準備編

【その一】

 前後左右を曖昧にさせるほどの白い空間に、七つの玉座が等間隔に並べられている。

 円陣を組むように配置された玉座には、それぞれ男女七人が腰かけていた。どうやら誰も彼も眠っているようで、指先一つ動く気配はない。


 くすんだ金色の髪に無精髭、砂色の外套を着た男。

 銀髪に海賊帽子を被り、水着のような露出の多い服装をした女。

 貴族のご子息の如く煌びやかな格好をしているが、どこからどう見ても女である金髪の少女。

 黒い外套を着込み、動きやすさを重視したらしい無骨な格好をした銀髪の女性。

 魔法使いを想起させる分厚いローブを着た、銀髪の少年。

 黒いパーカーの上から白衣を着て、さらにガスマスクを装備した青年。

 全身の色という色が抜け落ちてしまった機械人形アンドロイド


 彼ら彼女らは足を組んで座っていたり、手すりに肘をついていたり、腕を組んでいたりとおもいおもいの姿勢で眠っている。寝方も様々で、イビキを掻いていたり、むにゃむにゃと寝言を呟いていたり、眠っているのか死んでいるのかすら分からないほど静かだったりと多岐に渡った。

 そのうちの一人――くすんだ金髪の男がもぞもぞと動いて、


「――ぶえっくし!!」


 ものすごい勢いでくしゃみをした。

 かなりの声量だった為にそれが引き金となって、他の六人が玉座から揃って転げ落ちる。


「なに!? 誰!?」

「敵襲か!?」

「て、て、敵襲ですか!? えっとまずは防御魔法を完成させてそれからええとええと」

「落ち着けオマエ。見てみろ、敵なんざいねーだろうがよ」

「つーか応戦以前に得物が奪われてんだけど」

「【報告】敵影は確認できず」


 くすんだ金髪の無精髭以外は覚醒したらしく、前後左右の感覚を曖昧にさせるほどの真っ白な空間の中を見渡す。

 真っ先に玉座の存在に気がついたのは、黒い外套を翻す銀髪の女だった。気品のある色鮮やかな碧眼で自分の座っていた趣味の悪い玉座を調べ、背もたれの後ろに自分の得物である大太刀が隠されているのを発見した。大太刀が吊り下げられた帯刀ベルトを細い腰に巻きつけると、彼女は安心した面持ちでどっかりと再び玉座に座り直す。


「あ、なんか玉座の後ろに武器があったぜ」

「――本当だ!! あ、あ、ありましたぁ!!」


 銀髪の少年が背もたれの後ろに隠されていた本を抱えて、涙目で叫んだ。頑丈な鎖で雁字搦めにされた魔道書であり、我が子のようにぎゅうと抱きしめる。

 他の四人も同じように背もたれを確認して、それぞれ散弾銃、槍、ワイングラスを拾って一安心していた。白い機械人形だけは特別な兵装が隠されている訳ではなかったのか、背もたれの後ろを確認しただけで終わった。

 さて。

 趣味の悪い玉座に座り直して、六人は改めて顔を突き合わせることになる。誰から話を切り出すべきか、互いに牽制し合う中で、最初に口を開いたのは海賊帽子が特徴的な銀髪の美女だった。


「一体誰だい、さっきの色気のないくしゃみは?」

「まあ、こんなに静かならくしゃみ一つも悲鳴みたいに聞こえんのが道理だな」


 応じたのはガスマスクの青年だった。空っぽのワイングラスを手持ち無沙汰にくるくると回して、


「そこの銀髪の馬鹿なんじゃねーの?」

「なーんで俺に矛先が向くかね」


 ガスマスクの青年が示した黒い外套の女は、だらしなく玉座に座りながら否定する。彼女もまたくしゃみが引き金となって叩き起こされた者の一人なのだが、全員はそのだらしのなさと態度で女の品性が欠片もないと判断したようである。

 濡れ衣を着せられることを回避する為に、黒い外套の女は「お前はどうなんだよ」とガスマスクの青年に聞き返す。


「野郎ならお前も当てはまるんじゃねえの? さっきのでっかいくしゃみは気持ちよかったですかァ?」

「オレじゃねーよ、ポンコツ」

「誰がポンコツだガスマスク。お前その面拝んでやろうか」

「やめろ拝むな。――ガスマスクを取ったらオマエを殺すぞガサツ人間が!!」


 玉座から立ち上がって青年のガスマスクを剥ぎ取ろうとする黒い外套の女に、青年はガスマスクを守護しながら怒声で返した。


「あ、あの、くしゃみをして起きたのなら、まだ寝てる人が犯人なのでは……?」

「ふむ、なるほど。そこな少年の言葉も一理あるだろう」


 おどおどとした調子で挙手し、弱々しい声で発言した少年に、玉座に座るのが普通ですとばかりに威風堂々としている金髪の少女が同意する。それから「そういうことだから喧嘩は止めい」と黒い外套の女とガスマスクの青年を仲裁した。渋々と二人は元の位置に戻る。


「【報告】このうちでいまだ覚醒状態でない人物に該当するのは一人だけだ」

「――貴様のその隣の人間だな」


 その場にいる全員の視線が、ある一点に集中する。

 いまだ玉座にもたれかかって眠りこけている、くすんだ金髪の男に。


「起こすか」


 真っ先に彼を起こすと決めたらしい金髪の少女が、すっくと立ち上がって眠りこける男の前まで移動する。男は少女の存在に気づくことなくまだ眠っているが、そんな彼の両肩を掴んだ少女が前後に揺さぶる。


「起きろ、貴様」

「んー、ん……?」


 もぞもぞと動いた男はぼんやりとした寝ぼけ眼で自分を起こした少女を見上げ、不思議そうに首を傾げる。翡翠色の瞳は「はて、誰だろうか彼女は?」と物語っているが、そんな彼の様子に気づかずに起きたことに対して少女は満足げに頷いた。


「うむうむ、起床したのであれば重畳。貴様の先ほどのくしゃみの件について、なにか申し開きがあるのならば」

「まだ眠いんだよ……寝かせてくれ……も撃ってんだからさぁ……」

「きゃあ!?」


 金髪の少女が甲高い悲鳴を上げる。

 くすんだ金髪の男が、あろうことか少女を抱きすくめて、豊かな胸を枕代わりにして二度寝を始めたのだ。少女は顔を真っ赤にして男の頭をポカポカと叩きながら「放せ!!」と叫んでいるのだが、抵抗するように男は頭をぐりぐりと少女の胸に埋めてくる。


「は、放せと言っているだろう!! 不敬だぞ、我輩を誰だと心得る!!」

「うー……むにゃ、すぴー……」

「まさかの本気で二度寝をしているのか!? ええい、紫電の餌食にしてやる!!」


 少女の金髪が神々しい光を放ち、何故かバチリと紫電が飛び散り始める。危険な臭いを察知した周囲が俄かにざわめくが、少女が男を黒焦げにするより先に助けに入った人物がいた。


「起きろ羨ましいなクソッタレ」


 男と少女の間に割って入った黒い外套の女が、男の額に向かってデコピンを叩き込んだ。

 普通の威力を持ったデコピンなら、男も起きないだろう。だが、彼女の放ったデコピンの威力は凄まじく、何故かズドン!! という大砲が撃ち込まれたかのような音が、白い空間に響き渡った。

 当然、脳震盪のうしんとうを起こさんばかりの激痛によって、男は飛び起きることになる。


「ぎゃああああああ!? なになになにが起きた!? え!? 額が痛いんだけど!?」


 殺人級のデコピンを叩き込まれた男は床を転げ回り、それから涙目で訴えてくる。

 しかし、金髪の少女から送られる絶対零度の視線に気圧されて、蛇に睨まれた蛙よろしく縮こまった。


「え、ええ……なんか知らない女の子が睨みつけてくる……超怖い……」

「貴様は自分の罪を忘れたのか? 我輩の胸を枕の代わりにして二度寝をしようとしていたぞ」

「ふぁ!? そんな夢のような光景を俺ってば忘れちゃったの!?」

「おい、そこの貴様。こいつにもう一発、先ほどの攻撃を叩き込んでやれ」

「可愛い女の子のお願いならいくらでも」

「え、ちょ、待って待って待って!! それ以上やられたら俺の頭が物理的に弾けちゃうってば!? やめようやめよう!?」


 額を守ることでデコピン攻撃に備える男に、黒い外套の女は楽しそうに笑いながら「ちぇー」と呟き、少女に至っては本気で舌打ちをしていた。どうやら彼女だけは本当にデコピンで頭を物理的に弾けさせようとしていたらしい。

 その時だ。



「――お目覚めになられたのですね」



 遠くから聞こえてきそうな弱々しい声に、全員が声の主へと振り返る。

 円形に配置された七つの玉座の中心、ぽっかりと作られた空洞に女神のような装いの女が立っていた。豊かな青い髪を揺らし、悲しそうに瞳を伏せた彼女は、


「――このをどうか変えていただけませんか」

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