ビーフ オア バレット? ”終”末営業ダイナーレストラン

肺穴彦

本編

第1話 国が消えても腹は減る

カラスが鳴いている。車が放置されている。新聞の切れ端が風に乗って宙を舞っている。生ゴミとガスの臭いが鼻をつく。

私はもうすぐ殺される、膝を抱えてうずくまる。


「女はこの辺りに隠れたはずだ」

「隠れられる場所なんてほとんどない、すぐ見つかるさ」


私はもうすぐ殺される、呼吸を止めてうずくまる。


「お前は左から回れ、俺はこっちから行く」

「逃げ場はないぜお嬢ちゃん、観念して出ておいでよ」


私はもうすぐ殺される、あるいはもっとひどい目に合わされる。どう転んだって私が助かることはない。なんでこんな事になったんだろう。涙が止まらなくなってきた。嫌だ、私は死にたくない。誰か!誰か助けてよ!

祈る。この際何でもいい、私をこの状況から助け出して!

そして、祈りは通じた。


ジリリリリリリリ!!!!


大音量でベルが鳴る。これは火災の警報か、自警団が来てくれたのか。


あ、違うわ。

これ目覚ましのアラームだ。


バサッ!

掛け布団を勢い良く跳ね除け身体を起こす。私の救世主は小刻みに振動しながら朝の訪れを告げていた。


「はぁ……夢で良かった……」


私は胸をなでおろした。

さて、いつまでも夢の余韻に浸っている場合ではない。朝はやらなきゃいけないことが山積みなのだ。

顔を洗って歯を磨く、ここはみんなと同じ。パジャマから服に着替える、これもみんなと同じ。

次に私は外へ出た。さっきまで私が居た建物は実はトレーラーハウスで、赤い屋根にベージュの壁の年季の入ったアンティークな見た目をしている。

そして裏手に回ると物置小屋や鉄製のケージがある。私は物置小屋に置いてあったバケツを手にケージへと向かった。

このケージの中では鶏を飼育していて、今から私がやるのは餌やりとケージの清掃。多分、これはみんなはやらないと思う…。

では一体なぜ私が鶏を飼育しているか?答えはコレ。


「おぉ!今日は二つも!?」


それはズバリ、卵を産んでくれるから。このために私は雌の鶏を3羽飼育している。このご時世、生卵を安定して入手する手段は他にない。動物性のタンパク源は高値で取引されていて、とても気軽に手を出せるものではない。

他に規模は小さいけれど大豆とジャガイモもハウスの裏手で栽培している。忘れずにジョウロで水やりをする。外での仕事はこんなものかな。

次に私はハウスに戻るとパンの仕込みを始める。これは自分で食べる分ではなくお客さんに出す分で、上下で半分に切り分けるとハンバーガーのバンズになる。

お客さん、私がここまで食べ物に対して手をかけている理由である。私はこのトレーラーハウスでダイナーレストランを営んでいるのだ。

従業員は私の他にあと一人しかいないものだから、朝はこのように店を開けるための仕事に追われることになる。そのもう一人は昼頃まで起きてこないから、朝の仕事はほとんど私一人でこなすことになる。

パンの仕込みを終えた私は発電機に燃料を注いだ。スターターの紐を勢い良く引くとブルンブルン!!と大きな音が響き、独特の臭いが広がった。ドルドルドル…発電機の回転数が安定したので私はハウスのブレーカーを入れた。室内に明かりが灯り、白熱電球に照らされたボックス席のソファーが真っ赤に輝いた。

そろそろ店を開けてもいい時間だろう。そう思い私は入口に置いてあるネオンの看板をコンセントにつなぐ。美しいピンク色の光が一日の始まりを告げた。


しかし、店を開けたところですぐにお客さんがやってくる訳ではない。街灯がほとんどないこのあたりを日が昇らないうちに行き来する事は様々な危険が伴うのだ。

その為もう少し時間が過ぎてこないと人がやってくる事は少ない。常連のお客さんなら進んで来てくれる事もあるのだが、一見さんは目の前を通りかかったりしないとそもそもこの店の存在に気づいてくれないだろう。

私はカウンターから目の前の太い通りを眺める。


この道路はかつて国道62号線、“ルート62”と呼ばれていた。今は国も行政もあったものではないので、すっかり路面は荒れ果てており、アスファルトはひび割れて所々雑草が顔を出している。昔は広大な砂漠地帯を横断するドライブスポットとして人気があり、モーテルやバー、果てにはクラブハウスまで存在していたそうで相当賑わっていたらしい。

今では私しかここで店を営むものはいない。車でやって来るお客さんなんて、一週間で片手で数えられる程度しかお目にかかれない。


一体なぜ世の中はこんなことになってしまったのか、全ては四年前に起きた“ブラックアウト”が原因である。

四年前までこの国のインフラは全て高度なAIによって管理されていた。全国各地に巨大なコンピュータ群からなる基地局が存在しており、バックアップも完全と思われていた。

しかしある日突然システムは一斉にダウンした。連鎖するように被害は広がった。発電所は急停止して送電はストップ、浄水施設が動かなくなり水道もストップ。他にもガス、電話、インターネット等全てのライフラインは使い物にならなくなった。こうなってしまっては原因究明は不可能、復旧作業を始めることもままならなくなってしまった。

もはや国や行政が機能しなくなった今、頼れるのは自分だけである。人々は独自にコミュニティを形成して生活を始めたが、法律なんてものは無いに等しい。トラブルは絶えず、血生臭い話もしょっちゅう耳にする。

今この世界を生き抜くために最も必要なのは力だ。それも人脈のようにいつ崩れるかわからないものではなく、普遍的で絶対的なもの。


具体的には銃だ。

世界は石器時代に逆戻りしているのかもしれない。


考えごとをしていると“もうひとりの”従業員が起きてきた、彼女にしては早いお目覚めだ。


「おはようございます、ラケルさん」

「うん、おはようシャルロッタ!今日は早いね?」

「このこがおなかをすかしているみたいで…」


「この子」とは彼女の足元のシベリアンハスキーのことだ。名前は”シローク”といって彼女が連れている犬で元々は猟犬として育てられていたらしい。


「おぉ~よしよしお腹が減ったんだね~」


早速撫でてみようとするが、ぷいっと目を逸らして離れてしまう。私にはあまりなついてくれない……。

まぁいいや、毎度のことだし。私はパンの切れ端を器に入れてシャルロッタに手渡した。


「はい、シロークくんの朝ごはん!」

「ありがとうございます」


 シロークはこの店の看板犬だからね、仕方ないね。そして彼の主、シャルロッタはこの店で主にウェイトレスと皿洗いをお願いしている。赤毛で癖毛の私とは対象的な銀色の長い髪、白い肌、細い脚、全てにおいて私よりも魅力的な見た目をしている。そんなもんだから男性の常連客の半分は彼女目当てと私はふんでいる。うらやましくなんてないですよ?固定客がつくのはお店にとって良いことですから、ええ。


「そういえばラケルさん」

「なに?」

「わたし、またおきゃくさまからおてがみをもらいました」


ああそうですか、またですか。私は一度もそんな経験したことないですね。


「オアシスへのお誘い?」

「はい、そのばでおことわりしたんですけど、てがみはどうしてもうけとってほしいっていわれて……」

「熱心ですこと」

「わたしあそこのふんいきすきじゃないです、このこもいきぐるしいと思います」

「だよねー」


オアシスとは何か、ここから2㎞程の所に存在する集落の事である。石油採掘プラントが町の中心となっており、大勢の人が集まっている。

ただその実態はプラントの所有者である町のリーダーによる独裁的な運営がなされており、とても居心地のいい場所とは思えない。住民はリーダーや彼に雇われた治安部隊の顔色を伺い、理不尽な仕打ちや賄賂におびえながら日々を送っている。

しかし、オアシスには資源や情報、また医者や銃器技師などの特別な技能を持った人材が集まるため、生きるためにはそういったことも受け入れなければならないという現実がある。

ちなみに私たちはオアシスには所属していない。オアシスに頼らなくても独自に資源や人材を集める手段があるからだ。

それがこのダイナーレストランである。独自に構築した農家や畜産家とのネットワークにより、この店は成り立っている。

もっとも、これはもう一人協力者の存在があったおかげで実現できたことなのだが……まぁ、そいつもあとで店に来るでしょう。


「ラケルさん、わたしそろそろ”りょう”をはじめようと思います」

「ちなみにターゲットは?」

「しかです」

「シカ」


確かに鹿が増えてくる時期かもしれない。


「このこにもうんどうするきかいをつくってあげたほうがいいとおもうんです」

「なるほどね」

「ですのでさぎょうだい、かしてください。じゅうのていれをしたいので」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます。では」


シャルロッタは自分の部屋からガンケースを持って来た。それを作業台に起き、開く。中から木目の美しい銃が姿を現した。

彼女の銃はSKSカービン、父親からのお下がりらしい。固定式のマガジンが特徴的な銃で弾を直接装填するようになっている。

使用弾薬は7.62x39mm弾、装填数は10発。信頼性や整備性に優れた銃だ。

このご時世、メンテナンスに手間がかかったり、部品の入手が困難な最新モデルの銃よりも、こういった銃の方がよっぽど頼りになるのである。


「かんきせんまわしますね」


シャルロッタは律儀に報告してくる。そんないちいち言わなくてもいいのに、かわいいやつだな。

黙々と作業をする彼女の横顔を眺めていると店の前に一台の車が止まった。ブルーマイカのピックアップトラックだ。

だけど私は出迎えない。なぜならこいつはお客さんじゃないからね……。


カランカラン……


「よう」

「あん?」

「さびしすぎて死んでないか心配してたぞ」

「私はウサギかな?」

「こんな足の太いウサギは嫌だなぁ」

「うるせぇ、死ね」


こいつはニック。さっき言っていた「もう一人の協力者」だ。

こいつは今どき珍しいガソリン車を所有していて、行商や通訳の仕事で生計を立てている。私の店で使われる食材の大半はこいつが買い付けて来たものを仕入れているから、もうほとんど毎日この店に顔を出す。

今日も私に食材を売るためにやって来た訳だ。


「まぁ冗談はこれぐらいにして仕事の話といこう」

「そっちからふっかけてきたんでしょうが……で、今日は何を仕入れてきたの?」

「小麦が20㎏と玉ねぎ7kg、トウモロコシがバケツ2杯」

「ほうほう」

「あとは人参が11本とブロッコリーが5本」

「随分多いね」

「そして……」

「そして?」

「牛肉」

「牛肉!?」

「子牛が丸々一頭だ」

「噓でしょ」

「ホントだって、まぁ詳しくは後で説明するよ」

「支払方法は?」

「小麦と野菜は現金で、牛肉の3割は5.56mm弾で頼みたい」

「5.56?珍しい」

「売り物だけじゃない、俺の分もだ」

「……使ったの?」

「かなり。さっきの子牛に関係しているんだが……」


ニックの話を整理すると、畜産農家と取引をしている最中に盗賊の襲撃にあったらしい。そこで彼は自分の弾を消費して応戦し、結果的に農家の人々を救ったのだという。

その見返りとして、彼は襲撃の際に足を怪我してしまった子牛を格安で譲ってもらったと言うのだ。

彼の銃はG36の民間仕様であるHK293で、5.56x45mm(より厳密には.223レミントン)弾を使用する強化プラスチック製の高価な銃だ。彼は通訳や外部との橋渡し役としてオアシスにも所属しているため、銃器技師のサービスが受けられる。でなければこんな銃持っていても使えない。


「あいにく5.56の在庫はそんなにないんだけど」

「質の悪い弾じゃなければ多少割高でもかまわない」

「はい、じゃあこれでどう?」


ドン!とカウンターに弾薬箱を乗せる。これでだいたい1000発近くはある。一時期はよく通貨としても流通していたが、近頃は9mmや45ACPなどの拳銃弾か、もっと大口径のライフル弾かの二極化が進んでいた。


「商談成立だ」


ニックは握手を求めてきた。


「ん」


私は握り返した。


「さーてニックが来たから、私はおやすみタイムに入るのだ」

「は?」

「私はここで寝てるから、店番よろしくー」

「俺はここの店員じゃないぞ」

「後でとれたての卵でフレンチトースト焼いてあげるから、つべこべ言うな」

「はぁ……客来たら起こすからな」

「うむ」


私はカウンター席で突っ伏して睡眠体勢に入った。

しばらくのあいだ

よろ



私は再び夢の世界へと落ちていった……。

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