【四人目】

「ユフィーリア、ユフィーリア!! しっかりしてくれ!!」

「ちょっとぉ、ユーリ!? お前さん、こんなところで寝てたら死ぬよぉ!?」


 起き抜けに喧しい声が鼓膜を突き刺して、ユフィーリアは顔を顰めた。

 頭が霞みがかったようにぼんやりとしていて、なんだか体が怠い気がする。そういえば『絶刀空閃』を二度も使ってしまったことを思い出して、そのせいの気怠さなのだろうかと判断した。

 まあ、使ったのは愛刀の方ではなく、ユフィーリアが契約した【銀月鬼ギンゲツキ】の神器なのだが。あれは軽すぎるのであまり使いたくないのだが、ユフィーリアが気絶すると喧しく騒ぐだろう魔法使いの少年がいたから仕方がなかった。


「うるせえな……起きるから、あんまり大声で叫ぶんじゃねえよ……」


 霞む視界をこすれば、いつしか鮮明に景色を映し出す。

 そこは見覚えのある戦場だった。異世界とやらに行くより前、相棒と別れた森の中だ。戦乱の音はもう聞こえず、そして心配そうな真紅の瞳を持つ少年と灰色の狼がそれぞれユフィーリアの顔を覗き込んでいた。ユフィーリアが目を覚ますと、少年は安堵の息を吐き、狼はペシとユフィーリアの鼻先を肉球で押し潰してくる。


「心配させないでよぉ。ピンピンしてるじゃないのぉ」

「よかった……ユフィーリア。先ほどの黒くて触手の変な怪物に食われてしまったのかと……!!」


 相棒の少年は至極まともに心配してくれていたというのに、喋る狼野郎にはちょっとムカついた。鼻先を押し潰してくる肉球を払いのけ、ユフィーリアはようやく上体を起こすことができた。

 ボサボサの銀髪にいくらかの雑草が張り付いて、起きた拍子にパラパラと雪のように髪から落ちる。ユフィーリアは髪についた雑草を手で払って落として、


「状況は?」

「敵の波は収まったが、今後も増える予想だ」

「そいつァ笑えねえ冗談だな。さっさと戦線に復帰しねえとやばい」


 やれやれと肩を竦めたユフィーリアは「よっこらせ」と実におっさんくさい言葉と共に立ち上がり、そして何故か一枚の紙がぺらりと落ちた。

 紙の存在に気づいた相棒が「落ちたぞ」なんて言って拾ってくれて、ユフィーリアはようやくその紙の存在に気づいた。人物画のようだが、あまりに精巧すぎる。

 紙に映る人物を一瞥し、ユフィーリアは無言で外套の内側に放った。


「なんだったんだ、それ」

「んー、結婚式?」


 ユフィーリアはケラケラと笑って、


「天魔とドンパチやってることに幸せを見出しちまう俺には縁遠い催しだよ」


 最強の二文字を背負う天魔憑きは、誘われるがままに戦場へと帰還を果たす。

 そこで舞うことこそが幸せだ、と再度確認する為に。

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