第3話 落とし穴① 黒猫は不幸の象徴なわけじゃない




 季節は立夏。つまり本格的な夏が始まる本格的な準備期間といっても良いだろう。その証拠に現在も晴天。


 もう既に外の気温は高く、じっとりとした汗を背中にかいてしまっているので衣替えの時期でもあるのだが、生徒全員が夏服スタートするのは残念なことに六月から。


 美雪が弓道部の朝練だというので、日課である妹に起こされるイベントをこなした暮人は一人でのんびりと高校へ登校している。その表情は暑さにより辟易とした様子が否めないが。



「あっついなぁ………保冷材とか冷えピタ持ってくれば良かったかなぁ? でも今それに慣れると本格的な夏がやって来た時にはバテちゃうからなぁ」



 額に薄く張り付いた汗をぬぐうと空に昇る太陽を見上げる。相変わらずの日照りに思わず瞳を細めるが、肌をジリジリと焼く熱気が弱まる事は無い。


 うんざりとしながら足を運ぶが、ふと前方の電柱の側でしゃがんでいる水色の髪の少女のうしろ姿を見かける。



「うわぁ、このパターン何度か覚えがあるぞ………まぁいいや、無視無視」

「如月さん、お待ちしてましたよ! おはようございます!!」

「おっはようっ!」



 暮人が隣を通り過ぎようとするが、もともとタイミングを見計らっていたのかその瞬間に振り向いて軽い足取りで近づくと、彼女は片手に持ったバタフライナイフを一振りする。


 まさか挨拶の瞬間に死の淵に立つとは思っていなかったが、そこは『回避』の特性を持つ勇者。余裕を持って躱して見せる。



「チッ、躱しましたか。やはりこの一連の流れもルーティーンになってしまうと身体が覚えてしまい殺せませんね!」

「朝から流血沙汰って結構洒落にならないと思うんだ」

「ふぅー、この刃物を使って殺そうとするのも早三十六回。塵積ちりつもを信じましたが無駄でした。まぁ必ずいつか多分おそらくメイビーってみせます。あっひゃっひゃっひゃ……………オロロロロロrr」

「あぁほらナイフの刃を強く舌で押し付けてなぞるから………!」

「だいじょぶです。これ実はおもちゃなんですよ」



 ケロッとしながら「やってみたかったんです!」とナイフの刃をぐにゃぐにゃとしながら朗らかに微笑む彼女。水色の髪を揺らしながら近くで見る表情は可愛いのだが、それはそれ、これはこれ。


 折角心配したというのに、この暑さも相まって少し苛立った。



「それで、こんな朝なのにクソ暑い中、道端にしゃがみ込んでなにしていたんですか女神さま?」

「もう、その呼び方は地上ここではやめて下さいっていつも言っているじゃないですか。実際に学校でも噂されてますけど。というか最初の発生源は私ですが。まぁ気軽に聖梨華せりかと呼び捨てにしても宜しいのですよ?」

「あっマッチポンプを自分からゲロった」

「女神ですからね!!」



 歩きながらえっへんと誇らしげな表情をしているが彼女の正体は女神。学校中での品行方正な彼女の性格や対応、それに対しての生徒や教師からの評価や反応を見る限り、その辺の情報・印象操作はお手の物なのだろう。


 これまで彼女と接してきた内容を思い返しながら暮人は自分に纏わりつく運命に思わず溜息を吐いた。



「で、さっきの質問の答えがまだ帰ってきてないんだけど」

「はい、怪我をした猫がいたので手当をしていたのです!」

「猫………っと、あれか」



 後ろを振り向くと、一匹の黒猫が遠くでこちらを見つめていた。よく見ると右足に包帯が巻き付けてある。

 呑気にあくびをしながらにゃあと可愛らしい声で鳴いていた。



「おとなしそうな子で良かったですよー! どうやら捨て猫のようですが、飼い主さんから飽きたという理由で捨てられたそうです。世の中のブームというものは儚いですね………」

「ふうん、命に責任が持てないなら飼わなきゃ良いのに。人間の見栄とエゴに振り回される動物たちも可哀想だよなぁ」

「おや、猫などペットを飼ったことがあるんですか?」

「いやないよ。ただそういう考えを持っているだけ。あと猫アレルギーだから飼えない」



 そう暮人が言った瞬間、氷石の口角が上がり琥珀色の双眸はきらりと光ったような気がした。



「ほう、ほうほうほう! これは良い事を聞きました!!」

「な、なんだよ………そんな肉食獣が獲物を追い詰めた様な目をして」

「いえ別に。ただこれから面白い事になるかなぁと思いまして」

「………?」



 氷石の話す言葉の意味が良く分からない暮人は首を傾げる。



 そうしてしばらく歩き続ける二人だったが、暮人はふと前方の道が妙に気になった。

 現在歩いているのは、車ならば余裕で通れそうな横幅がある歩道。暮人から見てもそこには様々な色で模様付けされたコンクリートだけで、普通の道だったのだが強烈な違和感を覚える。



 どうも、身体からの視覚情報を得ることによりこの道を通ってはいけないという拒否反応が頭の中で警報を鳴らしている。

 ―――この粘りついた感覚は、物心ついた時から知っていた。



「ねぇ聖梨華さん、なんだか危ないような気がするから一旦道路側の白線の方に………ッ!」

「おっーほっほっほ! 気が付いたが運の付き! 異世界への片道切符にご招待ですッ」



 いつの間にか少しだけ後ろに離れていた氷石はダッシュで暮人目掛けて体当たりしてきそうであった。

 やはり暮人の先程の強烈な違和感は正しく、前方の道には何かがあるのだろう。


 そして―――、




「(ひょい)」

「ああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ!!!?」




 彼が危険察知し回避してしまったが故、その勢いのまま暮人よりも前に進んでしまった氷石。すると彼女はこの前と同じような悲鳴を上げながら大きく口が開かれた大・・・・・・・・・・に吸い込まれるようにして落ちていった。


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