第17話 主治医 山口先生

   


看病しているときは時間がたっぷりとあるので、回診に来た主治医とよく会話したものである。


「ところで山口先生はなんで医者になったんですか?」


山口先生

「高校生の時にぼくは小児科になる決意をしたんですよ。」


「えっそんなに早く小児科と決めていたんですか?」


山口先生

「ぼくは子供が大好きなんですよ。よく高校の時からボランテアで子供の施設に、お楽しみ会なんかを企画して行ったものです。私の学校は進学高校だったもので、がんばってこの子たちのような子供の病気を直す仕事がしたかったので大阪医科大学を受験したんですよ」


その言葉を聞いた私は「29才で私よりわずか2つ下なのに、信念をもって職業をえらんだんだな」

という尊敬の気持ちと「世の中の医者が全てそうであったらなあ」という気持ちで話を聞いていた。


「先生、実はこの病院に担ぎこむ前の深夜に、三島の救急病院へ連れていったんですよ。やはり先生と同じような年のかたが担当で、なりゆきを診てもらったんですがその時の処置が、点滴を500ミリを打っただけなんですよ。そして、『これで大丈夫ですよ』という言葉を信じていたら翌朝に、この症状だったんです。どう思いますか?先生ならその時どんな処置をしたと思いますか?」


山口先生

「その時の、なりゆきくんの症状をみてみないとわかりませんが、おそらくその医者がそういう判断をしたのであれば、わたしも同じ処置をしたかもしれません」と同じ医者なので半分は担当医をかばいながらの発言であった。


しかし山口先生ならばきっと別の処置をしてくれていたと確信する。


まず患者に対しての慈悲がなかったのである、夜分の勤務なので適当とは言わないまでも、「サッサと済ませてしまおう」という事務的な態度が、今思ってもむしょうに腹立たしい。



時々、「院長先生の回診」というのがあって、映画「白い巨塔」のワンシーンのように院長がくるのを担当医、看護婦さんたちが整列して迎える「儀式」である。


院長というのはこの医科大学の教授で小児学会では非常に権威のある人らしい。


小児病棟に移ってまもないころ、この院長先生の回診があった。


普段は気さくでノリのいい山口先生が、神妙にかしこまっているのを見るとふきだしそうであった。


院長先生がおもむろにやってきて、なりゆきの手と頭にふれて、「とにかく安静にしておくことですね。カーテンもしめて部屋は暗くしてください、まわりでの会話も厳禁です」と言っただけでサッサと帰ってしまった。


「なんや、こんな事なら私にでもできる仕事やなあ・・・」と思って私は山口先生に尋ねた


「部屋は今まで暗くしてなかったし、会話なんて目一杯してましたけど大丈夫なんですか?」


山口先生

「あんなもの、古い大昔の化石理論ですよ。昔の医学の教科書にでている事をそのまま言ってるだけですからあてになりません。心配ないですよ」と笑いながら院長が閉めたカーテンをまたさっさと開け始めたのであった。


居合わせた看護婦さんたちが大笑いしていた。


山口先生

「医学に関しては日進月歩なので、権威のある人の言うことがかならずしも当たっているとは限りません。むしろ若いわたしたちのほうが、今の理論にかなった治療をしているんですよ。だから安心してください」


「先生、その言葉を直接院長に言ってくださいよ」と冗談で言ったら


山口先生

「そんなことしたら、明日からご飯が食べれなくなりますので、わたしが偉くなったらはっきりと言いますよ」とのこと。


看護婦さんたちも「儀式」の緊張の糸が切れたのか、その後は院長の悪口のいいあいとなって、寝ているなりゆきの横で安静どころかバカ話で大騒ぎであった。


院長先生、もしこの本を読んでいたらごめんなさい・・・

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