第3話 傭兵ギルド


 傭兵ギルドの受付嬢、フィオレ・レオタールの朝は早い。


 まずは届いている依頼書などを確認し、整理する。

 まだ達成されていない依頼書は壁に貼りだし、所属している傭兵の人たちに受けてもらわないといけない。


 ギルド内の掃除なども受付嬢であるフィオレや同僚たちの仕事だ。


 時々酒に酔ったまま来て吐いていかれたり、血だらけのまま報告しに来たりする人がいるので、しっかり掃除しないとすぐに汚くなってしまう。


 そして掃除が終わり、依頼書も貼りだして……傭兵ギルドの朝は、始まる。



「今日も来ないなぁ……」


 フィオレはギルドの入り口を眺めながら、小さく呟く。


 彼女が待っているのは、二年ほど前からほとんど毎日来ているテオ・アスペルだ。


 華奢で小柄な男の子。

 十四歳ということを加味しても、体格はお世辞にも恵まれている方ではない。


 そんな子がなぜ傭兵ギルドなんかに登録して、仕事を受けているのか。


 前に彼女はテオに聞いてみたが、その不遇な生い立ちに涙を堪えられなかった。


 まだ物心が付く前に親に捨てられ、老夫婦に拾われるのはいいが彼が大人になる前に他界。

 それから彼は一人で生きていかないといけない、ということだった。


 身元がはっきりしていないから普通の仕事に就けなくて、治安が良いとは言えないようなこの世界に入るしかなかったのだ。


 そんな彼を心配して、フィオレは目をかけていた。


 安全な依頼を彼に回すようにしたり、他の仕事などを紹介したりもした。

 しかし安全な依頼というのは数が少なく、報酬も少ない。

 他の仕事も残念ながら、彼を雇うところはどこもなかった。


 それでも彼はめげることなく、ずっと傭兵ギルドで仕事をしてきた。

 他の人たちの手伝いというものを。


 しかしそれは他の人にいいように使われるということで……。


「おい、テオの野郎は来ねえのかよ」


 ギルド内でテーブルに座りながら三人組の男たちが話している。


 どうやらフィオレと同じように、テオの姿を探しているようだ。

 しかしそれの理由は、フィオレとは全く違う。


「あいつにはまた荷物持ちをさせねえとな」

「ああ、俺たちが雇ってやるんだから」

「俺たちに無断で休みやがって、これだからガキは……」


 何回かテオのことを荷物持ちとして雇ったことがあるそいつらは、彼を蔑ろにする。

 彼のお陰で絶対に楽になってるはずなのに、それを感謝しようともしない。


(だから傭兵ギルドのこういう奴らは……!)


 受付カウンターで聞いていたフィオレは、顔に出さないように歯を食いしばる。


 あんな奴らにテオが使われることが、腹が立ってしょうがない。


 フィオレにとって彼はもう弟のような存在だった。


 自分と同じぐらいの身長で、中性的な顔立ちで結構可愛い。

 さすがに女とは間違えるほどではないが。


 黒髪で黒目というのが少し珍しいが、それもなんだかペットのような可愛さがある。


 テオにも直接可愛いと言ったことはあるが、「か、可愛いですか? 最近は少し筋肉ついてきたと思うですけど……」と袖を捲って力こぶを頑張って作って見せてきたのが、さらに可愛かった。

 力こぶも女性であるフィオレと同じくらいだった。


 そんな彼だからこそ、あのような男たちにいいように使われてしまうのだ。


 あいつらは報酬を分けるとき、テオに十分の一程度しか分けない。

 それだけだと安全な依頼の方が報酬をもらえるくらいだ。


 しかしテオはその報酬に文句を言わない。


「手伝いをしているだけなので、もらえるだけありがたいです」


 そう言って苦笑いをする。

 どれだけ重い荷物を持たされ、大変な魔物の剥ぎ取り作業をやっても男たちはそれに相応する報酬を支払わない。


 ギルド側はパーティ内での報酬の配分に口出しなどできない。

 この規則がこんなにも歯がゆいことなんて、フィオレは思いも寄らなかった。


「そろそろあいつにも戦わせてえよなぁ。まあ弱えからすぐに死ぬかもしれんがな」

「別にいいんじゃねえか、あいつが死んでも誰も困んねえよ」

「はっ、それもそうか!」

「ははははっ!」


 その言葉にフィオレ、それにギルド内にいる受付嬢たちが全員そいつらを睨む。


 テオのことを気にしているのはフィオレだけじゃなく、受付嬢たち全員といってもいい。


 荒くれ者たちと接する機会が多い受付嬢たちの癒しとして、テオはとても人気だ。

 弟やペットのような可愛さがあり、見てて癒される。


 だから彼が不遇な待遇を受けているのを見てイラついているのは、フィオレだけじゃなくこの場にいる全員というわけだ。

 あの男たちは時々受付嬢たちに夜の誘いをしてくるが、それを受ける受付嬢は皆無だ。


 逆にテオから誘われたら、ほとんどの受付嬢が了承することになるだろう。

 頑張ってるあの子を癒してあげたい、と思ってる受付嬢がほとんどだ。


(もちろん私も……)


 フィオレはそう考えたが、顔が赤くなってくる。

 初めての自分が、おそらく初めてであろう男の子をリードできるとは思えない。


 というかそうだ、まず今考えるのはテオのことだ。


 三日程前、またテオがパーティから外されてしまって、それからショックを受けたのかギルドに顔を出していない。

 時々こういうことがあって来ない日があるのだが、今回は三日も来ていないのでフィオレは心配していた。



 テオのことを考えていると、ギルドの入り口から誰かが来たのが見えた。

 フィオレは横目で一瞬見えただけだが、すぐにテオだということに気づいた。


 パッとそちらを見てテオの顔を確認し、いつもの元気な表情で安堵する。


 そして声をかけようとするが……。


「ヘルヴィさん! ここが傭兵ギルドです!」

「ほう、そうか」


 テオの隣には、絶世の美女がいた。

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