのでは??)

「イッサくんはヘケルの「強さ」の基準がなにか知っているかい?」

「え? っと……一度に生み出せるものの量が多かったり大きかったりする徒が強いんじゃ……?」

「そうだね、それも一つ。だけど、ヘケルの「強さ」を測る基準は他にもあってね。「制御」と「性質変化」――イッサくんの言った、瞬時に生み出せる「総量」と合わせた三つがあるんだ」

「「制御」と「性質変化」……?」

「ヘケルは“生み出す”だけじゃなくて、“力を借りる”ものでもあるだろう? こっちの力は三つの基準の中で「制御」に集約されているんだ。

“生み出す”面でも、思い通りのものを生み出せるか――形や大きさ、量、生み出した後の動作なんかもこれに含まれる。

“力を借りる”面では、動作に加えてもう一つ、力を借りられる「範囲」も含まれる。イッサくんはこの「範囲」が基本的にどこからどこまでなのか知っているかな?」

「い、いえ……」

「例えば、果物を食べているときに種を飲み込んじゃうことがあるよね」

「? はい」

「僕は自分で生み出したものでなくても、傍にある種は大体発芽させることができる。だけど、イッサくんが飲み込んでお腹の中にある種は発芽させることができない。たとえイッサくんのお腹に手を添えていたとしてもね」

「よ、よかったです……」

「あはは。――ここで重要なのは、力を借りられる「範囲」に関わっているのは物質的な距離だけじゃないってことなんだ。心的な距離も大きく関係しているんだよ」

「心的な距離?」

「僕らのヘケルでたとえるなら植物との心の距離かな。日頃お世話をしている子たちは機嫌の悪いときでもない限り力を貸してくれるけど、初めましての子はそうはいかなかったりね」

「なるほど?」

「イッサくんも植物の立場だったら、日頃お世話をしてくれている徒と、通りがかっただけの徒だったら親身になる度合いも変わるだろう?」

「ああ、確かに……って、いやいや! 守護者を志す者として相手によって親切の度合いが変わるなんて! 今のはなしで!」

「あはは。いいけど、親しい徒により親切にしてしまうのは自然なことだよ。お腹の中にある種を発芽させることができないのは、体内に入ったことで、その種がイッサくんととても親密な関係になって、僕の入る隙間がない状態だからなんだ」

(なんか言い回しのせいで急に三角関係のような話に)

「今の説明で心的な距離がどういうものかはわかってもらえたかな?」

「はい」

(不思議とわかったなぁ)

「「制御」には「分解」も含まれていて……「分解」って知ってるかな?」

「この前、フランさんが花を生み出して見せてくれたときにしてたやつですよね?」

「意識してやっていないから憶えてないんだけど、たぶんそう。「分解」できる範囲もさっきの「範囲」と似ていてね。自分で生み出したものに対しては制御能力が低くてもわりかし簡単にできるんだけど、そうじゃないものに対しては能力が高い徒でも結構難しいんだ」

「へぇ……。じゃあ俺でも自分で生み出したものなら「分解」できるかもしれないんですか?」

「難しくはないと思うよ。生み出すのと同じで自然に覚えるものだからね」

(ということは、俺の場合自然にはできないやつだなぁ)

「三つ目の「性質変化」だけど、これは気体、液体、固体に変化させたり、複数の元素でできているもののヘケルの場合、それぞれの元素に分けたりする能力を言うんだ。前者は僕たちにはあまり関係ないけどね」

「なんだか難しそうですね」

「実際難しいんじゃないかな。できる徒も少ないと思うよ。僕もできないしね」

「えっ! フランさんでもですか」

「ははは、僕はイッサくんが思っているほどヘケルに秀でていないよ」

「え、でも、いろんな種類の植物をぱって生み出してますよね。植物って一括りに言っても含まれてる成分とか違うっていうし、「性質変化」とも関係あるんじゃ……?」

「あくまで「植物」という形で生み出しているから、「性質変化」とは関係ないかな。どれかっていうと「制御」だね。生み出す形をコントロールしてるんだ。

 僕らの場合、植物の構成元素――ええっとなんだったかな…………あ、そうそう、酸素、水素、炭素とか。そういった元素そのものだったり、それら元素を組み合わせた別のもの――水とか――だったり。植物以外の状態で生み出せて、初めて「性質変化」ができたって言うんだ。

 植物の構成元素って確か五十種類以上あるらしいから、分けて使えるようになったら凄そうだよね」

(ご、五十……っ)

 フランは笑い調子だが、イッサはその数に恐怖すら覚えた様子だ。ごくりと喉が鳴った。

「説明が長くなったけど、僕がイッサくんに種を贈ったのは、イッサくんは「制御」に秀でたヘケルだと思ったからなんだ」

「……俺がですか?」

「前にも話しただろう? 君は草木に愛されているって。それは植物との心的な距離が近いってことだ。力を借りる上で、とても大きな強みだよ」

「…………」

「この前〈春の乙女〉から聞いたんだけどね、イッサくん、遠く離れた海上に巨木を出現させたんだってね。僕の推測だけど、その樹はイッサくんが生み出したものじゃなくて、水面を漂っていた枝かなにかを成長させたものだと思うんだ。離れた所に生み出すのは基本的にできないからね。そんなことができるのは、「制御」に秀でた「総量」の多いヘケルだけだよ」

「でも俺、まだ全然……」

「そうだね。素質があるというだけで、君はまだまだこれからだ。――愛され体質の君でも、やっぱり頼りになるのは日頃心を通わせている子だから。今はまだ芽だけれど、成長したらきっと君の力になるよ」


 ――入団試験二日目の夜。

 イッサは自分の持ち物をあらため、先日のフランとの会話を思い返していた。

 どれほどの時間そうしていたのか、ぐっと、意を決めたように口元を引き締めたのだった。


 そして夜は明け、入団試験最終日。

 イッサたちは再びオールドラゴンの群れを見つけた。一晩経って興奮は落ち着いたようだ。

 ドラゴンに気づかれないよう、静かに、イッサは群れの近くの樹に登っていた。

 高い位置に突き出た太い枝の上にまたがると、掌を通じて枝に望みを伝える。

 するとイッサを乗せた枝はぐんぐんと伸び始め、オールドラゴンの真上までイッサを連れてきた。

 イッサはタイミングを見計らい飛び降りた。

 狙い通りドラゴンの背に乗り移れたが、突然背中に衝撃を感じたドラゴンは驚いて走り出してしまった。

「わあああっ、ごめんねごめんね!」

 謝りながらイッサは必至にしがみついている。

 取るならお腹辺りの鱗がいいと言われたが、とても選り好みしている余裕はない。

 なんとか指先を動かして、手近な首元の鱗を剝ぎ取った。

(取れた!)

 両手を上げて喜ぶにはまだ早い。イッサはぎゅっと目を瞑り、事前に設置しておいたあの種に念を送った。

 すると群れの外側で見る者をバカにしたような模様の花がばっと咲いた。

 オールドラゴンたちは一斉にそちらに視線を向けた。乗っているドラゴンも動きを止めたその一瞬にイッサは急いでその場を離脱する。

 そして、ドラゴンたちは襟を広げ奇声を上げると花に向かって突進して行った。

 その間にイッサと陰で見守っていたアチキとリヒトのふたりは大急ぎでその場から離れたのだった。


     4


「結果を発表する」

 アチキとイッサはふたり並んで、ドキドキしながらクラウドの言葉を待った。

「――アチキ・スペーシルド、合格」

「やったー!」

 アチキは両手を上げて喜んだ。

「イッサ・フォレスト」

「っ…………」

「――不合格」

「ま」

(正夢……――)

 イッサは貧血を起こして今にも崩れ落ちそうになった。

「どうしてよ! イッサもちゃんと鱗とったじゃない!」

「この鱗はメダリオン――所属証にするために採らせたんだ。なるべく大きい物をと言ったのは、それだけ大きさが必要だからだ。だが、そいつの採ってきたものは小さすぎる。ボタン程度の大きさにしかならん」

「だからって不合格にすることないじゃん!」

「いいよアチキ、しょうがないよ」

「イッサ! 諦めるの?」

 イッサはアチキに笑みを向けると、クラウドに向き直った。

「あの、もう一度試験を受けさせてもらえないでしょうか。俺、【レオ】に入団したいんです。お願いします!」イッサはがばっと頭を下げた。

 するとクラウドは頭を掻き、「勘違いするな。入団させないとは言っていない」

 イッサは顔を上げ、「…………へ?」

「試験は不合格だが入団はさせる。見習いからだがな」

 アチキとイッサの顔に光が満ち始めた。

「あ、ありがとうございますっ」

「やったねイッサ!」

「うんっ。アチキもおめでとう」

「見直したわマスター。よく見ればイケおじじゃん」

「調子のいい」

 アチキとクラウドの会話に苦笑して、イッサはハドに視線を向けた。

 するとハドは確かに微笑んだと思える顔で、

「これからもよろしくお願いします」

 イッサの胸は躍るようで、

「はい」




 以下余談。

 アチキとイッサの入団試験が無事終わったその日のことである。

 グランツは就職先の【タウルス】のある金牛宮きんぎゅうきゅうへと向かう船の上だった。

 甲板で潮風に当たっていると突然、なにもない空間から黄緑がかったブロンドが現れた。

「よっ、グランツ。そろそろ着いたか?」

「まだだって言っただろう」

 あっさりした関係とはなんだったのか。実はほぼ毎日元相棒(「元」に取り消し線)の元へ通っているリヒトであった。

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