第6話 サキュバスのクララ

「いや、サキュバスってもっとこう、……すごいものなんじゃないか?」

「裂け場酢とは強い種族なのですか?」


撫子から純粋な疑問を向けられ、失言したと蘇芳は思う。撫子がサキュバスを知らないから良かったものの、蘇芳の発言は任務中出会ったサキュバスに期待したという意味になる。

サキュバスのクララはため息をついて答えた。


「おにーさんが期待した姿は仕事モードの姿っす。オフのサキュバスなんて誰もがこんなもんすよ」

「そ、それもそうだな。いや、それでも君は仕事中なのだが、もう少しまともな格好をするものでは……」

「なるほど、おにーさんは仕事着で待っててほしかったんすね」


サキュバスの特徴である色香振り撒く容姿に性格というのは仕事用のものらしい。そんな彼女に顧客扱いされた蘇芳はもう何も言えない。下手につつけば撫子にいらない知識を与えかねない。


「……格好はもういい。案内を頼もうか。あぁ、それより先になぜ床が絨毯なのか教えてほしい」

「じゅうたん?」

「こんな豪華な絨毯、このダンジョンには必要ないだろう。張替えるのも金がかかったはずだ。理由が知りたい」

「え、なにそれ、そんなのハイヒール履くときに楽だからに決まってるじゃないすか」


ダンジョンのトラップはそこに住む魔物に任せている。この場合はサキュバス族が担当する。

しかし魔王軍として、あまりに金がかかる改造は関心できない。なので蘇芳は尋ねたのだが、クララの答えは罠ですらなかった。

ハイヒール。サキュバスのデフォルト装備とも言っていいだろう。蘇芳が想像したサキュバスもそれを履いている。ちなみに今のクララはゆるそうなサンダルを履いているが。


「……君はヒールじゃないようだが、」

「だから仕事着の話っすわ。仕事前、サキュバス皆でミーティングしてて思ったんすよね。ヒールで石畳って痛すぎ、って」


当時のことを平坦にクララは語った。石畳に足をつけた衝撃を、足を安定させない靴で受け止めるのは難しい。ふかふかの絨毯の方が歩きやすいだろう。しかし、それだけのために変更するというのは蘇芳の理解を超えている。


「だからサキュバス皆ではりかえたんすよ。そもそもヒールってのはこういう絨毯の上を歩くものっつーか、そんなに歩かなくていい身分の人が履くもんなんで」

「いや、だからといって種族としての要望でダンジョンを改造してはいけないだろう。あれを見ろ」

「なんすか?」


蘇芳は遠く、階段下を指さした。その絨毯には黒いシミがついている。


「これは血痕だ。そして罠が近くにあるのだろう。この血痕のせいで、初見の俺でさえ罠があるとわかってしまう」

「あ……」


カタカナ語が続きしばらくぽかんとしていた撫子だが、はっと気付く。赤黒いシミだ。、絨毯の根本まで染み込んだ血痕は取れず大きなものとなっていた。

それはつまり罠があってそこで大量出血した侵入者がいるという事だ。例え初見の侵入者であっても血痕により警戒してしまい、罠が見破られてしまう。

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