戦場

影宮

思えるか否か

 血と泥が混ざり合う。

 怒号か、蹄の音か、それとも死の音か。

 快晴は風を呼び寄せ、何一つ美しさを見い出せない地上を嘲笑った。

 戦忍、影が如く疾駆する。

 それそこ、首を飛ばせば血は陽の光に輝く。

 勝利を手にする為に、後の宴の為に、刺すか?殴るか?それとも、なんだ。

 呪いのように、恨み辛みを吐き出すかのように、誰もが砂煙を上げながら、死に生きを選択し続けた。

 この影忍、ただ呆れていた。

 人間様と見上げた目で、貶しながら心底見下した言葉を放り投げる。

 殺傷に爽快感を得た刃で、面影さえ奪えば、次の命が躍り出る。

 それさえ、奪いとって喰らい尽くせばそこに残るは空の肉塊。

 青い草によく映える、血というのは見飽きていた。

 この美しき風景にうっとりとするような余裕は、此処にただ一匹を除いて有り得なかった。

 争いを続け、この戦に何を思うのか。

 争わざるを得なくなったのは、遠い遠い昔の出発点。

 相手を殺し、排除する…或いは相手を屈させることで我が意志に従わせ都合良く事を回す。

 不都合を圧し、その上に立たなければ成り立つことのできないその足で、さて次は何を踏み潰そうか。

 影忍は平和を望むことができなかった。

 それ即ち、己の存在意味を失うこととなる。

 戦忍は戦場でこそ、本領を発揮できるというもの。

 忍が、陰の中で影として生きてきた。それをひっくり返し人間として陽の下で生きろというには、勝手が過ぎる。

 特に、影忍には無理難題。

 ならば、戦を買って出るか、戦を売って歩かねばならない。

 だが、今はその心配もない。

 そして、これからも。

 人間は争いを止めない。

 止めることはできない。

 それは、確信していた。

 そう、容易い問題ではないのだから。

 人間は自分以外を排除することにしか脳が無い。

 共存という綺麗事で、利用するのが限界だ。

 常に者を下に見ては、それらを支配管理し、正しきことをしていると思い込んだまま者を守るとまで言う。

 その人間様を面白がりながら、影忍の息は極めて静かになった。

 壊滅させ、手のひらを返したような言動をとる。

 それを繰り返し、ようやっと迎えた終焉でまだ醜く蠢く。

 戦が終わればこれと同じに生きるのか?

 それは御免だ。

 喉でクツクツと笑うた。

 首が一つ、二つ、転がった。

 頭蓋に成る頃に拾い上げてこう告げてやるのだ。

 お前の生きた戦はまだ此処に在るぞ、と。

 叶わぬならば、死す時告げよう。

 再び戦場の陰に、忍び戻ってやろうぞ、と。

 飽きもせず、自己中心的に戦場で生死を押し付けあっていた。

 戦場では、殺傷は正当化される。

 英雄にさえ成れる。

 頭蓋となろうとも。

 殺さねば殺される。

 それに違反できるのは、戦場において誰一人として居ない。

 馬鹿らしいだろう?

 忍のようには殺したがらぬ。

 卑怯を嫌う。

 正々堂々と、なぞやってられぬ。

 さて、と影忍が立ち上がった。

 戦場が皮肉なまでにそれらしくなった頃合い。

 この戦場において、生きて立つ者は己以外許さぬ。

 生きて返してなるものか。

 要は人間様の真似事をしておれば良い。

 同じを否定し、別物とするそれに何の意味がある?

 腕を引きちぎった。

 人間が大嫌いなのだ。

 それも、あれも、これも、どれもが。

 道具として、見る目には皆が同じに見える。

 お前と彼奴は、何が違う?

 同じを行うそれに、何を拘って言う?

 やれ笑え。

 命なぞ重みもない。

 生死なぞ、言葉の上。

 やがて遠ざかる死を、手招いてまで。

 ほれ、泣けや鶯。

 告や烏。

 狙えや鷹。

 舞われや鳶。

 どれも同じと言うてみよ。

 言えたならば、褒めてやろう。

 戦場に、一つは要らぬのよ。

 個の一つは、在ろうが無いもの。

 所詮、人間。

 一つでさえも居られぬ存在。

 どれも同じよ。

 影忍が欠伸を噛み殺した頃には、戦場に命は無かった。

 地面に転がった肉の塊を、何と見る?

 引きちぎれて、誰とも言えぬ姿も在り。

 かろうじて誰と言えるが、思うほどの仲でもない者も在り。

 誰と言う前に、人であったかさえわからぬも在り。

 それ、言うてみよ。

 影が失せた。

 戦場には、何も無い。

 何一つとして、無い。

 同じよな。

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