第二章【紫電の姫君と雷の騎士】

 縦横無尽に紫電が駆ける。

 視界を埋め尽くす黒い甲冑の軍勢を紫電によって薙ぎ払いながら、ユノは高らかに笑う。


「ふはははは!! 異世界の軍隊も他愛ないなぁ!! 目をつむってでも貴様らを狩り尽くせるぞ!!」


 戦場に哄笑こうしょうを響かせて、それを彩るように雷鳴が轟く。

 魔力をまとった紫電を自在に操り、感電して消し炭になった黒い甲冑を蹴飛ばして、ユノはさながら舞踏会にでもいるかのように軽やかな足取りで舞う。くるりと魔槍まそうを杖の如く振り回せば、それだけで大勢の黒い甲冑が感電して死んでいく。

 これが、ユノ・フォグスターのやり方だ。

 数々の戦場を踊るように渡り歩き、鼻歌でも歌うかのような気楽さで敵を殲滅する。まさしく常勝無敗の姫君と呼ばれ、魔界全土から恐れられるだけはある。


「ふむふむ、量だけは一人前だが練度が低いな。この程度ならば、父上の私兵隊にだって倒せそうだ」


 ここにいるのは、常に戦場で舞い踊り、自軍に勝利をもたらしてきた象徴だ。雑魚相手が勝てる訳がなく、それまで生き生きとしていたユノは退屈そうに欠伸をするようになった。

 剣を振りかざして抵抗してきた黒い甲冑に、魔槍を叩きつけて薙ぎ払うと同時に感電させて殺す。

 槍を突き出してきた黒い甲冑には、槍を弾き飛ばして魔槍の穂先で貫いて殺した。

 弓矢を用いてきた黒い甲冑には、紫電を見舞って消し炭にして殺した。

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、そして倒れた黒い甲冑の山を築き上げて、ユノはついにそれと出会った。


「んむ?」


 ユノは首を傾げた。

 大勢いる黒い甲冑を従える、なにやら仰々しい黒い甲冑が進み出てきた。数多の黒い甲冑の山を築いたユノは、杖の如く魔槍を振り回して不敬にも相対する黒い甲冑を迎える。


「ほう? 貴様がこの黒い甲冑を率いている隊長か?」

「いかにも」


 黒い甲冑は大きく頷いた。

 フン、と形のいい鼻を鳴らしたユノは、魔槍の石突で地面を叩きながら、その美しい声を朗々と響かせる。


「我輩は魔界貴族フォグスター家の嫡子にして、常勝無敗を誇る魔女である。ユノ・フォグスターの名を手土産にし、そして冥府へと疾く失せよ。我輩の前に頭も垂れず、二本足で立ち続けている不敬、その身で分からせてやろう」

「不可能だ」

「なんだと?」


 黒い甲冑は渋い声でユノの言葉を切って捨てた。

 訝しむユノは、黒い甲冑に次々と雷鳴が落ちる不思議な現象を目の当たりのする。さながら甲冑の一つ一つが避雷針とでもなっているかのように的確に、そして誰も彼もが帯電していく。

 真紅の瞳を音もなく眇めたユノは、嘲るように「なにをするつもりだ?」と問いかけた。


「私を倒すのは、お前ではない」

「なんだと?」


 次の瞬間。

 視界が紫色に染まった。

 ユノの肌を打つのは、確かに雷による攻撃――それも魔力によって生み出された雷だ。あらゆる方向から襲いかかってくる魔力の雷に、ユノは舌打ちをした。


「この我輩の柔肌に傷をつけようとは……不敬だ。不敬、不敬、不敬である!!!!」


 怒りに身を任せて、ユノは魔槍を薙ぐ。

 ぶうん!! と荒削りされた宝石のような穂先が空気を引き裂いて、全方向から飛んでくる雷を弾いた。まさか攻撃を弾かれるとは思ってもいなかったらしい黒い甲冑の軍勢は、一斉にたじろいだ。

 大したことはないと侮っていたが、それが大間違いであると気づかされた。これは殺さなければならない、蹂躙せねばならない、常勝無敗の姫君に傷一つつけてはならないのだ。

 これは、ユノ・フィグスターの矜持である。


「いいだろう、愚かな甲冑の者共よ。この我輩の本気を拝謁することを許そう、我が最大の魔法をその瞳に焼き付けて死ね!!」


 ユノの怒りで空模様は荒れ狂い、戦場にいくつもの紫電が飛び散り、雷が降り注ぐ。

 雷鳴がユノの怒りを代弁するかのように轟き、そして彼女は敵意を剥き出しにして叫ぶ。


「我輩の紫電は魔王の裁きである!! その身でとくと味わうがいい!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る