第三章【僕は弱虫じゃない】

 弱虫だから、誰かが傷つくことが許せない。

 ユウ・フィーネという少年は、召喚された勇者の中ではとりわけ優しい。優しすぎることが問題だ。その優しさにつけ込まれて、騙される危険性も否定できない。

 彼の場合は戦場から極力離れることで誰かを傷つけるという行為から遠ざかっているものの、それはユウ自身が弱虫であると強調しているだけに過ぎない。

 それでも彼は、戦場に立った。誰かを傷つけるという行為をせず、かつ役立つ為に。


(爺さんから落ち着けばできるって言われた。大丈夫、できる。やってみせる)


 両方の手にそれぞれ別の魔法陣へと魔力を注ぎ込みながら、ユウは周りの声が聞こえなくなるほど集中していた。

 ユウがやろうとしていることは、別の魔法を同時に発動する『並列魔法演算デュアル・マギア』という方式だった。別々の魔法を一度に組み上げる手法なのだが、これが結構難しい。

 例えるなら、別個の数式を一度に解いているようなものだ。こめかみから血が噴き出るほどの努力をしなければ、この手法を使おうとしただけで思考回路が崩壊する。


(一つずつ発動するのだったら、きっとすぐにできる。でもそれでは意味がない。探査の魔法をかけてから解除の魔法をやっても、逆をやっても、遅すぎる)


 きっとあの結界は、この世界の優秀な賢者によって作られた。だから修復速度も段違いだ。そうでなければ、攻撃されただけで壊れないなんてない。

 確実に魔法陣を組み上げていくユウだが、すぐそばから聞こえたユノの声に集中力が途切れそうになった。


「相手の魔法使いが攻撃を仕掛けてきおったぞ!!」

「ッ!?」


 魔力の流れに、一瞬だけ戸惑いが生じる。

 今のユウに、相手からの攻撃を受け止める余裕はない。必然的に攻撃を受けてしまうことになる。

 でも、攻撃を食らってしまえばただでは済まない。痛いだろうし、今組み立てている魔法陣を台無しにしてしまう恐れがある。防ごうとしてもダメ、食らってもダメという八方塞がりの状況に陥ってしまう。


(ああもう、一度魔法陣を解除して防御魔法を使って、それからまた組み直して)


 それでは遅すぎる。

 いつまで経っても結界の解除ができない。

 焦った末に組み上げた魔法陣を解除しようとしたユウの前に、白い壁が現れる。ハッと我に返った直後、出現した白い壁にどがががががががが!! とものすごい量の魔弾が叩き込まれた。

 耳朶を打つ轟音にくらくらとしたユウだが、なんとか膝から崩れ落ちることだけは避けた。震える膝に鞭を打ち、ユウは魔法陣の維持に集中する。


「【質問】怪我はないか?」

「は、はい、大丈夫です。すみません。お手を煩わせました」

「【回答】気にすることはない。当機は役割を果たしただけである」


 振り返らずに言ってのける白い壁の正体――ユーバ・アインスは、やはり淡々とした口調で受け答えをした。どこまでいっても機械らしい。

 ユウはユーバ・アインスが身を呈して守ってくれたことを無駄にしない為に、魔法陣の仕上げに入る。両手に出現した魔法陣は、それぞれ別のもの。右は青く輝き、左は緑色に輝いている。


(――僕は、弱虫なんかじゃない)


 戦うことは今でも怖く感じる。加減ができなくて、関係のない人まで巻き込みたくない。

 それでも。

 ユウにもできることはあるのだ。今のように。


「完成しました!! 探査の魔法からかけますので、お城を見ててください!!」


 煌々と一際強く輝く魔法陣を、ユウは同時に発動させた。

 右手の青い光を放つ魔法は、目が眩むほどの強い光を放つと同時に粒子となって曇天を舞う。硝煙を孕んだ風に乗って粒子は城へと飛んでいき、それから四箇所ほど何故か青く輝いた。

 ユウの使った探査の魔法『探査・第三番魔法マギヒューマサグリア』は、魔力に反応して強い輝きを見せるものだ。魔法を使った人間に取り付けば、眩いばかりに全身が輝くという魔法使いを探す時には最適な魔法である。


「それから、こっちが――本命!!」


 緑色に輝く魔法陣が弾け、色鮮やかな緑色の粒子を散らす。きらきらと幻想的に輝くそれは、物々しい雰囲気を漂わせる石造りの城へと取り巻くと、全体を守るように覆っていた透明な結界がパリンとガラスが割れるような音を立てて消失する。

 解除に成功したことで歓声がそこかしこから上がるが、ユウは「まだだ」と推測する。

 魔法によって作られたものは、魔法によって修復される。

 結界は魔法によって作られたもので、それを維持する為の魔法使いも当然ながらいるのだ。

 それを見つける為の青い光であり、ユウは待機していてくれた仲間たちに叫ぶ。


「お願いします!! 修復が始まる前に!!」

「【了解】兵装の展開を開始する」

「よくやった、ユウ・フィーネよ。あとは任せるがいい!!」


 ユウの盾となってくれていたユーバ・アインスとすぐそばで待機していたユノが前に進み出て、それぞれ武器を構えた。

 魔法艦隊の砲撃からユーシアを守りきった純白の盾を解体し、ユーバ・アインスが作り出したのは純白の砲塔だった。身の丈を超える真っ白な砲口に光が灯り、なにかが充填されていく。


「【展開】超電磁砲レールガン


 なんか聞き覚えのある兵装の名前が合図となって、砲身に充填された力が放出される。硝煙しょうえんを孕んだ風を引き裂き、ユーバ・アインスの放った攻撃は結界が解除された石造りの城の一箇所を抉り取る。――ユウが探査の魔法によって印をつけた、魔法使いがいる場所を的確に。

 あとを追うように、いくつもの雷が曇天から降り注ぐ。落雷に飛び上がるユウを置いて、魔槍まそうで雷をすくい上げたユノが青く輝く城の一角へ雷を誘導する。


「食らうがいい、これが魔界貴族の我輩が下す裁きである!!」


 ふはははは、と高らかに笑いながら、ユノは二箇所に雷を叩き落とした。青い輝きを放つ箇所へ的確に雷を落としたユノは、豊かな胸を逸らして笑いながら「他愛ないなぁ!!」と言う。

 ユウも彼女ほど自身が持てたらいいのだが、と思うのだが、自分の性格に合わないのでやめておいた。考えないほうがいいだろう。


「――あれ、でも」


 ユーバ・アインスが一箇所、ユノが二箇所を穿ち。

 

 終わったと勘違いしたユウは、ゆっくりと石の城を見上げる。

 今しがたユーバ・アインスが抉った箇所が、もぞりと蠢く。なにやらローブをまとった人影が動いていて、ユーバ・アインスとユノの攻撃から逃れた最後の一人だろう。

 人影はこちらを一瞥すると、手のひらを前に突き出した。その手のひらに紫色の光が灯り、煌々と輝き始める。どうやら魔法を使うようだが、相手がなんの魔法を使うのか見当もつかない。


「ゆ、ユーバさん!!」

「【否定】すぐに充填はできない」

「え、あの、ユノさんは!?」

「我輩に縋るな、この阿呆。貴様もあれだけの魔法を使えるのであれば、攻撃魔法の一つや二つ、使えてもおかしくなかろう」


 困った。

 ユーバ・アインスは充填に時間がかかるようで、ユノはそもそもやる気がないらしい。ここで戦える余力を残したのはユウ一人だけだが、この場にきて元来の弱虫が発動してしまう。

 攻撃魔法はいくらでも使えるが、相手を傷つけたくないという臆病者の部分が出てきてしまい、上手く魔法陣へ魔力が込められなくて。

 その時だ。



 ニュッと背後から細長い銃身が伸びてきて、ユウの肩にとすりと置かれる。

 ユウの口から「はえ?」という間抜けな言葉が漏れると同時に、銃口がタァンと火を噴いた。一条の光が虚空を引き裂き、魔法を発動させようとしていた魔法使いの眉間を正確に貫く。


「あれで終わりかい? 魔力艦隊よりも味気がないなぁ」


 飄々とした男の声。

 かろうじて振り返ると、寝癖が目立つくすんだ金髪の男が白銀の狙撃銃を片手に笑っていた。どうやら寝起きのようで特大の欠伸をしては、「ねみぃ……まだ寝てようかなぁ」などと呟いている。


「ユーシアさん……起きたんですか!?」

「おかげさまでな」


 金髪の狙撃手――ユーシア・レゾナントールは飄々と笑い、それからユウの頭にポンと手を置いた。


「ありがとな。お前さんが目覚めさせてくれたんだろ。あれなら三日三晩は寝ててもおかしくねえのに、やたら早く目覚めることができて助かったぜ」

「…………うああああああ!! よかった、よかったですうううう!!」


 緊張の糸が切れた影響か、ボロボロとユウの瞳から涙が流れ出す。

 ユーシアは目覚めてよかったと思って、ユウを慰める為に「泣くなよぉ」と頭を撫でてくれる。

 本当によかった。

 ユーシアが目覚めて。

 魔法が成功して。

 結界の解除を喜ぶ歓声がそこかしこで上がる中、ユウはひたすら涙を流して「よかった」と叫び続けた。

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