『城』 第6話

 町の西側、山の麓の鶴々公園、通称ハゲ公は、その名に反して樹木の生い茂った、緑の多い公園だ。元々は戦国時代の城だったというけど、城の痕跡が残っているのは入り口の石垣と堀ぐらいで、天守閣だなんて大層なものは影もない。それでも、水の流れる堀が残っているのは全国でも珍しいのだそうだ。公園から道路を隔てた向かい側は高校のグラウンドになっている。

 石垣の前に自転車を置いて階段を登れば、右に神社、左に歴史資料館があって、正面にはちっちゃなカフェ、その横っちょから斜面を登る階段が続いている。この斜面を登った先が草地の広場になっていて、僕らはここを格好の遊び場として目を付けている。

 樟の木陰で待っていると、良太郎君が自転車を漕いでやって来た。子供用の自転車に良太郎君の巨体が乗っかっているのは、遠目に見ても不自然だ。

「ミキ、おはよう」

「おはよー」

 良太郎君の自転車のカゴにはミニバレーのボールが挟まっている。カゴが小さくてボールが入りきらないのだけど、なんとかお尻の方が挟まって安定している。

「昨日の野球、見たか」

「昨日は見なかったけど、今朝ニュースで見た。二試合連続、二打席連続ホームラン」

「二試合とも負けてたけどな」

 その日の第一種目は野球と決まった。人数は二人、ボールはミニバレー。場所は木に囲まれた草の広場。この条件でどうやって野球らしさを再現するのかが遊びのセンスだ。

 結果、いかにボールが柔らかくて遅くとも、短い木の枝のバットではボテボテのゴロが精一杯だとわかった。良太郎君のフルスイングはバットを五本もへし折った。一度の試合でこんなに折る選手はメジャーにだっていない。

 いつの間にか種目はスイングによるバット折りになっていた。これはそれなりに盛り上がったけど、その辺の手頃な枝はあらかた使い切ってしまったので、当分は出来そうにない。さすがに木に生っている枝をへし折るのはマズい。去年別の公園で桜の枝を折って、こっぴどく叱られたことがある。

 七月上旬の休日は、他の季節と比べて少し特別だ。来たる夏休み、限られた四十日を最大限に楽しむために、綿密な作戦を立てる重要期間でもあるのだ。

へし折り競争は多人数で遊ぶには不向きだったけど、もっと頑丈な枝を見つければ、少しは野球に近いゲームが出来るだろう。まずはそういう結論が出た。

 水飲み休憩のために階段を降りると、高校のグラウンドでラグビー部が練習をしていた。ラグビーのルールは良く知らないけど、ボールをゴールまで運ぶ競技だということは知っている。

 それで第二種目はラグビーになった。より厳密に言うと、ボールを抱えた良太郎君に僕がしがみついて、そのままゴールに見立てた草の禿げ地まで引きずって、ボールを叩きつけながら「トライ!」と叫ぶゲームだ。これは僕が何秒まで良太郎君を引き止められるかの勝負になった。平均は七秒ぐらいだったと思う。これは人数を集めれば白熱しそうだ。

「これだけ広いと、色々できるな。去年の祭りから目を付けといてよかった」

 僕らが叡智の限りを尽くすこのハゲ公も、九月に催される灯篭祭りでは数えきれないほどの小さな灯篭が並んで、夏の夜を幻想的に染め上げる。

この広場には個人や団体の創作灯篭が展示される。僕も去年見に来たけど、それは中々に壮観な景色だった。特に、工務店が創作した、町のゆるキャラを模した竹灯篭は見事だった。内側に灯る火の色が目や口の穴から溢れて、まるで邪教の偶像のようだとみんなで大ウケした。

「ミキのとこは、ああいうの作らないの?」

 汗だくの体を木陰に横たえて、良太郎君が尋ねた。ミキのとこ、という意味が始めはわからなかった。

「ほら、お城」

「んー、今のところは、何も聞いてない」

「ふーん。夏休みの間に人数集めてやったら、結構すごいのが出来そうだけどな」

「遊ぶ時間がなくなっちゃうよ」

「そりゃ困るな」

 地域の行事には積極的に参加して、いろんな人たちとコミュニケーションを取りましょう。おばさんはお城の子らにそう教えている。もしかすると、本当に灯篭を作ろうと言い出すかもしれない。

 ――おばさんにやらされるのは面倒だけど、みんなと工作をやるのは、結構楽しいかもしれないな。

 こどもの城には、僕を含めて五人ほどの子どもが出入りしている。中でもよく出会うのが初日にあった三人の、健太君、里奈ちゃん、祐君だ。時々顔を出す白岩虹路君は、唯一の中学生だ。ヘルメットみたいな髪型で、猫背気味で、虹路なんて気取った名前の割には地味な風采をしている。でも、物腰が柔らかくて、年少の健太君にはとてもなつかれている。もっとも、あの子は誰にでもすぐなつくのだけど。

「上の方、行ってみないか」

「うん」

 広場からはさらに上へと斜面が続いている。そこから先は僕らも行ったことがない。一応はコンクリートの坂道が続いているけど、これまで上って来た以上に急傾斜で、さすがにちょっと苦労する。

 しばらく上るとまた小さな広場があって、錆びついたジャングルジムとすべり台が侘しく取り残されていた。

 最近、ジャングルジムみたいな遊具は危険だからといって、公園からどんどん撤去されている。僕が通っていた保育園からもなくなったそうだ。それだけじゃない。公園でのボール遊びや、ペットの連れ込みも禁止されていることが多い。ここではないどこか遠くの町だけど、遊んでいる子どもの声がうるさいと苦情が出た所もある。

 まったく、それじゃあ僕らはどこで何をして遊べばいいんだ。川は危ない、空き地は誰かの所有地だから勝手に入ってはいけない、もちろん駐車場や道路で遊ぶのはもっての外。そうやって色々な場所から子どもを締め出しておきながら、最近の子どもは外で遊ばないだなんて愚痴を言う大人がいる。玉井さんとか。

 この広場の遊具が撤去されていないのは、わざわざこんなところまですべり台で遊びにくるような子どもはいない、と大人が思っているためだろう。もしくは、撤去するのが面倒なだけか。どちらにしてもありがたい。すべり台で遊ぶ歳でもないけど、何かモノがあれば、そこから無限の遊びを思いつける。

「このすべり台さあ、せっかく高いところにあるんだから、下の方までずっと伸ばせばいいのに」

「ここから麓まで? スピード、凄いことになるね」

「風とか、もう、すっげえよ」

「加速がつきすぎてズボンが破れたりして」

「ぶはっ、尻丸出しで、道路に飛び出して、車にドーン!」

「大惨事」

 それなりにスペースがあって、昼間は自由に出入りができて、それでいて口うるさい大人が来ないようなところ。木陰が多くて真夏でもそれなりに涼しそうだし、麓にはトイレも水飲み場もあるし、ちょっと贅沢を言えば自販機だってある。今年の夏の拠点はここに決まりだ。資料館が入館無料だったらクーラーで涼むこともできたけど、あいにく、子ども料金で百円が必要だった。

 もうちょっと登れば、町を一望できる展望台がある――というのは、半分嘘だ。展望台といっても急な斜面の上に木の柵とベンチが設けてあるだけだし、横から突き出した木の枝葉に遮られて、町の北半分は見えないようになっている。

 それでも、高いところから町を見下ろすのは結構な壮観だ。僕たちの家も、田んぼも、ひどくちっぽけに見える。こんな場所に住んでいた昔のお殿様は、町人だってちっぽけに見えていたに違いない。

「あそこの木の枝にロープ引っかけて、ターザンやろうぜ」

「それは事故る。死ぬ」

「だなあ」

 本気の危険はほどほどにしても、ここで遊ぶネタはいくらでもある。今日はそれがわかっただけで大収穫だ。

 良太郎君がズボンのポケットから腕時計を取り出した。

「十一時四十五分だ」

 麓まで降りると、ツバの大きな帽子を被ったロングスカートの女性が、カフェの前で看板のメニューを眺めていた。

「先生!」

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